夢/とある夫婦の日常 | ナノ

七松家のバヤイ その2(前編)


末っ子を背中に抱え、両手には軽い荷物。
隣には愛する旦那様、小平太が大量の重たい荷物を持って始終笑顔で歩調を合わせて歩いてくれる。
本当もっと早く歩けるのに、私を気遣ってくれるその優しさに小さな幸せを感じてしまった。
いつも無茶苦茶なことをしたり、私を振りまわしたりする小平太だけど、こういったところを見せられてしまうと、振り回されることなんてどうでもいいと感じてしまう。
これを私は「小平太マジック」と呼んでいる。いわゆるギャップ萌え。


「小平太、余裕そうだね」
「ああ、全然軽いぞ!」
「うーん、お米を軽いって言う人はなかなかいないよ」
「でも軽い。名前をおぶることだってできる!」
「それはちょっと怖いから止めて」


キラキラとした目で私を見てきたので、やんわり断ると子供のように拗ねた態度をとられてしまった。
高校時代に何度かおんぶをしてもらったり、俵担ぎされたり、横抱きされたりしてきたけど、どれも怖かった。
それに今はチビがいるから本当に止めてほしい。


「私が一度でも名前を落としたことがあったか?」
「なかったけど、心臓には悪いよ…」
「でも名前をおぶりたい!」
「え…。い、いや…止めて下さい…」


ダメだと言えばやりたくなるなんて本当に子供だ。
荷物を左手で持ち(この時点でもうおかしい。力持ちすぎる)、右手で私を捕まえよう手を伸ばしてきたのでサッと離れた。
すると不満そうな顔で私をジッと見つめる…。
これはやばい。そう思って早歩きで先を進むと、後ろから殺気が飛んできた。
おかしいよね、現代なのに殺気なんて…。だけどこれは確実に殺気。どうあがいても彼は私を捕まえたいらしい。


「名前、私から逃げれると思うなよ…」
「ひっ!ちょ、ちょっと小平太さん…ほんと危ないんで止めて下さい…!」
「逃さん!」
「はやっ!?」


走って逃げても、追いかけてきた小平太に回り込まれた!
慌ててブレーキをかけたけど小平太の胸に鼻を打ちつける。
改めて小平太との体格差を知り、それと同時に身体の芯から震えあがった。威圧感がっ…!
小平太を見上げると無邪気そうに笑っており、腰を掴まれ担がれた。


「キャアアアア!」
「ほら、余裕だろう?」
「そ、そうだけどっ!そうだけど道端で抱きあげないで!」
「でもチビは喜んでるぞ?」
「あああ…、この子も確実にあなたの血を受け継いでいますね…!少しぐらい私に似たっていいじゃない…」
「可愛いとこは名前そっくりだな!」
「……」


私は慌てているというのに、背中の末っ子は楽しいみたいで、きゃっきゃと笑っている。
小平太も学生時代と変わらない笑い声で「楽しいか?」とチビに話しかける。
まあ…小平太とチビが楽しいなら文句はないけどさ…。
小平太と一緒にいるなら多少じゃないけど、かなり妥協が必要だ。
これは小平太の親友であり、私の友人でもある長次に教えてもらった。


「ねえ小平太。もしかして家までこのまま?」
「勿論!」
「それはさすがに止めて…。ご近所さんに「ああ、また七松さんちか」って思われちゃう」
「細かいことは気にするな!」
「…うん、そうだね…」


本当は細かいことを気にしてほしいけど、無理な話しだ。
諦めて小平太に担がれたまま家へと帰宅していると、数人の知ってる奥様方から「今日も仲がいいのねぇ」と声をかけられた。
こんな格好を見られてちょっと恥ずかしかったけど、「仲がいい」と言われるのは素直に嬉しかったので、「ありがとうございます」と頭を下げておいた。
小平太は恥ずかしげもなく「名前を愛してるからな!」と大声で言ってたけど……。


「―――あら、もしかして七松さん?」


前(とは言っても私は担がれているので後ろになるのだが)から中年の奥様に話しかけられ、その声に聞き覚えがある私は悟られないように溜息をはいた。


「おっ。名前、知り合いか?」
「……ごめん、小平太。ちょっと下ろして」


丁寧に、優しく下ろしてくれた小平太に「ありがとう」とお礼を言って、その人を見るとやはり見覚えのある人だった。
近所ってほど近所ではないが、同じ地域に住んでる中年の奥様。
昔からここに住んでいる奥様はようするにお局様らしい。
他の奥様方から、「あの人には逆らわないほうがいい」「目をつけられないよう気をつけてね」と教えられ、できる限り機嫌を損なわないよう気をつけてきた。

そんな人に出会ってしまった。
いや、私だけならなんとかなっていた。
けど今日は小平太がいる。小平太を見られて恥ずかしいわけではない。愛する旦那様だ。
だけどまずい。この人に会わせたくなかった。とても面倒くさいのだ。


「こんにちは」
「こんにちは。こんな公共の場で騒いでいるから誰かと思いましたよー。まあこの地域で騒がしいのは七松さんちだけですからすぐに解りましたけどね」
「…すみません」
「あ、あと竹谷さんちも騒がしいですよねー」
「……」


まずは私から挨拶。
小平太には黙るよう目で伝えると、珍しく素直に頷いてくれた。どうやら気配で解ってくれたらしい。
奥様はニコニコと笑みは浮かべているものの、口からはかれる言葉はチクリとくるものだった…。
だから会いたくなかったのよ。会うたびに嫌味ばかりで本当に耳が痛い…。
適当に笑顔で会話をスルーしながら、飽きるのを待つしかないのだが、今日はそうもさせてくれないようだ。
私と会話しながら小平太をチラチラと見ている。


「で、七松さん。こちらが旦那様?」
「はい」
「もー、そうなら早く紹介して下さいよ」
「…すみません。旦那の小平太です」
「初めまして」


小平太は非常識人だったりするが、年上の方に対してはとても丁寧だ。
ニカッと爽やかな笑顔で挨拶すると、奥様はちょっと嬉しそう?に「こちらこそ初めましてー」と挨拶。
……小平太に色目使ってみろ。今日がお前の命日だ。
とか思ったけど、言葉には絶対に出さない。うん、耐えろ。耐えるんだ私!子供達を相手するほうが大変なんだぞっ。


「ところで旦那様はどんなお仕事をされてるんですか?」


でた…。
会うたびに根掘り葉掘り聞いてくるのが嫌いだ…。
人様の家庭にわざわざ首を突っ込まないで頂きたい。
そんなことを知って貴方に得があるの?ないよね。
心では悪態をつくが、顔には笑顔を貼り付け、簡単に説明をする。
その間小平太はずっとニコニコと笑っていてくれてる。空気が読める小平太に凄く感謝!


「まぁ高校卒業してずっと働いているの?今の世の中、大学ぐらい卒業しないとダメよ?」
「ですが、すぐに働かなければ名前も生まれてくる子供も養えませんでしたから」
「でもねぇ…。ご両親の最終学歴がが高校卒業ってのは少し……。将来子供が苦労するわよ?それじゃなくても土木なんて仕事なんですから」
「私には大学に勧めるだけの学はありませんでしたし、身体を動かすのは嫌いではありません」
「夢もなく大学に入るのは私自身、あまり好きではありませんので。ご心配ありがとうございます」


イライラする…。でも今日は小平太がいるだけまだマシ。
小平太は特にいつもと変わることなく、そして自分を恥じることなく本当のことを奥様に伝える。
小平太をフォローするように私も素直に気持ちや思いを伝えると、それが気に食わないのか、差別するような目を小平太に向けた。
その目を見た瞬間、思わず身体がピクリと反応してしまった。
無意識に利き手は拳を作っていて、自分でもビックリした。
いつもだったら笑って流せるはずなのに、今日は凄くイライラしてしまう。



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