夢/とあるわんこの恋模様 | ナノ

女装実習の段(前編)


「どうしてこうなった…」


鏡に写る女装した自分を見ながら、八左ヱ門は頭を抱えて重たい溜息を吐いた。
先日、同級生が楓に女装をしてくれと頼んでいるところに遭遇した八左ヱ門は、そうはさせまいと全力で阻止した。
だと言うのに、授業で女装することになってしまった。
五年ともなれば、身体は大きくなり、筋肉質になってより男らしくなる。その状態で女装をすると少々目が痛い。
特に身体がごつく、顔つきも男らしい八左ヱ門は女装実習が三年のころから大嫌いだった。


「ハチ、着替えたー?」


同じく女装した楓がついたてから顔を出すと、八左ヱ門は一度楓を見て、すぐに目を背けた。
そこにいるのは本物の女の子だったからだ。
無意味に心臓が高鳴り、顔を背けて平常心を保とうとする。


「わっ、ハチなかなか可愛いね!」


だと言うのに楓は八左ヱ門にぺったりくっついて、鏡を覗く。
女装した、女に戻った楓はただの町娘だ。しかもかなり可愛い。
化粧もしつこくなく、髪の毛も綺麗にまとめている。着物だってよく似合ってる。
改めて楓が女の子なのだと実感してしまい、直視できない。


「でもおしいね。ハチはがたいがいいんだから―――」


珍しく眉をひそめ、ブツブツと独り言を呟きながら八左ヱ門の着物に手をかける。
ビクリと身体が跳ねたが、楓は気づいてないようで、八左ヱ門の胸に手を突っ込んで、偽胸を取り出した。


「こんなに必要ないよー。余計大きく見えるでしょ?適度にして、その代わり腰に詰めるの。それから肩幅を隠すためにこれかけて」
「お、おお…」
「んー……それより荷物背負ってるほうがいいかな?はい、この大きな荷物背負ってみて」
「こうか?」
「うんっ、なかなかいいかも!長旅してるっていう設定にしてー…、えっと……だったら下駄じゃなくて草鞋のほうがいいね。これだったらおかしくない!動きやすくてハチにはいいでしょ?」
「おほー…。お前やるな!」
「だってハチのことずっと見てるんだもん!何が似合って、何が似合わないかなんてすぐに解るよ!」


自分のお洒落をするより、八左ヱ門のコーディネイトをするほうが楽しいのか、楓はとても楽しそうに笑っている。
楓の言葉に深い意味がないのは解っているが、真っすぐすぎる発言に思わず押し黙ってしまった。
そうしている間にも楓によるコーディネイトも終わり、最後に少し離れて遠くからチェックを始める。


「お、おかしいか?」
「ううん、ばっちり!じゃ行こっか」


親指を立てて、八左ヱ門の腕に自分の腕を絡める。
普段なら女らしい行動に「離せよ!」と言って楓から離れて歩くが、今日は二人とも女の子なので問題はない。
それに本当は楓が引っ付いてくるのが嫌いなわけではない。寧ろ嬉しい。
近いし柔らかいし、同室、同級生という贔屓目が入っているが可愛くて引っ付かれても申し分ない。
少し得した気分になって、口元が緩んだ。


「お、雷蔵。楓と八左ヱ門が来たぞ」


集合場所である門前へと行くと、三郎、雷蔵の他に同じ組みの同級生がすでに集まっていた。
楓が大きく手を振って近づいていくと、楓を見た同級生たちはざわつき始める。


「どう?ハチ、結構可愛いでしょ?」


なかなかうまく女装できた八左ヱ門を見せて満足そうに笑う楓。
だが同級生の誰もが「八左ヱ門より楓のほうが可愛い」と思ったが、声には出さなかった。
楓の隣にいる八左ヱ門が女にしては威圧的すぎる顔で睨んでくるからだ。


「ほー、もっとえげつないものを想像していたが、まぁ見えるな」
「うっせぇよ!大体俺に女装なんて似合うわけねぇだろ!」
「まぁまぁ。僕は似合ってると思うよ。もっと胸を盛ってくるかと思った」
「最初は盛ってたんだけど、不自然すぎるので減らしましたー」
「よくやった楓。怪物なんて見たくなかったからな」
「おいコラ三郎」


三郎が八左ヱ門をからかって遊んでいると、は組み、い組みも合流し、やはり楓を見てざわついた。
楓は気にしていないのか、気づいていないのか解らないが、二人のやり取りを見て笑っている。


「おーい、皆ぁ」
「あ、勘ちゃんだー!勘ちゃーん、兵助ー」


少しして女装姿の勘右衛門と兵助も四人と合流した。
二人も男だと言うのに違和感がなく、自然体。
それを見た三郎は八左ヱ門を見て、無言で溜息をはく。
雷蔵が「八左ヱ門で遊ぶなよ」と三郎を止めたのだが、二人は再び口論を始める。


「兵助美人さーん!すっごい似合ってるよ」
「動きづらい」
「あはは、私も私も。制服か袴のほうで慣れてるもんねー」
「楓もすっごく似合ってるじゃん!」
「勘ちゃんだって似合ってるよ。明るい色がよく似合ってる!」
「そう?ちょっと派手かなーって思ったんだけど…」
「そんなことないよ。ね、兵助?」
「ああ、よく似合ってる」
「そう?よかったー」
「胸も適度でいいね。勘ちゃんって感じ!」


適度に盛っている勘右衛門の偽胸に手を置き、モニモニと揉むと、勘右衛門はわざとらしく「やーん」と言い出した。
すぐに楓ものって、「よいではないかー」と何度も揉み続ける。
基本的に勘右衛門はノリやすい性格。対照に兵助はノリにくい。(しかし極まれに壊れることはある)
まるで本物の女の子のようにはしゃいでいる二人を見て、自分はどうしたらいいか考えたのだが、真面目な兵助には答えを見つけ出すことができなかった。


「楓はもっと盛ればよかったのに。ちょっと小さくない?」
「っ」


一通り遊んだ勘右衛門は、楓の両胸を触って揉んだ。
揉み続ける勘右衛門だったが、楓が無反応なのと、偽胸以上に柔らかい感触に、全身から血の気が引いていった。
恐る恐る楓の顔を見ると、彼女は顔を真っ赤に染めている。


「えっ……も、もしかして本物…?」


周りに聞こえないよう小声で聞くと、コクリと頷いた。
すぐに手を離して、やはり聞こえないように「ごめんね!」と謝る勘右衛門だが、謝れば謝るほど楓も勘右衛門も顔が真っ赤に染まっていく。
気まずい空気が流れ、兵助や八左ヱ門たちも二人の様子に気がついて事情を聞く。
さらに気まずくなり、沈黙が流れ始めた。


「っごめんね勘ちゃん、小さくて!もうちょっとしたら大きくなると思うから!」
「えッ!?あっ…、そ、そっか…!一年後に期待しとくよ!」
「えへへ!でも小さいって言われたから、盛ってこようかなー…」


笑って誤魔化そうとする楓だったが、羞恥に耐えれなくなり頭から煙があがった。泣きそうな顔になって勘右衛門に抱きつき、偽胸へと顔を埋める。
耳まで真っ赤なのを見て、勘右衛門は慌てふためきながら、助けを求めるように四人に顔を向ける。
しかし四人もどうしたらいいかなんて解るはずがない。


「全員着替えたか?出席をとるぞー」


タイミングよく木下先生が出席簿を持ってやってきた。
その声を聞いた楓は勘右衛門の胸から顔をあげ、笑う。


「胸に顔埋めちゃった。これでおあいこね!」
「楓…。うん、そうだね!気持ちよかった?」
「気持ちよかった!これはちょっと癖になりそう」
「じゃあまた今度してあげるー」
「わーい!」


また冗談を言いながら二人は笑って、木下先生の元へと向かった。


「おい八左ヱ門。羨ましそうな目で二人を見るな」
「ばっ、おまっ、見てねぇし!」
「言っておくが、お前と楓がしたって全然可愛くないからな!」
「そうそう、勘ちゃんと楓だからあれですんだのだ。八左ヱ門だったら普通に怒ってるぞ」
「え、マジ?」
「マジだよ、八左ヱ門。あと僕も見たくない」
「雷蔵さん、笑顔が黒いです!」
「まぁそんなことより八左ヱ門。気をつけろよ。楓見られてるぞ」
「………だな」
「僕たちも気をつけるからね」
「い組みは俺たちに任せろ」
「おう、頼んだ!」


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