運命 「潮江大佐、立花参謀長に提出してきました」 「そうか。で、倍以上の書類を持って来たのか…」 「す、すみません…」 「いや、お前は悪くない。ったく、全部俺のとこに持って来やがって…!」 文次郎の机には仙蔵以上にたくさんの書類が積まれており、毎日徹夜で処理をしているのだが、なかなか減らない。 終わったと思っても、仙蔵が狙ったように持ってくるからだ。 文次郎の下で働いている兵助と八左ヱ門も負担を減らそうと日々頑張っているのだが、それでも終わらない。 文次郎たちによって軍が改革され、もう一年以上経とうとしているが、落ちつく様子はない。 仙蔵が新しいことに手を出しては軍を活性化させている。活性化させるのはいいが、働くこっちの身にもなってほしいと思うのだが、誰も口には出さない。 文句を言わない先輩たちを見ているからこそ、後輩である八左ヱ門たちも文句を言わず支えている。 「俺の仕事は終わりました。何か手伝えることはありますか?」 「そうだなぁ…」 本当は今から昼食の時間だった。 だけど一生懸命働く文次郎を見て、八左ヱ門も頑張ろうと思った。 文次郎が書類を持ったまま違う書類の山を指さし、「あっちの処理を頼む」とだけ伝える。 あまりの量に最初はぎょっとしたが、文句は言わず近づいて自分の机に運ぼうとした。 「竹谷ァああああ!」 「いッ!?」 バン!と騒々しく扉を開けて自分の名前を呼ぶのは、特務機関所属の七松小平太だった。 彼が扉を開け、そのままにして八左ヱ門に近づいて行くせいで、書類が部屋中に舞ってしまう。 「小平太!扉を閉めろ!」 「竹谷、お前やっと特務に来るんだな!私は嬉しいぞ!」 「………ハァ!?」 「小平太!」 話を聞かない小平太の後頭部を殴り、文次郎は扉を閉める。 扉の向こうでは下っ端の兵士たちに囲まれている兵助が目を見開いてこちらを見ていた。 「え、な、何のことですか…?俺、特務に異動するなんて……」 「コレ!」 持っていた紙を八左ヱ門に見せると、八左ヱ門は奪い取って紙を見る。紙には「異動届け」と書かれており、自分が兵站機関から特務機関へと異動したいと書かれていた。 出した覚えがない。だからこんなことをしたのはきっとあいつだ! 紙を持つ手が震えていたが、この状況をどう打破するかが問題だった。 「―――七松せん…ではなく、七松少将…」 「おう、何だ?」 「私は書いた覚えがありません。なので、異動もしません」 「しかしこうやって実際に出されてるじゃないか」 「お前ら何を話してるんだ?」 「文次郎、竹谷は特務に異動することになった。貰うぞ!」 「は?」 「ですから、出した覚えがありません!」 「うるさいぞ、竹谷。出した覚えがあろうがなかろうが出されたのだから、お前は今から特務だ。昔みたいに私が鍛えてやるから喜べ!」 拳を鳴らして笑顔を浮かべる小平太を見て、走馬灯のように昔のことを思い出した。 鍛錬という名の生き地獄を見せられたあのころ…。いっそ殺してくれと何度思ったか…! せっかく特務を避け、兵站に入隊したというのに、何故今さらになって異動しないといけないのか。 助けを求めるように文次郎を見ると、裏で糸を引いているのが仙蔵たちだということに気づき文次郎が溜息を吐いて「小平太」と話しかけた。 「本人は出してないと言ってるんだ。今回は「文次郎、許可を出せ」……人の話を聞け、小平太」 「やっと壊れない部下が入ってきたんだ。だから許可を出せ」 小平太にしては珍しく真面目な顔で文次郎に迫る。 小平太は今まで一人で活動していた。 特務はどの機関より体力と力を必要としている。 暴動鎮圧や、前線に出されたりするので、死なないよう毎日鍛錬を行っていたのだが、入隊した兵士は誰もが一日持たずして辞めていってしまった。 一人では鍛錬にならない。だけど誰も入隊しない。だからと言って自分が部下の体力に合わせて鍛錬に励むなんてできない。 「無理っす!俺だって普通の人間ですよ!?壊れる!」 「大丈夫だ、竹谷。お前は壊れん。私と組み手してあれぐらいのケガですんだのはお前だけだからな!」 「いやいやいやいやいや!(あれは死にたくないから必死で避けてただけで…!)」 「小平太、俺のとこも忙しいんだ。竹谷がいなくなると困る」 「潮江先輩っ…!」 「私のとこには一人もおらん」 「………」 「潮江先輩!」 「竹谷、お前ならきっと大丈夫だ」 自分のところも忙しく、本音としては手放したくない。 手放したくないのだが、部下が一人もいない小平太は何だか寂しそうだ。 一人だから鍛錬にも限界があるだろう。 「すまない」と言いながら八左ヱ門の肩にポンッと手を置いて、席に戻って書類処理を始めた。 「そんな…!」 「やったな、竹谷!文次郎から許可が貰えたぞ。今日からお前は私の部下だ」 絶望する八左ヱ門と、幸せそうな小平太。 静かになって様子を見に来た兵助は二人を見て、すぐに理解し、慰めるように八左ヱ門の背中を叩いてあげたのだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |