夢/とある軍人の軌跡 | ナノ

買物


「遅い!」


今日は久しぶりの休日だった。しかも仲のいい友と一緒に。
前日に決めていた時間に名前の家へ集合することになっていたのだが、やはり時間通りには集合しなかった。
まず雷蔵が着て行く服に迷い、それを見越した三郎が早めに出た。それでもロスし、八左ヱ門を迎えに行ったのだが、八左ヱ門が寝坊してかなり遅くなってしまった。
勘右衛門は「道草を食うな」と言われたのだが、興味を引かれたものにフラフラと寄ってしまい、兵助の家につくのに大分かかった。既に起きていると思っていた兵助は半分眠った状態で、勘右衛門の手を借りて私服へと着替えたという。
紅一点の名前はちゃんと時間通りに起床し、身支度を整えて五人を待っていた。
遅刻するのは解っていたのだが、あまりにも遅くやって来た五人に、開口一番に怒鳴り声をあげた。。


「久しぶりの休日だから楽しみにしてたのにっ…!」


毎日毎日書類処理や鍛錬、巡回などに追われ、軍に寝泊まりすることも多々ある。
それは先輩であり上司でもある留三郎たちもそうなのだが、今日は久しぶりの休日だ。
きっと楽しい一日になるだろう。とワクワクしながら待っていたのに…。
泣きはしないが、怒りで身体が震えてしまう。
遅刻した五人は、名前が怒っているからまずは謝ろう。と声をかける前に約束したのだが、誰もが言葉を出すことなく名前をジッと見ていた。
視線に気づいた名前が眉をひそめ、「なに?」と怒りの声のまま聞くと、勘右衛門がニコッと笑顔を向ける。


「名前の私服姿初めてみた!こう見るとやっぱり女の子なんだね!」


軍では当たり前だが軍服を着用している。学生時代は皆と同じ制服を着ていた。
だから名前の私服を見るのはこれが初めてだった。
普通なら可愛いらしい着物を着るのだろうが、着物より動きやすさを取って女袴にした。


「勘ちゃん、私は怒ってるんだよ!?今は私の服なんてどうでもいいのッ」
「うん、でも似合ってるよー!ね、雷蔵?」
「そうだね、凄く似合ってる。やっぱり名前はそういう恰好をしたほうがいいよ」
「雷蔵まで!」
「立花先輩に頼んで名前の制服だけ変えてもらおうか?袴の上に軍服を羽織ればいい」
「いいな、それ。なかなかお洒落じゃないか。潮江先輩は怒るだろうがな」
「三郎、兵助!私の話聞いてる!?八左ヱ門、四人を止めてよ!」
「名前、すっげぇ似合ってるぜ!」


最後に八左ヱ門がニパッと笑って言うと、名前は押し黙り、何か言いたそうに五人を睨みつけ、諦めの溜息をはいた。


「もういいや…。で、最初は本屋だっけ」


とてもいい友人で、頼りになるのだが、こういったときの団結力には全く勝てない。
確かに自分だけ学生時代に知り合った仲だし、一人だけ女だ。だから考え方が五人とは違う。
時々寂しいとは思ったりするが、こういったときは呆れてしまう。
家を出て近くの本屋さんに向かう六人。
兵助と三郎は着物で、勘右衛門と雷蔵は書生、八左ヱ門は着流しといった様々な私服に、名前は喋ることなく彼らを見ていた。


「どうしたのだ、名前」


一番後ろを歩き、喋らない名前の様子に気づいた兵助が隣を歩き、聞いてみた。
名前は少し間を置いて、フッと笑みをこぼす。


「そう言えば私も皆の私服見るの初めてだなって。皆性格出るよねー」
「そうか?」
「うん、そう。着物似合ってるよ」
「そうか」


兵助はあまり感情を表に出さないし、言葉も少ない。
そのせいで「冷めてる」とか「近寄りがたい」と言われるが、話してみると結構普通だ。勘右衛門が隣にいればはっちゃけるときだってある。
それでも、時々嬉しそうな笑みを向けられると胸がドキッとしてしまう。


「兵助の笑顔は心臓に悪い…」
「何故だ。ただ笑っただけだぞ」
「兵助はもっと自分が格好いいってことを自覚したほうがいいよ。その笑顔で何人の女性を落としてきたか…」
「あ?何言ってるのだ、名前」
「兵助は格好いいってこと」
「名前は可愛いな」
「……そうやってシレッと恥ずかしくなるようなことを言うのも心臓に悪い…」


袖に腕を隠して小首を傾げる兵助は、本当に解ってないようだった。
「可愛い」の意味に恋愛感情が入ってないことは解っている。解っているが、真顔で言われるとさすがに照れてしまう。
ましてや女扱いに慣れていない名前はそれっきり黙ってしまい、静かに皆の後ろをついて歩いて行った。


「ついたー!もー、俺お腹空いちゃったよー。雷蔵、悩まず早く買ってね!」
「ええええ…、そんなのできないよ…」


最初についた場所は雷蔵が行きたいと言った本屋。古いものから新しいものまで揃っている大きな本屋さん。
雷蔵は楽しそうに色んな本を手に取っては悩んでいるが、本に興味がない勘右衛門や八左ヱ門はソワソワとした様子で待っていた。
三郎、兵助は難しそうな本を読み、休日だというのに勉学に励んでいる。
名前も適当に本を取って雷蔵が決まるまで暇を潰そうとしたが、勘右衛門と八左ヱ門が奥の本棚でコソコソとしているのが目についた。


「何してんの?」


気になった名前が声をかけると、二人とも飛び跳ねるように驚いて慌てて本を後ろに隠す。
誤魔化し笑いを名前に向けるも、その本棚の一角が艶本(いわゆるエロ本)なのに名前が気づき、顔を真っ赤にさせながら「バカッ!」と八左ヱ門のお腹を殴って雷蔵の元へと駆け寄った。


「何で俺だけ殴るんだよ!勘右衛門だって見てたんだぞ!」
「あはは、ごめんね名前ー。暇だからついつい…」
「勘ちゃんは殴れないもん!うえーん、らいぞー…」
「どうしたの、名前?」


雷蔵の後ろに隠れながら泣きつく名前。
どっちを買うか悩んでいた本を置いて頭を撫でてあげ、事情を聞くと苦笑いを浮かべた。


「解ってるけどさぁ…。別に今見なくたっていいじゃん…!」
「うん、そうだよね。今は皆で遊びに来てるんだもんね。でも僕も悪かったよ。僕が早く決めれないから…」
「雷蔵は悪くないよー!」
「悪いさ。だから、どっち買えばいいか決めてくれる?」
「え、私が決めていいの?」
「うん。どっちとも欲しいんだけど、今日は一冊しか買えないから」
「じゃあ……」


雷蔵の後ろで謝っている勘右衛門と八左ヱ門を無視して適当に選んであげた。
こんな大雑把な決め方でいいんだろうかと思ったが、これが雷蔵なので特に気にすることはない。
選んであげるとすぐに会計を済ませ、集中して本を読んでいた兵助と三郎に声をかけ、今度は勘右衛門と八左ヱ門が行きたがっていた新しくできたお店へと向かった。
お昼前のおかげであまり混み合ってなかったが、それなりに列を作っている。


「ところで何のお店なの?」
「牛鍋だ!」


とりあえず列に並んでいたが、何のお店かは知らなかった。
疑問を問うと返事をしたのは八左ヱ門。
さっきのこともあり、まさか隣にいるとは思っていなかったので、ザッと一歩下がると勘右衛門が背中に手を添え、元に戻されてしまった。


「(は、挟まれた!)」
「そんな警戒しないでよー。今さっきのことちゃんと謝りたいだけなのに」
「いや、でも最近の本は凄い「はっちゃんはちょっと黙って」すみません」
「ごめんね、名前。名前が女の子なのは忘れてないけど、つい気が緩んじゃって…」


眉をひそめて笑う勘右衛門。
いくら辛くても、いくら疲れても絶対に笑みを絶やさない勘右衛門がこんな顔をするのは、本当に申し訳ないと思っているから。
名前も甘く、素直に謝られると「うん…」と返事をしてしまう。


「いいよ、別に。ちょっとビックリしただけだし…」
「でも今度からは気をつけるね!」


そこで元に戻ったのだが、八左ヱ門は不思議そうな顔をしていた。


「つーかさ、お前慣れてるだろ?」
「…」
「え、なに、どういうこと?名前も見てるの?」
「見てない!」
「じゃあどういうこと?」
「…それは…」


俯いて言いづらそうな顔をする名前だったので勘右衛門が八左ヱ門に顔を向けると、八左ヱ門が代わりに答えてくれた。


「よく七松先輩に買ってくるよう言われんだ」
「えッ!?それ本当なの名前!」
「……断っても「何で?」しか返ってこなくて…っ」
「うわー…」


学生時代。小平太に連れ回されていた八左ヱ門と名前。
よくパシリにもされ、食べ物だけではなくそういった本を買ってくるよう何度も言われたことがあった。
本屋の人には変な目で見られたが、買ってこなかったり、断ったりすると鉄拳制裁が待っている。
だからと言って慣れているわけではない。現に表紙しか見ていない。表紙だって露骨な表現があるわけではないからなんとか買えていたのだ。


「解ってたけど七松先輩って俺様通り越した暴君だよね…」
「うん…。嫌いじゃないけど、苦手…。だから絶対に特殊機関に行きたくなかったの!」


どうなるか解ってるからね!と力強く語る名前を見て、勘右衛門は苦笑しながら拍手を送った。
そうしている間にも列は進み、名前たちも座敷へと案内された。
学生時代と変わらない席順で座り、八左ヱ門と勘右衛門が食べたいものを注文し、兵助が勝手に豆腐を注文する。


「名前は何食べるんだ?」
「牛鍋はもちろん、お野菜も食べますよ。三郎は?」
「同じく」


隣に座る三郎は「にーく!にーく!」と騒がしい八左ヱ門と勘右衛門に「うるさい」と一喝し、出されたお茶に手を伸ばす。


「あ、三郎。ここ解けてるよ」
「ああ。もうボロボロなんだ」
「そんなに使ってるの、この着物」
「それなりだな」


三郎が着ている着物が少し解けていた。
名前が触って聞くと、その手を払って少し名前から離れる。
いつもだったらそんなことしないのに何故か拒絶されてしまった。
若干傷ついた名前がジッと三郎の横顔を見ると、三郎は「しまった」とでもいうような顔をして湯呑みから口を離した。


「隣がイヤなら兵助と変わってもらうし」
「悪い、そういった意味ではない」
「そう。でもちょっと傷ついた」
「あー……」


湯呑みを机に置いて、決して名前を見ないままポリポリと頭をかく。
三郎の目の前に座っている雷蔵は八左ヱ門と牛鍋トークで盛り上がっており、勘右衛門はメニュー表を見ながら妄想でお腹いっぱい食べている。兵助は早めに出された豆腐を幸せそうに頬張っていた。


「名前の袴姿は初めてだからな」
「え?」
「そういうことだ」
「いや、意味わかんないよ」
「それより名前も着物買うのだろう?どうせなら私が選んでやろうか?」
「ちょっと三郎。話逸らさないでよ」
「いやいや。名前に私が選んだ着物を着てほしいんだよ」


最後まで言って、慌てて自分の発言に気づいた三郎は間を置いて横目で名前を見る。
いつもは女として見ていない。だけど今日だけはそういった目で見ている。だから触られると柄にもなく照れてしまうし、あんな発言をしてしまったのだ。
女性の服を選んで、それを着てもらう。ということは、それを着た女性は選んだ男性の所有物になる。間接的のようで直接的な表現。


「三郎が選んでくれるなら安心だけど…。お洒落だし。……まぁいいや、じゃあしっかりいいの選んでね!」


まぁそれは敏感な人間にしか気づかないことで、鈍感な名前には全くと言っていいほど気づかれなかった。
安心する反面、少しばかり呆れてしまう。


「名前、鍛錬するのはいいが、自分が女だということを忘れるなよ」
「忘れてないし」
「…じゃあもっと敏感になれ」
「敏感だよ。だから今さっきの三郎の態度に傷ついたじゃん」
「……。名前は本当にバカだな…」
「ちょっと!」


怒る名前だったが、煮えた牛肉をよそってあげるとすぐに機嫌がよくなり、幸せそうな顔で牛肉を頬張った。
そんな名前を見て、


「(まぁ名前はこのままでいいか…)」


三郎も口元で笑って鍋をつついた。


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