夢/とある軍人の軌跡 | ナノ

巡回


「いいか、あいつらが言ったことなんて一言も気にしなくていいんだからな!」
「あいつらより名前のほうが軍人に向いてるさ」
「うんうん、三郎の言う通り!俺は名前が頑張ってるの知ってるしこれからも応援するよー」
「名前、バカな奴らに耳を貸すより、食満先輩の言葉や俺らの言葉に耳を貸せ」
「名前っ、僕らはいつでも名前の味方だからね!」
「う、うんっ。ありがとう、皆!」


予定していた時間より帰る時間が遅くなってしまった。
それも全て名前の悪口を言った奴らのせいだ。
それぞれの所属機関に戻る前に、力強い仲間の言葉に励まされた名前は照れ臭そうに笑ってお礼を言う。


「じゃあ私戻るね。また時間が合ったらご飯食べよう!」
「あと、僕は名前のこといいお嫁さんになると思ってるから」
「まあ安心して家を任せることができるな。頼もしい」
「組手の相手してくれるってのもいいかもな!」
「料理が上手なのも知ってるよー!今度お団子作ってね」
「では俺は豆腐を作ってもらいたい。是非作ってくれ」
「も、もういいよ!じゃあね!」


しつこく励ましてくれる仲間と別れ、準軍事組織施設へと戻って来た名前。
部屋を出る前よりさらに山になった書類を見て自然と溜息がもれたが、名前はやる気に満ちていた。


「よし、お昼からも頑張ろう!」


動きやすいよう軍服を一枚脱ぎ、椅子の背中にかける。
溜まった書類を一枚一枚目を通し、違う場所へと重ねていく。
早く終わらせて、少しでも留三郎の負担を減らそうと集中したのだが、そのせいで留三郎に肩を揺さぶられるまで存在に気がつかなかった。


「お前集中しすぎだろ…。身体大丈夫か?無茶すんなよ」
「す、すみません食満先輩!お茶ですか?すぐ準備しますね!」
「いや違う。そろそろ俺たちの巡回時間だから呼びに来た」


そう言って時計を指さすと、確かに巡回に出る時間帯だった。


「すみません!気づいていませんでしたっ…。す、すぐに準備します!」
「お前が書類処理が好きなの初めて知ったぜ」
「集中していて…。ぐ、軍服…!」
「落としてたぞ。ほら」
「ありがとうございます」
「大事な軍服なんだから雑に扱うなよ」
「すみません…」


脱いでいた軍服に腕を通し、先を歩き出す留三郎を追いかける。
巡回には複数の班と一緒になって出かける。
一つの班は大体十数人。留三郎は一班、名前は二班で班長を務めている。
巡回の時間になると練兵場に集合し、留三郎による注意事項が説明される。
前の軍隊とは違い、現在は準軍事組織の班による巡回が常に行われているので犯罪は少ないのだが、油断は禁物。


「―――以上。何をするにも一般人の安全確保に注意しながら今日も頑張ってくれ」
『ハッ』
「名前、俺ら一班と二班は一緒に中心街へ行くぞ」
「はい」


中心街になればなるほど、犯罪率もあがる。
だから実力のある留三郎が積極的に巡回している。
そのおかげで留三郎は住民とは仲が良く、子供たちの相手もしている有名なちょっと変わった将校と噂されている。
廃刀令があったとはいえ、軍人なので刀は腰に差している。


「……私ずっと思ってましたが、先輩方は刀がよく似合いますね」
「それは…褒め言葉としてもらっていいのか?」
「多分…」
「ははっ、なんだよそれ」
「でも本当にしっくりくるんです」
「もしかして前世で侍とかしてたのかもな」
「そうですね、皆さんよくお似合いです!」
「お前らも似合ってるぞ。軍人らしくなってきた」
「……」
「名前?」


留三郎の言葉に名前は口を閉ざした。
仲間に励まされたし、元気を取り戻したはずなのに、あの言葉が離れない。
歩く速度が落ちた名前に合わせて留三郎も歩く速度を落とし、「おい」と声をかけると、ゆっくり弱々しく語り出した。


「何故…私は入隊できたのでしょうか…」


卒業するのでさえギリギリだった。
ギリギリだったくせに地位をもらい、責任ある仕事を任されている。
そのことに関して不満を抱くものも少なくない。そのせいで留三郎たちに反抗するものがいる。
だから兵たちよりたくさんの仕事をこなそうと頑張っているのだが、それは意味のあることなのだろうと、名前は語る。


「私が…言われるのはその、耐えれるんです。ですが、先輩たちに不満を抱いて、反乱を起こされたら意味のないことでは?」


先輩たちを支えるために頑張っているのに、自分たちのせいで反乱を起こされたら意味のないことだ。
ならば自分たちはいないほうがいいのでは?と常々思っていた。


「…それに、自分は女です。食満先輩が裏で何を言われているか「名前」


名前は多分、女初の軍人だ。
初めてのものは周りから奇妙な目で見られてしまう。
自分はそれを覚悟で軍人になった。国を支えたいから。この国が好きだから。
だけどそのせいで自分の周りも奇妙な目で見られるのが耐えれない。
しかし、


「お前、そんなちっせぇこと考えてんのか?」
「小さい、でしょうか…」
「小さい。いいか、俺たちがしたことは軍への革命だけじゃない。国への革命だ。つっても詳しいことはわかんねぇんだけどな」
「国へ、ですか?」
「仙蔵や文次郎とかは先の未来を読んでる。この国がもっといい国になるように考えてる。俺たちはそれに賛同し、協力している。で、お前たちもそうだろ?だから仲間にいれた。志が同じだからもあるが、実力も伴っているから入隊させて、地位も与えた」
「わ、たしは…」
「言い方はその、…凄く悪いが、お前にも利用価値はある」


足を止め、振りかえって他の兵たちに先を行くよう指示を出した。
その場に残ったのは名前と留三郎のみ。


「女性がいるという理由だけで近寄りやすくなる。他の女性も名前を見て「頑張ろう」と思える。名前に興味を抱いて入隊するものが増えるかもしれない」
「……」
「軍の印象をあげるため、女性の地位をあげるため、兵士を獲得するため…。お前がいるだけで助かっている」
「…」
「俺らの時代には無理かもしんねぇけど、これが元で軍がもっとよくなることを仙蔵たちは考えている。お前がいると俺らも助かるんだよ」


ニッと昔と変わらない笑顔で名前の頭を撫でると、名前は泣くのを隠すように俯き、「はい…」ともらした。
気づいてないフリをして留三郎は先に歩き出し、名前は腕で涙を拭って追いかける。


「食満先輩、私って単純な性格だと思うんです」
「おー、そうだな。お前は変わらねぇな」
「八左ヱ門とかも変わってませんよ」
「そうだな、お前らは変わんねぇ。ちょっとだけ安心するよ」
「………食満先輩たちは……………」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
「よし、じゃああいつらに追い付くか。怪しい奴がいねぇか注意しろよ」
「はい!」


食満先輩たちは変わってしまったのですか?
という言葉が出てこず飲みこみ、頭を左右に振って巡回に戻った。


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