夢/とある夫婦の日常 | ナノ

七松家のバヤイ その8


「こ、小平太…?」
「……」
「えーっと…、どうかした?」
「別に」


七松家に異変が起きた。
嫁も子供も大好きで、滅多なことがないと怒ったりしない七松家の大黒柱、小平太が先ほどから一切喋ろうとしない。
まだこの殺伐とした空気を読むことができない小さな子供を膝の上に乗せたまま、テレビを睨みつけるように見ている。
夕食が終わったあとは名前に甘えたり、長男たちと遊んだりしているのだが、今日は静かに過ごしている。
静かな小平太を見て不思議に思った名前が先ほどから機嫌を取るように小平太に寄り添い、色々と話しかけているのだが、彼の態度は素っ気ない。
さすがの名前もどうしたらいいか解らず、諦めて台所へと向かって汚れた食器に手を伸ばした。


「(私何かしたっけ…)」


食器を洗いながら今日のことを考えていたが、小平太が何故怒っているのか全然解らない。
朝は普通だった。帰宅したときには既にこの状態だったので、きっと仕事で何かあったんだろうと答えを出し、蛇口をギュッと閉めた。
考え事をしていたので気づかなかったが、足元には長男や次男たちが小平太から避難していた。


「母ちゃん…」
「今日はもう寝なさい。明日の準備終わらせてね」
「でも父ちゃん……」
「大丈夫、明日になったら治ってるよ。チビたちお願い」
「うん…」


小平太が静かになれば、子供たちも静かになる。
子供の目線に合わせるようにしゃがんで、優しく声をかけてあげると、しょんぼりした様子で頷き、弟たちを連れて居間から出て行く。
小平太の膝の上に座っていた子供は名前が「寝かせてくるね」と一声かけて抱きあげるも、抵抗することなく、無言で答えた。
子供たちがいなくなってさらに静かになる我が家に、名前も次第に緊張していく。
「やっぱり自分が何かしたんじゃないか」と最近のことを思い出す。


「(小平太を放置しすぎた?いや、でも今日もちゃんといってらっしゃいのハグしたし…。やっぱり仕事かな?…よし)小平太、膝枕してあげようか」
「いらない」


疲れてるなら甘やかすに限る!
そう思って笑顔を向けて言う名前だったが、バッサリと切られてしまい、若干凹んでしまった。
だけど諦めることなく、「晩酌してあげようか?」「お風呂一緒に入る?」「ハグいる?」と声をかけるのだが、どれも拒否。
普段だったら絶対に二つ返事をするより先に行動するのに…。と名前は再び黙りこむ。
少しだけ涙腺が緩んだが、ここで自分が泣くのはおかしいと思って「小平太」と彼の服を掴む。


「ねえ、どうしたの?私なにかした?いつもと違うし、なんだか……寂しいよ…」


最後になるにつれ、消えそうな声になった。
いつもが明るいだけに、今の小平太は怖いし寂しい。
泣きそうになって俯く名前を見る小平太は、少し口を開いたがすぐに閉じて自分の服を掴んでくる名前の手を払う。


「言いたくない」
「言ってよ…。このままの空気のほうが嫌…」
「言っても名前には無駄だから言わない」
「む、無駄じゃないよ!ちゃんと直すから教えて!」


どうやら自分が原因のようだ。
あの小平太を怒らせたほど、自分は何か失態を犯してしまったらしい。
慌てて小平太に詰め寄るも、彼は顔も目も背ける。


「小平太っ」
「…」


何度か同じようなやりとりをしたが、とうとう小平太は無口になってしまった。
最初は泣きそうだった名前も、なかなか教えてくれない小平太に腹が立ってきた。
自分が腹を立てる立場じゃないけど、教えてくれないとどうすることもできない。
目じりに涙を溜めたままキッと小平太を睨み、胸倉を掴んで自分のほうに向かせ、無理やり小平太の唇を奪う。
突然のことと、名前からキスをしてきたことに驚いた小平太は、目を丸くさせたまま微動だにしなかった。


「っはぁ…!言え、こんにゃろ!」


何年一緒にいても、何年同じことをしても、ずっと小平太を愛しているから「恥ずかしい」という気持ちが薄らぐことはない。
小平太から離れた名前は息を整えながら小平太を睨みつける。
最初は驚いていた小平太だったが、事態を飲み込むと名前の両肩を掴んで、噛みつくようにキスをする。
それに応える名前だが、あまりにも激しすぎて次第に腰から力が抜けていく。
一方的なキスにされるがまま、震える瞼を開くと小平太と目が合った。目は笑っていた。
「離れて」というように小平太の胸を叩いていたけど、その力さえ奪っていく。
自然と逃げようとしていた身体をガッシリと掴んでいたが、もはや意味がない。


「―――っ…!…ごほっ…。こ、…へ…たッ…!」


ようやく唇も身体も解放して貰えた名前は慌てて空気を吸い込む。
息をするのも許されなかったキスなんて、いつ以来だろうかと考えたが、酸欠不足によりすぐには思い出せなかった。
反対に小平太は余裕なまま、後味を楽しむかのように自分の唇を舐めている。


「今回はこれで許してやるッ」
「…えっと…、あの…。私、なにしたの…?」


名前の呼吸が落ちついたのを見て、小平太がニコニコと笑いながら言ってくれた。
少し咳き込みながら聞くと、小平太は「えーっと…」と言って数えるように指を折り始める。


「一週間一緒に寝れなかった、お風呂にも入れなかった、キスも忘れてた…。あと…、誘ってもダメだって断られた。子供ばっかで私を甘やかさないし、最近私に対して適当すぎだ!」
「………ようするに、今までの不満が溜まってたってこと…?」
「当たり前だろ!私、拒絶されると燃えるが、流されるとムカつくもん!」
「どう違うのか私には解らないよ…」
「ともかくッ、今回だけだからな!名前はもっと私を大事にしろ!」


拒絶されると楽しくなって燃えあがる小平太だが、何事もなかったようにサラリと流される…無視されるのは嫌いらしい。
それと、不満に思っていたことが積み重なり、今日のように爆発したのだった。
怒って「大事にしろ!」と言う小平太を見て、名前は反省する。
小平太には嫌われたくないし、確かに最近冷たくしたり、無視したり、流したりすることが多かった…。
ちゃんと反省して、「ごめんなさい」と謝ると先ほどより優しく抱き締められる。


「名前はもっと私に依存すればいいと思うんだ」
「依存してるよ」
「してない。もっともっと頼れ!」
「頼ってるよ。すっごくすっごくすっごーく頼りまくってます」
「じゃあもっと!それに、我儘だって言っていいんだぞ。育児に疲れたんなら、子供たちは私に任せて遊んで来ていいし」
「うーん…それはできないよ。小平太だって疲れてるわけだしね」
「私は平気だ。でも名前は女だからな!」
「うん、ありがとう…。それと、ごめんなさい」
「もういいって!」


いつものように笑う小平太を見て、ようやくホッと胸をなで下ろす名前。
小平太の膝に座ったまま寄りかかると、子供をあやすように頭を撫でてくれた。
小さなことだけど、どうしようもない幸福感に襲われ、小平太を見上げる。


「ねえ小平太、我儘いい?」
「勿論!」
「じゃあ優しいキスして。今さっきのは激しかったし、苦しかった」


名前の言葉に今度は小平太が幸せそうに笑って、いつも以上に優しくキスをしてくれたのだった。


「じゃあ名前、今晩「じゃあちょっと子供たちの様子見てくるね!あの子たちも気使ってたし!」
「………」
「小平太、どうかした?」
「名前、お前は空気の読めん奴だな!」
「え?」



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