配属 「―――とまぁ…、ようするに」 小平太から渡された一枚の紙には「早急ニ配属先ヲ決メルベシ」としか書かれておらず、真意を知りたかった三郎たちだが、 届けに来た小平太は名前と八左ヱ門を連れて鍛錬(という名の地獄の特訓)にでかけてしまった。 残された三郎たちはその意味を知るため、仙蔵のところに向かったのだが、今は忙しいため会うことができなかった。 困っていると、多分小平太がちゃんとおつかいできないのを見越した長次があとからやって来て、事情を説明してくれた。 ついでに暴れている小平太を止め、首根っこを掴んで仕事へと戻って行ったのだった。 小平太の相手でボロボロになり、半泣き状態の二人にとって、そのときの長次ほど神様に見えたに違いない。 「入隊と同時に地位をあげるから、所属部隊を決めろ。ということか」 「でも何故俺たちなんだ?」 三郎が話を聞いていなかった八左ヱ門と名前に説明し、兵助が疑問を抱える。 この学校を卒業し、軍に入隊すれば最初は誰でも下っ端から始めるのが規則だ。 なのに、経験も少ない自分たちに地位を与える真意が解らない。 「おそらく、私たちの性格や考えを知っているからだろう」 「どういうこと?」 雷蔵も解らないと言うように首を傾げる。 三郎は「私の考えだけど」と付け加え、仙蔵の企みを予想してみた。 「今の軍は立花先輩たちが革命を起こしたから何もない。ゼロ地点。その頂点に立つのは頭の回転が早い立花先輩。まずあの人がすることは、信頼できる仲間を増やすこと」 再び戻ってきた教室内で、他の学生には聞こえないよう声をひそめ、身を寄せ合って話出す。 三郎の深刻な顔に、八左ヱ門と名前が生唾を飲み込み、続きの言葉を待った。 「重役には立花先輩の同級生が配属されていることだろう。次に信頼できる部下がほしい」 「…なるほど、それが俺たち。というわけか」 「ご名答。って言っても真意かどうか解らないがな。全て私の考え、予想だ」 「だけど三郎の考えであってると思うよ。俺が上だったらそうしたいもん」 アハハ!と楽観的に笑う勘右衛門。その隣の雷蔵は少し眉をひそめていた。 雷蔵の変化に気づいた三郎が声をかけると、顔をあげ、苦笑する。 「だけど僕たちも信頼できるなんて解らないよね?」 確かに自分たちは先輩を尊敬していたし、このまま部下になっても彼らを裏切るつもりはない。 この国の、この街のために役立ちたい。と思うのは先輩たちと変わらないのだが、何故こうも簡単に信頼しているのか信じられない。 「でも学生時代から先輩たち異様に俺たちや他の後輩たちに絡んでいなかったか?」 「あ、うん…そうだね…」 「七松先輩とか…。……七松先輩とか…」 兵助の言葉に、八左ヱ門と名前の二人だけ暗い表情を浮かべる。 雷蔵は長次、兵助は文次郎、勘右衛門は留三郎、三郎は仙蔵とよく絡んでいた。 絡んでいた。というより、頻繁に声をかけられていた。 勉強を教えてもらったり、鍛錬に付き合ってもらったり、くだらない話もした。 それぞれ、先輩たちの日常的な思い出を回想している中、八左ヱ門と名前だけはトラウマを思い出していた。 武術に長けている八左ヱ門はこの学年で一番優秀で、そのせいで同じく武術に長けていた小平太に気に入られ、よく鍛錬に付き合わされていた。 八左ヱ門と仲の良かった名前は、何故か八左ヱ門と一緒に巻き込まれ、運よく生き続けてこられた。 いや、それがいけなかった。さっさと死んでおけば(もしくは辞めていれば)よかった。 女だというのに鍛錬に付き合うことができた名前も小平太は気に入ってしまったのだ。 だからと言って途中でマラソンを止めたり文句を言ったりすると、小平太による鉄拳制裁がくるので鍛錬中は倒れることができなかった。 小平太による鉄拳制裁が怖いから、頑張ってきただけで、実は名前にそこまで体力があるわけではない。至って普通の生徒。 「立花先輩のことだ、そのときから既に私たちに目をつけていたのだろう」 「士官学生のときから反乱するつもりで僕たちと仲良くしてたんだったら、恐ろしい人だね」 「まあでも地位をくれるというなら貰おうではないか。上にいけばいくほど、楽しくなりそうだからね」 「そうだね、何だか楽しいことになりそう!」 「もー…。三郎も勘右衛門もすぐ遊びに変換しちゃうんだから…」 「しかし貰えるものは嬉しいだろう?」 「兵助まで…。うーん、でも立花先輩からの指令…命令だし、仕方ないね…。じゃあ決めようか」 命令とあれば、普段の優柔不断を出さなくてすむ。 一枚の紙と筆を取り出し、それぞれ存在する機関の名前を書きだす。 雷蔵が書いたのは、機関とその機関に所属している先輩たちの名前のみ。 「じゃあ皆、どこに行く?」 「自分に見合った機関がいいよなー」 「なら八左ヱ門、お前は特務だろう」 「特務ー?……って七松先輩いんじゃねぇか!無理だって無理無理!」 「え、でも八左ヱ門にはあってると思うよ?」 「ほら、雷蔵も言うんだし行けよ」 「嫌だ!軍に行ってまで死にたくねぇし!」 「名前はどこにするの?」 「私?私は食満先輩がいる準軍事組織かな。食満先輩優しいし、身体動かすの嫌いじゃないし。勘ちゃんは?」 「俺は立花先輩がいる幕僚かな。なんだか楽しそうじゃない?」 「えーっ、でも立花先輩だよ?怖くない?」 「そう?きっと楽しいと思うんだよねー」 「……兵助、勘ちゃん大丈夫かな?」 「立花先輩の相手をできるのって三郎と勘ちゃんぐらいだろ。俺は潮江先輩がいる兵站機関だな」 「ああ、兵助ってどっちかって言うと裏方っぽいよね」 「名前や八左ヱ門みたいに体力に自信がないしな」 「私は別につきたくてついたわけじゃあ…」 「お前はよく頑張ってると思うぞ」 「兵助っ…!」 「だからぁ!俺は絶対特務には行かねぇ!兵站にいく!」 「八左ヱ門、それだとつまらないだろう?私が」 「ボソッと付け加えんなよ!自分の命が惜しいんだよ、俺ァ!」 「はいはい、じゃあ食満先輩と同じ機関でいいだろ?」 「あそこは言ったら目立っちゃうだろ!そしたら七松先輩きちゃうだろ!?」 「お前…必死だな…」 「え、ちょ、ちょっと待って…。じゃあ私……危なく、ない?」 「ちゃんと考えないで決めるからだ!」 「うわあああ!い、嫌だ!止める!私も兵站にいく!」 「ざーんねん、名前。変更は受け付けません。な、雷蔵?」 「あ、うん…。もう書いちゃった…」 「ら、雷蔵ー!こうなったら地味に生きていくしかないのかっ…。何かあったら食満先輩に助けてもらおう…」 「ところで三郎はどうするの?」 「雷蔵こそ。私は勘右衛門と同じく、立花先輩がいる幕僚にいくよ」 「三郎は頭がいいし、要領もいいからなぁ」 「雷蔵は中在家先輩がいる情報機関に行けば?軍の秘密を知ってるなんて凄いよねー。楽しそう!」 「勘右衛門に賛成。雷蔵は話術に長けてるから諜報に向いてると思う。本も好きだし。情報機関向けだと思うのだ」 「うーん、でもまた中在家先輩のお世話になるってのはどうなんだろうか…。僕もできれば情報機関にいきたいんだけど…」 「でた、雷蔵の優柔不断。あ、じゃあ私と変わらない?長次先輩も好きだし、変わってあげる」 「だから名前は準軍事に決まったって言ってるだろう」 「三郎のケチ!立花先輩にやられちまえ!」 「ハッ!やられるどころか、逆にやってやるよ」 「うわぁ…、三郎のあの極悪顔、何度見ても鳥肌ものだわ…」 「うー……。どうしよう、忙しいときなんだからそこに入ったほうがいいんだろうけど、逆に邪魔になったりでもしたら…」 「なぁ雷蔵。邪魔にならないよう頑張ればいいんじゃねぇの?」 「八左ヱ門……。あ、そうだね。僕が頑張ればいいんだ!じゃあ僕情報機関ね」 サラサラと筆を走らせ、ここにいる全員の配属先が決まった。 仙蔵が率いる幕僚機関へは、三郎と勘右衛門。 文次郎が率いる兵站機関へは、兵助と八左ヱ門。 長次が率いる情報機関へは、雷蔵。 留三郎が率いる準軍事機関へは、名前。 「ではこれは私が届けて来よう。あとは私たちがちゃんと卒業できるといいな」 雷蔵から紙を受け取り、教室から出ようとした瞬間、仲間を振り返り口角をあげる。 三郎は自分を含め、全員に言ったつもりだったのだが、仲間たちは八左ヱ門と名前に視線を向けた。 「「卒業するし!」」 顔を真っ赤にした二人を見て、束の間の笑顔がこぼれた。 ( TOPへ △ | ▽ ) |