買物 「さて、お腹もいっぱいになったし…」 「おう!遊びに行こうぜ!」 お腹を満たした大食いコンビの勘右衛門と八左ヱ門は他のメンバーより先を歩き、振り返ってとびっきりの笑顔を向けた。 「でも私、着物買いたいんだけど…」 「んなのあとあと!邪魔になるだろ!」 「なんか久しぶりに町に来たら色々できてるし、とにかく回ろうよ!」 名前と兵助と三郎は新しい着物を買いたかった。 だけど遊びたい二人の勢いに押され、着物は最後に回され、適当に町を歩くことになってしまった。 三郎は文句を言っていたけど、楽天思考の二人の耳には全く届いておらず、雷蔵に宥められながらついて行くことに。 「二人とも遊ぶの大好きだからね」 「ほんとガキだよな。兵助、お前よく勘右衛門と一緒にいられるな」 六人とも仲良しなのだが、兵助は勘右衛門と。三郎は雷蔵と。名前は八左ヱ門と一緒にいることが多い。 三郎の言葉に兵助は少し考え、「まぁ」とだけ答えて勘右衛門の後ろを静かについて行く。 「兵助は若干諦めてるのかもね」 「名前、お前もよく八左ヱ門と一緒にいられるな」 「八左ヱ門はいい奴だよ。うるさいけど」 「あはは、名前も諦めてるみたいだし、僕らも諦めて二人に付き合おうよ。ね、三郎」 雷蔵の言葉と笑顔に三郎は眉を寄せたあと、重たい溜息を吐いて歩き出す。 「三郎って雷蔵に甘いよね」 「当たり前だ。雷蔵は私の半身みたいなものだからな」 「双子じゃないのに顔がそっくりだもんね…」 「でもなんか双子になった気分だよ」 雷蔵と三郎に挟まれ、先を歩いている二人に近寄る。 勘右衛門と八左ヱ門を中心に路地に避けてどうするか話し合っていると、周囲がざわつき始めた。 最初に気づいたのは三郎と兵助。 「三郎」 「ああ。おいお気楽二人組み。遊んでる場合じゃないぞ」 「お化け屋敷にも行ってみたいよねー!」 「あと土手にも行ってみようぜ!なんかやってんぞ、きっと!」 「…。勘ちゃん、八左ヱ門。三郎が呼んでるよ」 名前の言葉に二人は顔をあげ、兵助と三郎が見つめる通りをジッと見つめた。 遠くから「待て!」という緊迫した声が届き、通りを歩いている人達は左右に散って道を譲っていく。 まだ遠くて解らないが、憲兵が一人の男性を追いかけているのが次第に見えてきた。手には刀を握っている。きっと何か事件を起こした犯人だろう。 それを見た八左ヱ門と勘右衛門はペロリと口端を舐め、腕をまくって臨戦態勢に入る。 「なんか楽しそうだな!おい勘右衛門、お前右から行け!」 「まっかせてー!」 身体を動かすことが大好きな二人は腰に差していた刀と小刀を取り出し、他の四人に下がってろと一歩前に出る。 「名前、お前はもっと下がってろ」 「ちょっと三郎。こういうときだけ女扱いしないでよ!こう見えたって私も軍人だよ」 「それでも危ないでしょ?今日は袴着てるし、刀も持ってないしね」 「雷蔵…」 「相手は刀を所持している。丸腰の名前は不利だ。軍人なら己の身を守るのも立派な務めだぞ」 兵助にまで言われてしまえば、名前は黙るしかなかった。 一番後ろで仲間に守られるのは初めてではないにしろ、少しだけ自分が情けないと思う。 いくら鍛えているとは言え、女が男に勝てるわけがないのだ。 情けないと思ったが、そこで凹むほど柔ではない。 「解った。じゃあ私は一般人を安全な場所に誘導するね」 「僕も手伝うよ」 自分にできることをするまで。 八左ヱ門と勘右衛門が犯人に飛びかかり、交戦すると、大通りに悲鳴が走った。 追いかけてきた憲兵に三郎が事情を説明すると、すぐに引き返す。きっと応援を呼びに行ったのだろう。 名前と雷蔵は一般人が危険なめに合わないよう安全な場所へと誘導するのだが、犯人が背中を向けていた名前に向かって走り出した。 「「名前ッ!」」 勘右衛門と八左ヱ門の声に名前も振り返る。 犯人はすぐ近くまで迫ってきており、腕を取られて刀を首元に添えられた。 近くにいた雷蔵が助けようと動けば、犯人は声をあげて名前の首に刃をあてた。 「どいつも動くな!じゃねぇとこの女の首が吹っ飛ぶぞ!」 油断していた。あの二人に任せておけば大丈夫だと思って、油断していた。 はぁ…。と溜息を吐く名前と、友が人質になっているというのに焦っていない五人。 その空気に気づいた犯人だったが既に遅く、名前によって腕を捻られ刀を落とし、背中で拘束されて地面に押し倒された。 「確保完了。動いたら危ないよ」 男の背中の上に座り、片手で男の腕を拘束して逃げ出したり、抵抗したりしないようにする。 もう片方の手には先ほどまで頭に差していた簪が握られており、男の首元に先を当てている。 簪とは言え、首を刺せば殺すことだってできる。 「ちぇー、最後は名前に取られちゃった…」 「まぁいいじゃねぇか。名前、大丈夫か?」 「うん、特にケガなし」 気を抜かず、男を拘束したまま八左ヱ門に答えると、先ほどの憲兵が仲間を連れてやって来た。 その場で引き渡し、名前は服についた砂埃を手で払う。 「まぁ、女の子なのにはしたない…」 「あの子があんなことしなくても、周りにいた男たちがどうにかしてくれただろうに」 ヒソヒソと名前に集まる視線と陰口に動きを止めた。 どの陰口も名前の耳にはしっかり届いており、名前は顔を俯いたままグッと拳を握りしめ、再び砂埃を払う。 「今さっきの動き凄かったな!食満先輩と鍛錬してるの知ってたけど、かなり腕あげたじゃねぇか!」 「ハチ…」 「簪を武器にするとはなかなかの判断だったな。見事だぞ、名前」 「僕何もしてないや。情けないなぁ…」 「三郎、雷蔵…」 「やっぱ名前は格好いいねー!頼りになる女の子って凄くない?」 「ほら、名前。簪を差してやる」 名前が返事をする前に兵助が名前の手から簪を取り、髪の毛をまとめて差してあげる。 庇ってくれてありがとう。と言葉にしようとしたが、差してもらった簪がキンッと二つの音を立てて地面に落ちた。 「今さっきで壊れちゃったのかな…」 「す、すまない」 「何で兵助が謝るのさ。いいよ、どうせ古かったし」 名前が折れた簪を拾って兵助に笑顔を向けるも、五人ともあまり表情をよくしなかった。 名前がこの簪を気に入っているのは知っていたからだ。 「ちょっと邪魔だけど、別に不便じゃないよ。それより遊びに行こうよ!」 「でもよ名前。お前その簪…」 「いいのいいの!形あるもの壊れて当然。ほら」 八左ヱ門の腕をとってその場から離れる名前。他の四人も名前について行き、これからどうするか再び話し合い始める。 最初は気にしていた五人だったが、変わらない名前の様子を見て、自然と笑い、楽しい休日を過ごすのに戻った。 「遊んだ遊んだー!もう俺くたくただよー」 「勘右衛門、幕僚にいってから体力落ちたんじゃねぇの?」 「え、嘘!」 「兵助のほうがケロッとしてるぜ」 「潮江先輩にいつも鍛えられているからな」 「えー…、それはヤバい…。どうしよう三郎」 「別に体力で負けてもいいじゃないか、勘右衛門。これからの時代、腕ではなく頭が必要だ。バカではこの時代を生きていけない」 「俺見て言うなよ!」 「何だ、バカだという自覚があるのか?やったな、八左ヱ門。少しばかり偉くなったぞ!」 「ちきしょう!雷蔵、あいつ怒ってくれ!」 「三郎、あまり八左ヱ門を虐めてやるなよ」 「ついな。……ところで名前は?」 「あいつどこ行ったんだ?」 遊び疲れ、自宅へと戻っている途中、名前がいないことに気づいた。 まさか迷子か?と皆が元の道を戻っていると、走って自分たちを追いかけてきている名前を見つけた。 「何してんだよ名前!」 「もしかして僕たち歩くの早かった?だったらごめんね」 「ううん、違うの!」 五人に近寄り、胸の中に手を突っ込む名前。 驚いた四人は慌てて顔を背けたが、八左ヱ門だけは「名前!」と顔を真っ赤にさせ怒った。 だけど名前は反省することなく笑ったまま、白い布を取り出して五人の前に見せる。 「なになに?もしかしてお菓子?」 「違うよー。今さっき可愛いもの見つけたから……」 白い布をめくると、色は違えど、柄が同じ和風根付けが六つほど。 「軍に入ってからあんまり顔見れないから、皆一緒にこれを持っててくれたら嬉しいかなーって…。思い出して元気にもなるし…」 学生時代に比べ、顔を合わせることが少なくなった。 ずっと一緒にいた人と会えなくなるのは寂しい。 そう思った名前は、同じものを六つほど購入し、お揃いでつけないか?と言ってみた。 「ご、ごめん。なんか女々しくて…。嫌だったら別に「白は勿論俺だろう?」え…?」 最初に取ったのは兵助。 白い柄の根付けを取り、どこにつけるか考えた。 「じゃあ俺はー…えっと、黒でいいかな?兵助と反対」 「僕は…うーん、悩むなぁ…」 「雷蔵、私が黄色にするから山吹にしないか?」 「じゃあ俺は赤な!情熱の赤だ」 それぞれが名前から受け取り、自分の思う場所へとつけたり、そのまま財布に収めるものもいた。 残ったのは紫色の根付け。 「知ってるか名前。紫は女性を魅力的にするらしい」 「…三郎、そういった知識をどこで仕入れてくるんだよ…」 「立花先輩が色々教えてくれるんだよー。雷蔵も一緒に聞く?」 「いいや、遠慮しとく」 「じゃあガキっぽい名前にはピッタリだな!」 「ガキって言わないでよ…。そんなの解ってるし」 「だがこれで子供だと言われなくなるな」 兵助が紫色の根付けを取り、懐から新しい玉簪を取り出した。 玉の上に根付けを結び付け、名前の髪の毛をまとめて差してあげる。 「ほら、魅力的になった」 「え…あ…の、何で新しい簪が…?」 「あ、兵助もう渡しちゃったの?俺が最初に渡してあげようと思ったのにー!」 「勘ちゃん?」 「あのね、名前。昼間に簪壊れちゃったでしょ?だから名前に内緒で皆で買ったんだ」 ニコニコと笑顔のまま雷蔵も新しい玉簪を取り出した。 雷蔵だけではなく、三郎、八左ヱ門も取り出して名前の手に握らせると、名前は驚きの顔から笑顔に変わった。 「っありがとう、皆!」 「私たちも名前から貰ったからな」 「ありがとな、名前!」 たった一日だったけど、充実した休日を送れたのはきっと五人がいたからだ。 疲れたけど心は疲れておらず、始終笑顔で過ごせた。 この気持ちを口にするのは難しいが、口にしなくてもきっと五人になら伝わる。 「明日からも頑張ろうね!」 例え周りになんと言われようと、五人と一緒にいると明日からも頑張れる名前だった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |