運命 「(暇だ…)」 幕僚機関に所属している三郎は、その日暇を持て余していた。 上司の立花仙蔵は何時間も前からずっと書類処理をしており、いつ集中が切れるのか観察していたのだが、切れる様子はない。 目の前の勘右衛門は机いっぱいにお菓子のカスや残骸を散らかしたまま、色んなところに電話をしていた。 「おい鉢屋。貴様も働け」 「言われた仕事は既に終わらせております」 「ならばすぐに出さんか」 「そこまで言われておりませんでしたから」 「言われんとお前はできんのか」 「いえ、立花先輩はご自分に従順な人間が好きと聞きましたので、従順になってみたのです」 「そうか。で、楽しかったか?」 「特には」 「ならば早くその終わった書類を持って来い」 三郎は頭の回転が早く、また器用でもある。 だから難しい書類が回されてきても、すぐに終わらせてしまう。 何をしてもスムーズに進む。だから今まで苦労なんてしたことなかった。 それでもいいと思うのだが、つまらない。 勘右衛門ほどではないが、三郎も常に楽しいことを求めている。だから性格の悪い仙蔵の部下になったのだが、これがなかなか楽しい。 だが最近あまり楽しくない。いや、仙蔵との会話は楽しいが、もっと刺激がほしい。 「失礼します。立花参謀長、潮江大佐から書類を持って来ました」 「おお、丁度暇つぶしのオモチャがやってきた」 「はっちゃんいらっしゃーい。お菓子食べる?」 「……ここに来ると気が緩むな…」 ノックのあと、自分を名乗って簡単な用件を伝えると、仙蔵が「入れ」と返事をし、真面目な顔をした八左ヱ門が入って来た。 書類を仙蔵に渡し、判子を待っている間、勘右衛門に無理やり近くにあった椅子に座らされ、談笑を始める。 さすがに上司の前で談笑をするのは悪くないか?と思う八左ヱ門だったが、仙蔵は「構わん」と手を軽く振った。 「最近どう?忙しい?」 「まぁそれなりだな。潮江大佐は忙しそうだけど、演習じゃあギンギンだ」 「あの先輩はいつもじゃないか」 勘右衛門が出したお菓子を食べながら近況を話す。 八左ヱ門が所属している兵站は内部での処理に追われている。 時々、留三郎と名前がいる準軍事組織と一緒に市中の見回りを行ったり、町の治安を守っていて、とにかくたくさんの仕事がある。 疲れる仕事だが、身体を動かすのが大好きなので苦だと思わない。 「でもどうせならもっと動きたいっていうか…。書類処理はやっぱ苦手だ」 「はっちゃんは頭使うの苦手だもんねー。兵助は?」 「兵助はどれも簡単にこなしてるよ。三郎同様器用だからな」 「お前が不器用すぎるんだよ。ところでお前と同じく、身体を動かすことが大好きな名前はどうだ?」 「ああ、名前もちょっと動き足らなさそうな顔してたけど、結構楽しそうだぜ」 「竹谷、判子押したぞ。あとこれ持って行け」 「あ、はいッ」 仙蔵に声をかけられ、八左ヱ門は慌てて立ち上がり机に近づいて行った。 勘右衛門が八左ヱ門の背中を見てお茶を飲み、三郎の顔を見ると、彼は何かを企んでいるような顔をしていた。 「さぶろー、はっちゃんで遊ぶなよ」 「八左ヱ門だからこそ遊べることだ」 「暇潰しのためにはっちゃんで遊ぶなって言いたいの」 「勘右衛門、お前も楽しいことは好きだろう?」 「……ほどほどにな」 「任せろ」 ニヤリと笑い、大量の書類を持たされた八左ヱ門のために扉を開けてあげた。 「じゃあな。お前らも頑張れよ」 「いや、お前もな」 「おう?ああ、ありがとな!」 三郎の笑顔に八左ヱ門は首を捻ったが、深く考えることなく所属機関へと帰って行く。 勘右衛門は特に何も言うことなくお茶をズズズと音を立て飲みほし、自分の席へと戻って行く三郎を目で追う。 三郎は引きだしを開け、一枚の紙を取り出したあと、サラサラと鉛筆を走らせた。 「立花先輩、異動願いです」 「ほう、お前がか?」 「いえ、私ではなく八左ヱ門です」 「は?」 「先ほどの帰り際に受け取ったのです」 シレッと嘘を吐きながら仙蔵の机に紙を提出した。 眉をしかめながら紙を手に取り、書かれた文字を読みとると、仙蔵も楽しそうに笑った。 勘右衛門も近づいて紙を覗きこむと、「わー…」と苦笑いを浮かべる。 「よかろう、許す」 三郎の暇潰しでやったことが、八左ヱ門と名前の運命が大きく動き始めた。 そう、悪いほうへと…。 「へっくしょん!」 「どうした名前、風邪か?あまり無茶するなよ?」 「あ、はい…すみません。(風邪…って感じのくしゃみじゃなかったんだけどな…)」 ( TOPへ △ | ▽ ) |