女装実習の段(後編) 本日の女装実習内容は、男と一緒にお茶をすること。 簡単な実習だが、追加点というものがある。 例えば、お茶をするついでに一緒に街中を歩けば十点追加されたり、団子を奢ってもらえれば五点追加など。 お茶を一緒にするだけで赤点は免れるが、高得点は狙えない。 そして、女装が大の苦手な八左ヱ門はこの内容にハァ…と重たい溜息をもらした。 「大丈夫だよ、ハチ!今のハチはすっごく可愛いもんっ」 「楓、あまり八左ヱ門を甘やかすなよ。前よりはマシだが、いかついことには変わりないんだから」 「うっせぇ三郎!解ってんだからいちいち言うな!」 「でも本当に可愛いよ?だから元気だして?ね?」 落ち込む八左ヱ門を頑張って元気づけようと近寄り、一生懸命声をかける。 楓が小さいのと、八左ヱ門が大きいのとで楓が自然と上目使いをしているのと、女に戻っているのとで思わず顔が熱くなった。 「お前に言われても嬉しくねぇよ!」 「ご、ごめん…!そうだよね、私が言っても……」 「ちょっと八左ヱ門。楓は悪くないでしょ。照れ隠しで怒るの止めろ。ほら楓、勘右衛門のとこ行こう」 「うん…」 八左ヱ門に怒られた楓は落ち込み、雷蔵が声をかけて勘右衛門のところへと連れて行った。 残った三郎は目を細め、小声で話しかける。 「お前って本当に解りやすい性格だよな」 「うっせぇなぁ…!」 「確かに可愛いのは解る。首輪つけて飼いたくなるな」 「おいッ!」 「冗談だ。ともかく今回は楓に手伝ってもらったんだから、落第点なんて出すなよ」 元気出せ。とでも言うかのように八左ヱ門の背中を軽く叩いて、三郎も楓たちの元へと向かった。 「あいつも本気なんだか本気じゃねぇんだか…」 兵助、勘右衛門、三郎、雷蔵の四人は楓を可愛がっている。親友のように、妹のように可愛がっている。 でも時々、楓を女として見て発言することがある。特に勘右衛門と三郎。 二人とも腹の内を明かさない性格だから、本心かは解らないが、あまりいい気分にはならない。 別に楓と恋仲になりたいとかそういった願望はないが、他の人と仲良くしているのを見るのはちょっとだけ嫉妬してしまう。 「どっちが犬だか」 呟いたあと、木下先生から簡単な注意を受け、それぞれが町へと向かった。 今回コンビを組むのは禁止。個人でクリアしないといけない。 町へ入る前に楓を見ると丁度目が合ってしまった。 楓は慌てて反らし、でもすぐに元に戻って「頑張ってね!」と笑顔で励ましてくれた。 「お前も無理すんなよな!」 「うんっ」 それから時間も過ぎ、夕刻。 夕刻までに集合場所にちゃんと集まらないと、いくら高得点を取っていたとしても失格である。 今回は珍しくいい点を取った八左ヱ門は早めに帰ってきていた。 だがすでに集合場所には三郎と兵助が到着しており、彼らの優秀さを物語っていた。 「珍しく早かったな、八左ヱ門」 「兵助たちもな」 「てっきり三番目は雷蔵だと思ってたが…。ズルでもしたか?」 「するわけねぇだろ。ただ、実習前に楓が言ってた言葉を思い出して、頑張ったんだよ」 「……。その楓もまだだな。大丈夫か?」 兵助が楓を探すも、集合場所にはい組の生徒しかいなかった。 きっと楓のことだ。早々にクリアしたと思っていたのだが、いくら待っても楓は帰って来ない。 「勘右衛門はギリギリまで甘いものを奢って貰ってるだろう」 「雷蔵はきっと何かに悩んでるな」 「……じゃあ楓はもしかして…おそっ…!?」 「…八左ヱ門。お前は楓に対して少し過保護だぞ」 「兵助の言う通り。いくら楓だろうと、襲われるわけないだろう。あれでも一応忍たまだ」 「わっかんねぇだろ!?」 ブツブツと頭を抱えて悩む八左ヱ門を見て、三郎と兵助は呆れの溜息を吐く。 確かに楓は少し…いや、かなり鈍くさかったりする。でもこういったときは優秀だ。ヘマをしない。 自分が女だから、八左ヱ門たちに迷惑かけないよう細心の注意を払っているだけなのだが、それでも楓は忍たまとして優秀な部類に入る。 並々ならぬ努力がないとできないことだ。 その努力を知っているからこそ、八左ヱ門たちと仲良くつるんでいる。 「―――探しに行くか…」 「出た…、八左ヱ門の過保護」 「三郎、同じ組だろ。止めろ」 「面倒くさい。…と言いたいところだが、雷蔵が遅いから一緒に向かおう」 「…そうだな、勘右衛門もきっと食べるのに夢中になってるに違いない。仕様がない、迎えに行くか」 「ほら八左ヱ門。私たちも一緒に行くから準備しろ」 「おう!」 女装から私服へと着替えた三人は再び町へと足を運んだ。 最初に見つけたのは雷蔵。追加点を狙うか、帰るかで悩んでいたらしい。 それなりに点数を獲得していたので、三郎が「楓がまだ帰ってきてない」と伝えると、さっさと諦めて先に集合場所へ戻って報告することにした。 次に見つけたのは勘右衛門。一緒にいた男が泣きそうな顔をしていた。 奢ってくれる。と言われたので、遠慮なく食べていたのだが、勘右衛門の隣には積みに積みまくった皿。 予想していた兵助が「楓が戻らない」と伝えると、おしるこで団子を飲み流し、笑顔で男に別れを告げて集合場所へと戻って行った。 「お待たせ!楓、いた?」 「たくさん食べすぎたー!」 三人で探していると、報告を済ませた二人と合流した。 五人が散り散りになって楓を探すも、なかなか見つけることができない。 集合時間もそろそろ。 「課題も心配だけど、それ以上に楓が心配だよ…」 再び集まった五人が意見交換をするも、楓を見つけられない。 焦ったような声で雷蔵が呟くと、全員が暗い表情を浮かべる。 このことを先生に報告するか。と三郎が提案しようと口を開いた瞬間、八左ヱ門が走り出した。 「楓!」 「あ、ほんとだ。楓見つけたーっ」 八左ヱ門に続き、勘右衛門も走り出す。 楓は若干疲れた様子だったが、八左ヱ門と勘右衛門見てふにゃっと表情を崩した。 心なしか着物が乱れている。何かあったと兵助、三郎、雷蔵は目を細めて近づいた。 「おまっ、何でこんなに時間かかってんだよ!」 「えへへ、ちょっと…」 「とりあえず先に報告してこようよ。時間も危ないし…」 「うん」 急いで集合場所へと戻り、報告を済ませて本日の女装実習は終了した。 全員が私服に着替え、学園へと戻っている途中、八左ヱ門は楓に何があったか聞いてみた。 楓は苦笑いを浮かべ、濁しながら今回のことを話出す。 「途中までお団子屋さんで一緒に食べてて、町中案内してもらって、それからその人の家に行ってた」 「家ッ!?」 「えー、大丈夫だったの?」 八左ヱ門と勘右衛門は驚きの声をあげたが、兵助たち三人は「やっぱり」と内心呟く。 「うん、大丈夫大丈夫!適当にあしらって逃げて来ちゃった」 「笑いごとかよ!お前、本当に何もなかったんだろうな!?大丈夫か!?」 「平気だよー。心配性だなぁ、八左ヱ門は。ところで勘ちゃんはどんな感じだったの?」 「おい!まだ話は「八左ヱ門」 あまり話したくなさそうな楓だったが、八左ヱ門は追求しようと声をあげる。 だけど三郎に首を横に振って止められた。 「だけどよ三郎ッ」 「聞いてあげないってのも優しさだよ、ハチ」 「雷蔵…」 「今回のこともあって、少しは慎みを持つかもな」 「だな。そうなると嬉しいのは八左ヱ門だろう?」 「そうだけど…そうじゃねぇだろ!マジで襲われたなら「しつこいよ、ハチ。楓はそれも解って忍たまになったんだよ」 雷蔵の冷たい言葉に八左ヱ門はカッとなって胸倉を掴んだ。 だけどすぐに手を離し、「すまん…」と謝る。 「楓なら大丈夫だろ。お前が思ってるより強いぞ」 「ほら、女のほうが男より度胸があるって言うじゃない?」 「雷蔵、なんかちょっと違うぞ…。でもお前が思ってることはないから安心しろ」 「何で三郎に解んだよ…」 「まぁ楓だからな。きっと本当に襲われたら私たちにも近づいて来ないと思う」 「それはありえそうだな。声をかけても驚きそうだ」 「それはそれで楽しそうだけどね。そういったのがないから安心しなよ、ハチ」 「今の雷蔵の発言で安心できなくなったわ」 雷蔵の冗談に笑ったあと、前を歩く勘右衛門と楓を見る。 二人は楽しそうに笑っており、手を握っていた。 勘右衛門も、楓もスキンシップが大好きな二人だから違和感などはない。周囲の同級生たちも特に気にしていない。 「まぁでも、これを機に警戒心というものを持ってほしいな」 「だな。あと危機感とかな」 「あはは、二人とも楽しそー」 「くっそー……。羨ましい…」 ( TOPへ △ | ▽ ) |