夢/とある軍人の軌跡 | ナノ

運動


「だから名前はダメなんだよ。そこでもう一発入れろっつーの」
「もー、八左ヱ門うるさい…」
「お前ッ、もしその演習が戦場だったら死んでるかもしれねぇんだぞ!?」
「は、八左ヱ門、ちょっと落ちついて…!」
「おい、視線集めてるから声落とせ。仲間だと思われる」
「八左ヱ門、食後の豆腐は静かに食べるのが礼儀だぞ」
「あ、名前。お団子食べないなら俺にちょうだい」


久しぶりに集まった同級生と会話に花を咲かせ、楽しく盛り上がった。
各組織の状況や、問題などを聞いたあとは学生時代のようにくだらない話ばかりしていた。
演習の話になれば八左ヱ門が熱く語り、三郎はうざったそうに耳を抑えて他人の振り。
雷蔵が宥めようとするも、熱い男八左ヱ門は止まらない。


「確かに皆の中じゃあ私が一番弱いけど、組織の中では一番だもん」
「その慢心さがダメなんだよ!鍛錬が足らん!心の鍛錬が!」
「うわー、八が潮江先輩化してる。兵助はああはならないでね」
「大丈夫」


目の前に座って説教をしている八左ヱ門に、名前は子供のように拗ねてそっぽを向くと「名前ーッ!」と怒られてしまった。
雷蔵は八左ヱ門を宥めているが、兵助と勘右衛門は二人で盛り上がっている。
三郎は関わりたくなさそうにそっぽを向いてやり過ごしている。
すると、三郎たちに近づいてくる兵が数名いた。
なんとなくその兵が目にとまった三郎は、ジッと見つめる。兵たちは三郎の視線に気づいておらず、どんどん近づいてくる。
少し手前ぐらいから三郎、名前に聞こえるよう大きめの声で喋り出した。


「女のくせにいい身分だな。どうせ役に立たねぇんだからさっさと辞めちまえばいいのに」
「全くだ。つーか、俺たちと一緒に食事してんのもおかしいだろ」
「見てのとおり神経の図太い奴だよ。あんなんじゃ嫁の貰い手なんてねぇだろ」
「それだと女に生まれた意味ねぇじゃん!なんのために生きてんだよ」
「女なんて子供産んでの存在意味なのにな!」


名前だけでなく、付近にいた兵たちにまで聞こえた。
そこだけ沈黙が走り、その間に兵たちは横を通り過ぎて食堂をあとにした。


「―――あいつらぁあああ!」
「落ちつけ、八左ヱ門」
「だけどよ三郎!あいつらわざと名前に聞こえるように言いやがったんだぞ!?」
「八ー」
「勘右衛門も俺を止めるつもりか!?」
「ううん、どうやって抹殺するか話し合おうよ」
「とりあえず七松先輩に引き渡せばいいんじゃないか?」
「甘いな兵助。それだけだと肉体的攻撃はできても、精神的攻撃にはならない。終わったあとは立花先輩にも引き渡しておこう」
「なんだよ。三郎もノリノリだな!」
「名前、大丈夫?」


三郎、八左ヱ門、勘右衛門、兵助は怒りを露わに、先ほどの兵をどう抹殺してやろうか話し合う。
その横で雷蔵が名前に声をかけると、名前は先ほどと変わりなく笑っていた。


「大丈夫だよ、雷蔵。久しぶりだったからちょっと驚いただけ」


士官学生のときもこういったことがよくあった。
そのたびに仲間が自分を守ってくれたから、なんとか頑張ってこれた。
甘えている自覚はあるものの、あんなことを言ってくる人間に、どう反抗したらいいか解らない。
どう言っても口で勝てる自信がないのと、確かに「子供を産むのが女の役目」を放棄して、軍人としての道を歩んでいる。


「無理しないでいいよ。ムカつくんだったら殴りに行く?」
「大丈夫だって!というか雷蔵、相変わらず過激だね。雷蔵は殴ったらダメだよ。八左ヱ門と同じぐらい力強いからね」
「……でも…」
「どっちみち私みたいな女を嫁にもらおうなんて人いないからいいの!だったら軍人として皆の傍にいたいし、役に立ちたい!」


から元気ということが手にとるように解った。
「大丈夫」と何度も言う名前を見て、雷蔵がある一線越えた。
口を閉ざして俯き、背中からは黒くてドロドロしたものが見えるが、目の錯覚である。


「ら、雷蔵…?」
「三郎、八左ヱ門、兵助、勘右衛門」
「雷蔵!ちょ、ちょっと…!」
「殺せ」


次に顔をあげたときには、目が据わっており、今にも誰か人を殺しそうな雰囲気だった。
滅多に怒ることがない雷蔵は沸点が高い人間に入る。
しかし、越えてほしくない、譲れない部分があるとこうやって黒くなる。
そんな彼を皆は、


「雷蔵様が降臨されたぞ…!あいつら死んだな…」
「雷蔵を怒らせるような発言をしたあいつらが悪い」
「というか、名前をバカにした時点でケンカ売ってるよねー」
「ついでにどこの機関所属か見ておこう」
「行くよ。名前は先に帰ってていいよ」
「だ、ダメだって!別にいいよ、気にしてないし!」


名前が必死に雷蔵を止めようとするも、黒い笑顔で「どいて?」と言われてしまえば「はい…」と大人しくなるしか他ない。
食器を片づけ、先ほどの兵を追いかける五人。
名前はどうしたらいいか解らず、その場でウロウロしたが、我慢できなくなって雷蔵たちを追いかけた。
人に聞きながら彼らを探し、辿り着いた場所は施設の裏側。滅多に人が来ないので、ケンカをするには持って来いの場所。


「ああああ…、もう終わってる…!」


たった数分しか離れてなかったにも関わらず、先ほどの兵は全員地面に伏しており、ちょうど終わったように軍服についた汚れをはたき落していた。


「雷蔵ッ!」
「名前、来ちゃダメだよ。汚いよ?」


殴ってスッキリしたのか、先ほどの雰囲気はなく、いつもの様子で答えた。


「ケンカはダメだよ!私のためなのは嬉しいけど、先輩たちに怒られるよ!?」
「うん、でもムカついちゃって」
「一応軍の規則にも争ったらいけないってあるから!」
「バレなかったらいいんだよ、バレなかったら」
「勘ちゃん!そういう問題じゃないよ!」
「こいつらには三郎と勘ちゃんが脅しいれたから密告の心配もない」
「兵助まで…」
「久しぶりに身体動かせて楽しかった。その分は名前に感謝だな」
「おうよ!」
「三郎、八左ヱ門…。……いやいや、なんかいい流れだったけど騙されないよ!」
「チッ…。昔の名前なら「ありがとう、皆!」とか言って涙流してたくせに…」
「三郎、全部聞こえてるから。昔もそんなこと言ってません!」
「とにかくさ、こいつらやっちゃったから、今見たことは内緒な?」


八左ヱ門がすっきりした顔で名前に笑顔を見せると、名前もそれ以上強く言えなくなってしまった。
ガックリと頭を垂れ、重たい溜息をはいたあとに、


「ありがとう…」


と聞きとれない声で皆にお礼を言った。


「―――ったく、あいつらはそこが幕僚機関の施設裏だということに気がついていないのか」
「気づいてねぇからやったんだろ。てか名前のやつ泣いてねぇだろうな…」
「いや、普段なら気づいていたさ。今回に関しては冷静になれなかったのだな。鉢屋も尾浜もまだまだだ。あと留三郎、過保護すぎ」


その場を後にしようとする名前たちを、文次郎、留三郎、仙蔵の三人が窓から一部始終を見ていた。
仙蔵が椅子に座ってお茶を飲み、文次郎と留三郎は大量の書類を抱えている。


「で、どこの奴らだ?」
「俺んとこと文次郎のとこだな」
「俺のとこが迷惑かけたな、留三郎」
「いや、俺んとこの奴らもいるからお互い様だ」


名前たちが消えてから文次郎、留三郎は書類を仙蔵に渡す。
仙蔵が書類に目を通して、ハンコを押すのを近くにあった椅子に座って待機。


「二人とも兵に甘いからな。だからああやってバカにされるのだ。いいか、「名前がバカにした」は名前を入隊させた「私たちもバカにしている」の意味も含まれておるのだぞ。ちゃんと指導しろ」
「解ってるっつーの!あいつらの処分はちゃんとする」
「ああ、俺もだ。しかしなぁ…。言いわけをするつもりはないが、さすがに百人以上の人間を面倒見れるほど器用暇じゃねぇんだ」
「お前のとこはまだマシだろ。俺んとこが一番多いんだぞ…。俺の気づいていない場所で名前が陰口叩かれてるかもしんねぇし…」
「ではお前と同じ部屋にすればいいだろう」
「言った。そしたら、「それだと皆が食満先輩に遠慮して、遠慮なく自分に書類を持ってこない」とかなんとかで断られた」
「相変わらず真面目だな名前は。どうだ、私が貰ってやろうか?」
「名前はうちの兵だ!絶対にやらねぇ!ほら、書類寄こせよ」


仙蔵が素早く済ませたハンコ済みの書類を奪いとり、乱暴に部屋をあとにする。
文次郎分の書類はまだ終わりそうにない。


「仙蔵、留三郎が名前を気に入っているの知ってて言っただろう」
「あいつはすぐ熱くなるから見ていて愉快だ」
「……」


クスクスと笑う仙蔵を見て、「性格悪いのは直らねぇな」と思ったが、決して口に出すことはなかった。


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