夜道 「って言って慰めてくれたの」 「解ってたけど、食満先輩って甘いよな」 「特に名前にね」 「え、そう?」 八左ヱ門と雷蔵は苦笑すると、名前は小首を傾げてハテナマークを飛ばした。 辺りは薄暗く、人もまばらな大通り。 軍服姿のまま、名前たち六人は帰り道をまったり歩いていた。 普段なら夜遅くまで残り、仕事に明け暮れているのだが、今日だけは六人が六人とも早くにあがることができた。 勘のいい三郎は、仙蔵たちに昼間の件がバレたことに気づき、でも名前に甘い仙蔵たちは気遣ってこうして一緒に帰るように仕向けてくれたのだと察した。 兵助と勘右衛門もなんとなく解ったが、天然組の名前と八左ヱ門と雷蔵は全く気付かず、「一緒に帰れるなんて久しぶりだね」とのほほんと笑う。 「食満先輩はいつでも優しいよ。長次先輩と伊作先輩も」 「あの三人は基本的に穏やかだからなぁ」 「でも潮江先輩も優しいよな、兵助」 「厳しいが、最後の尻拭いをしてくれるいい先輩だ」 「え、兵助失敗とかしてんの?」 「いや、八左ヱ門」 「あ、そっか。そうだよねー」 「そうだよねー。って何だよ、勘右衛門!」 「何だよって…そのままの意味だろう?なあ勘右衛門」 「そうそう」 「あー、もう三郎と勘右衛門は手を組むな!口で絶対ぇ勝てねぇ!」 士官学生時代はいつものように一緒に帰っていた。 お昼のときといい、こうやって皆で一緒に帰るのは久しぶりだと、始終笑いが絶えることなく帰宅している。 勘右衛門と三郎がいじり甲斐のある八左ヱ門で遊び、兵助が冷静にツッコミを入れる。 雷蔵と名前は基本的に笑っているが、雷蔵は時々天然なことを言ってさらに笑いを投下する。名前は八左ヱ門と一緒になっていじられることが多い。 しかし今日は少し違った。 最後尾を歩いていた雷蔵が、隣を歩く名前の名前を呼ぶ。 雷蔵は真顔であっても、柔らかい表情でなんとなく人を安心させる雰囲気をもつ。 「どうしたの、雷蔵」 「あのね、僕結構本気で、名前のこといいお嫁さんになると思ってるんだ」 「ま、またお昼の話?いいよ、そんな…。もう気にしてないってば」 皆が慰めてくれた優しい言葉を思い出し、また顔が赤くなる。 慰めてくれるのは素直に嬉しいが、こんな真っ直ぐな言葉で褒められてしまうと嬉しいより、恥ずかしい。 居心地悪そうに視線を泳がし、雷蔵から少し離れて歩こうとしたが、雷蔵も名前に合わせて速度があげた。 速度があげたと言うより、いつもの速度に戻したと言ったほうが正しい。五人が名前の速度に合わせて歩いているのだから。 「だって名前真面目でしょ?」 「軍人だもん…。不真面目はダメだよ」 「それにケガしたら治してくれるし」 「八左ヱ門と本気の殴り合いして、鼻血出せば誰でもするよ…」 「料理だって上手だし」 「そりゃあ軍人であっても一応女だからね」 「天然だけど一緒にいると面白いよ」 「天然中の天然、雷蔵さんに言われてもなー」 それでも頬が赤い名前を見て、雷蔵はフッと笑って「えへへ」ともらす。 そんな雷蔵を横目で見た名前は眉間にシワを寄せ、口元で喋る。 「え、なに?」 「雷蔵は可愛いよ…。えへへってなにさ…」 「えー、そう?」 「そうだよ!勘ちゃーん、雷蔵が男なのに可愛い!」 「どうしたの?」 二人の前を歩いていた勘右衛門の横に並び、今さっきのことを話すと勘右衛門は楽しそうに笑って、名前とは反対の隣を歩いていた三郎に顔を向ける。 勘右衛門の表情は見えなかったが、三郎の表情は見えた。 片方の口角だけをあげ、悪戯な笑みを浮かべる三郎に、イヤな予感がした名前だったが、いつの間にか反対側に雷蔵がいて、逃げれなくなってしまった。 「俺も昼間言ったけど、名前はいいお嫁さんになると思うよ」 「かかか勘ちゃんまで…!」 「そうだな、名前が家にいてくれるなら安心して仕事に行けるからいい。私のとこに嫁ぐか?」 「三郎までのらないでよ!」 恥ずかしい!と両耳を抑える名前だったが、新しいオモチャを見つけた三郎と勘右衛門の前では意味をなさない。 逃げようと思っても、隣を歩いている雷蔵がそれを許してくれなかった。 騒がしい後ろに気づいた兵助と八左ヱ門も、二人と一緒になって名前をからかう。 暗いはずなのに顔が赤いのがなんとなく解った。 とうとう目に涙を溜めるほど恥ずかしがる名前。このままずっと虐めていたけど、これ以上先は本当に泣いてしまう。 引き際を心得ている五人は、 「もう、本気で止めて!嬉しいけど嬉しくないッ!」 「あはは、ごめんね名前。でもそれだけ僕も三郎も、皆名前が大事なんだよ」 「そうそう。だからあんな奴らの言葉さっさと忘れちまえ」 「豆腐食べるか?豆腐は腹を満たすだけじゃなく、心も満たしてくれるぞ」 「どういう療法だよ、それ…。お前は笑顔が似合うんだからずっと笑ってりゃあいいの!な、勘右衛門?」 「八左ヱ門も言う通り。一人が寂しいなら一緒に遊びに行く?」 昼間のように優しい言葉をかけてくれるのだった。 恥ずかしかったけど、本当に優しい同級生と先輩たちに恵まれ、名前は思わず泣き出してしまいそうになった。 「気にしてない」とは言ったが、心根はしっかり気にしていた。 「―――じゃあ遊びに行く!明日皆休みだよね?遊ぼう!」 一度俯き、唇を噛みしめてから顔をあげる。 明日は六人揃って休みだ。これは一週間ぐらい前から決まっていたこと。 きっと六人が六人とも誘うつもりだった。 だから誰も首を横に振ることなく、笑顔を名前に向けた。 「じゃあどこ行く?僕、新しい本買いたいんだけど…」 「俺、新しい飯屋ができたって聞いた!」 「それ俺も聞いたーっ!絶対行こうよ、ね!?」 「俺は服が欲しいかな…。そろそろ綻び始めた…」 「私も着物が欲しい。立花先輩は洋服に慣れろと仰っていたが、私はあまり好きではないな…」 「私も着物買う!初めてのお給金を使うから、やはりいい物を買いたいと思ってたんだ」 「じゃあ明日は皆で買い物だね」 「そのあと俺と勘右衛門が行きたい飯屋な!」 「くー、楽しみぃ!」 「待ち合わせはどこにする?」 「私と雷蔵、八左ヱ門は家が近いし、勘右衛門と兵助も家が近いだろう?それぞれ迎えに行って、名前の家に集合ってのはどうだ?」 「あ、いいよ。ちょっと身支度に時間かかっちゃうかもしれないし…。私の家から本屋近いしね」 「うん、それでいいよ。僕が三郎迎えに行くから八は家にいてね」 「兵助は俺が迎えに行くよー。お前ちゃんと起きてろよ」 「勘ちゃんは道草食わないでね」 明日の予定を立て、待ち合わせを決めた六人はある別れ道で足を止めた。 ここから三方向に別れ、それぞれ家に帰るのだ。 「名前、夜道気をつけろよ。いくら軍服着てるからって危ないんだからな」 「ありがとう、八左ヱ門。じゃあ皆おやすみ!また明日ね!」 雷蔵、三郎、八左ヱ門の三人と、兵助、勘右衛門の二人。 名前はここから一人で帰らないと行けないが、いつも通る道なので怖くない。 誰かに襲われたとしてもやっつける自信はある。 それでも心配性(面倒見がいいとも言う)な八左ヱ門が何度も注意して、暗い夜道を別々に歩き出した。 ( TOPへ △ | ▽ ) |