掃除 「八左ヱ門、私はあなたが憎い」 「まぁそう言うなって!俺はお前と一緒の機関に所属できて嬉しいぜ」 ズンズンと歩いて行く七松先輩の後ろを、私と八左ヱ門がついて行く。 食満先輩がまとめていた準軍事組織から、七松先輩のみが所属する特務機関へと異動することになり、適当に荷物をまとめ、静かについて行く。 七松先輩が「早く!」と言うので、他の荷物はまた後日運ぶことになり、今は貴重品や必要最低限のものしか持っていない。 横を歩いている八左ヱ門はニコニコと嬉しそうな表情を浮かべているが、私は笑えない…。 せっかく七松先輩を避けて違う組織に入隊したのに何故…。 そもそも、何でいきなりこんなことになったかだ。私は異動願いなんて出した覚えがない! 「全ての元凶は三郎…。いや、立花先輩だ…」 「……なるほど…」 八左ヱ門も詳しい事情は知らないみたいだったけど、十中八九三郎の仕業だろうとのこと。 三郎と立花先輩の名前を聞いた瞬間、私も全てを悟った。彼らならやりかねない、と。 きっと暇だったんだろう。八左ヱ門で遊ぼうかと思ったら、八左ヱ門が私を巻き込んで、こんな状態にって感じだ。 あはは、今度三郎に会ったら一発殴らせてもらおう。それぐらい許されるよね! 「ところで、八左ヱ門。七松先輩はどこに向かわれてるの?」 「特務機関室」 「え、部屋あるの?」 「部屋ぐらいあるに決まってんだろ」 「いや、いっつも鍛錬してる印象しか…」 「確かにそうだけど、一応あるんだよ」 「ついたぞ!」 特務機関室は、中在家先輩と雷蔵が所属する情報機関の建物近くにある。ちょっと歩けば中在家先輩に会えるほど近い。 部屋は結構広いものの、一つしかない。 準軍事では、食満先輩専用の部屋と、班に分かれての部屋がたくさんあった。 今までとは違う様子に、私と八左ヱ門は少しの間言葉を失って部屋を眺めていた。 うん………、 「き、汚い…」 「きたねぇな…」 それとは別に、部屋が汚かったからもあった。 扉を開けると、埃っぽい空気に襲われ、手で鼻を覆う。色んなところに書類が乱雑に重ねられており、食満先輩の「適当」と七松先輩の「適当」が全然違うことがよく解った。 これは本当に「適当」だ。投げたという表現が合ってるのかもしれない。 それから、大事な軍服が投げ散らかされている。…これきっと立花先輩が見たら怒る…。 床は埃だけじゃなく、砂も落ちていて、ああ…鍛錬したあと汚れを落とすことなく戻ってきたんだろうな。って言うのが言われなくても解った。 部屋の隅には大きなソファが置かれており、シャツや着物などがやっぱり散らかっている。 面倒なときはどうやら軍に泊まるみたいだ…。生活感が漂っている。 「机は丁度三つあるから、名前はそっちで竹谷はそっちな!」 部屋を入って真正面に大きな窓があり、その手前に使われていない机がある。そこが七松先輩の席。 七松先輩の机の前には向い合うように机が置かれており、やはりゴミや書類などが乱雑に積まれていた。ここが私の席になるらしい…。 「八左ヱ門…」 「おう…」 「どうしたお前ら」 「七松先輩。いえ、七松少将」 「おう」 「まずは掃除しましょう!」 と言うわけで、異動早々特務機関室の掃除を行うことになりました。足の踏み場もない汚い部屋から、清潔感のあるお部屋へ! 「私掃除嫌い…」 「では席に座ってお待ち下さい。八左ヱ門、雑巾お願い」 「おうよ!中在家先輩のとこから大量に借りてくる!」 「とりあえず荷物を廊下へ…。いや、その前に洗濯して、乾かしてる間に……」 「名前ー」 「何でしょう」 「ついでにこの服も洗ってくれ」 「………御意…」 そう言って羽織っていた軍服を脱いで、下に来ていた着物を渡してきた。 上半身裸になった七松先輩を見ないようにして、受け取ったあと、投げ捨てられていた服をカゴに突っ込んで、外へと持って行く。 幸い、井戸が近くにあったので、そこに置かれていた洗濯板と桶を借りて汚れた着物と洋服を洗う。 今が冬じゃなくてよかったと心底思う。こんなに大量の洗濯物、冬じゃ手が……。 洗えば洗うほど出てくる汚れと戦いながら、なんとか全ての服を洗い終わり、竿を借りて干す。 何で軍にこんなものがあるかと言うと、軍に泊まる人も多いからだ。今は誰も使ってなかったので、全部使わせてもらいますね。 「洗濯物終わったー」 「お疲れー」 「あとは部屋の掃除だね…。七松先輩、荷物の移動ぐらいなら手伝ってもらえますか?」 「おう、いいぞ!」 元はと言えば散らかした七松先輩のせいなんですけどね…。 書類やよく解らないがらくた、ボールなどを大量に持って廊下へと運んでいき、空いたスペースから掃除をしていく。 八左ヱ門が持ってきてくれた布で口を覆い、埃を吸わないように気をつけてから掃除を始めると、肩をツンツンと突かれて振り返る。 「どうかしましたか?」 「暇だから私も手伝う」 「…壊さないで下さいね?」 「任せろ!」 「では……」 七松先輩も手伝ってくれるというので、何も壊さないよう監視をしながら指示を出すと、素直に従ってくれた。 行動力もあるし、力もあるから、七松先輩が動くだけでかなり掃除が進む。ただ、大雑把な性格ので、細かいとこまでは掃除してくれないのが難点…。 そこは八左ヱ門が助けてくれて、なんとか日付がギリギリ変わる前に掃除は終わり、綺麗な特務室へと戻った。 「なんとか終わったね…」 「おう…なんとかな…。疲れたー…」 「綺麗になったな!やっぱり綺麗なほうが好きだ!」 「お願いですから汚さないでくださいね…」 「気をつける!」 「では私はお茶をついできます。八左ヱ門は雑巾お願い」 「おー…」 「名前ー!私酒がいい!」 「ダメですよ!立花先輩に怒られますよ!?」 まくっていた袖を元に戻し、置いていた軍服を着てから情報機関と兼用の給湯室へ向かうと、知らない兵士がいた。きっと情報機関の人だろう。 会釈をしてお茶の準備をしていると、視線を感じて振り向く。 「何でしょうか?」 「お前、準軍事の名字だろ?ここで何してんだよ」 「ええ、確かに私は名字ですが、今はもう準軍事ではありません。特務の名字です」 「ハッ!お前みたいな女が特務?冗談もほどほどにしろよな」 私が嫌われていることは知っていた。 女のくせに軍人になったうえ、一番上に立つ立花先輩や、それぞれの責任者たち…食満先輩や七松先輩たちに目をかけてもらっているから。 気にしないようにしているけど、こうも面と向かって言われると、どう言い返していいか解らない…。 体力だってないし、力だって男性に敵わない。なのに何故。と、不満を抱いている兵士が主だ。 「それでも、私にしかできないことだってあります。すみませんが、そこをどいて貰えませんか?七松少将と竹谷少尉のお茶を―――」 三郎ほど口達者でもなく、勘右衛門ほどこの状況を楽しめほど楽観的でもなく、八左ヱ門ほど睨みを利かせることもできず…。 だからと言って兵助ほど頭の回転が早いわけでも、雷蔵ほど人をまるめこめることもできないので、無視をしようと男を押しのけてお茶の準備をしていると、腕を掴まれた。 台と男によって逃げ場を失ってしまい、ようやく今の状況が危ないことに気がついた。 「何をする」 「お前にしかできないことならあるじゃねぇか。どうせ上官たちにもそういった意味で使われてたんだろ?」 「何だとッ!?」 腰を掴まれ、腕も握られてしまって、完全に逃げ出せなくなってしまった。 睨みつけて暴れてみるも無理で、男が首筋に唇を這わせ、思わず鳥肌がたって悲鳴がもれる。 「人の部下に手を出すな」 「七松少将!」 気持ち悪くて泣きそうになったが、男の後ろから七松先輩が現れ、私から男を引きはがした。 七松先輩の後ろには中在家先輩もいて、珍しく怒っている様子だった。 「名前!」 「雷蔵まで…」 「夜なんだから一人で歩いたらダメだよ。大丈夫?」 「え?ああ、うん…」 「長次、処理はそっちで任せるぞ」 「…すまなかった」 私に頭を下げたあと、男を引きずって給湯室から離れて行った。…ちょっと…可哀想な気が…。 「うーん…。名前、ちょっと筋肉落ちただろ」 「え?…そ、そうでしょうか…」 「やはり学生時代みたいに鍛えないとダメだと言うことか…」 ブツブツと言う七松先輩を見て、背筋に悪寒が走る。…学生時代みたいに鍛えるということは…。明日から地獄ということだ! 「名前大丈夫?そんなに怖かった?」 「ううん、違うの…。これからのことを考えるとちょっと…」 「あ、特務に異動したんだってね。あんなに嫌がってたのに…」 「ちょっと事情があってね…。それより雷蔵がどうしてここに?」 「僕もお茶を作りに来たんだよ。そしたらあんなことになってて…」 雷蔵が俯いて私の手をギュッと強く握りしめる。 心配してくれてとても嬉しいのだが、その背中からはドス黒い影がチラチラと見えて、正直怖い。 「安心して名前!あの人には僕と中在家先輩から説教するから!」 「え、いいよ!別に気にしてないし!」 「ダメだよっ。ちゃんと教えてあげないと!」 「教えるって何を!?なんか怖いからいいよ、止めてあげて!」 「やだ」 雷蔵は一度決めたらこれだ…。ご愁傷様です、先ほどの人…。しかも中在家先輩もか。想像するだけで恐ろしい。 「じゃあ僕は先に戻るね。七松先輩、名前のこと宜しくお願いします」 「おう、解った!不破も気をつけろよ」 「僕が襲われるとでも?」 「襲われたって聞いたぞ?」 「えッ!?」 「一度だけですが、ちゃんと成敗しました。では失礼します」 「さて、名前。お茶はついだか?」 「あ、……ま、まだです。すみません!」 色々と聞きたいことがあったけど聞けず、急いでお茶を作る。 後ろでは七松先輩が大人しく待っている。今さっきのこともあってからだろうな…。振りまわす先輩だけど、優しいのは解ってるんだよねぇ…。 「お茶できました」 「じゃあ戻るか。竹谷も戻ってるだろ」 「はい!ところで、七松先輩はどうしてここへ?」 「ああ、長次が書類を持って来て、廊下で話してたら名前の声が聞こえた」 「(特務室からここまで、それなりに遠いんだけど…)あの、ありがとうございます」 「なぁに、上司が部下を守るのは当然だからな!だが、あれぐらい倒せんのはダメだ。明日から覚悟しろ!」 「……精進します…」 並んで特務室へ帰ると、八左ヱ門が洗濯物を畳んでいる最中だった。 あ…洗濯物忘れてた…。 「ごめん八左ヱ門。忘れてた…」 「気にすんな。それより遅かったな。七松先輩も一緒だし…」 「何でもないよ。それよりお茶持ってきたから飲もうよ。疲れたでしょ?」 「おー、悪いな」 七松先輩は何も言うことなく席につき、八左ヱ門も席についてからお茶を出すと、嬉しそうに笑って湯呑みに口をつけた。 私も自分の席に座ってお茶で喉を潤す。 はぁ…今日だけで色んなことがあったなぁ…。今日だけでこんなにも疲れるなんて……。これから先、特務でうまくやっていけるだろうか自信がない…。 「名前、お茶美味しいぞ!」 「また淹れてくれよな」 「……はいっ!」 辛くても、頼れる上司と頼れる同僚がいれば、なんとかなるかな? ( TOPへ △ | × ) |