夢/とある夫婦の日常 | ナノ

七松家のバヤイ その6(後編)


「兄ちゃんだけずるい!」
「ずるい!」
「かーちゃん、おれもっ。おれもだっこ!」
「だっこーっ!」


なんとなく予想していたけど、予想以上の反応にちょっとびっくり…。
これでも我が子たちにはしっかり愛情を注いでいたつもりだったのに、どうやら足りなかったらしい。
我も我もとしがみついてくる子供たちに、長男は弟たちを睨みつける。
睨みつけられた弟たちは肩をビクリと震わせ、悔しそうに私から離れて行く。
そう、我が家は弱肉強食。強いものが勝ち取るのです。


「母ちゃんっ、なんで兄ちゃんおこんないんだよー!」
「おれも母ちゃんにだきつきたいっ!」
「おれもっ」
「にいちゃんばっかずるい…」
「ごめんね、今日だけはお兄ちゃん甘やかしデーなんです」
「じゃあ明日は俺な!」
「明日の明日はおれっ」


まるで燕の子供のように「おれも」と連呼する息子たちにちゃんと答えてあげて、「手を洗ってきなさい」と指示を出す。
チビたちはさっさと行ったけど、次男と三男が長男を睨みつけて「バカッ!」と文句を言って手を洗いに行く。
いつもだったら喧嘩が始まるんだけど、今日の長男は余裕の笑みを浮かべたまま私の腰に猫のように甘えた。


「今日の母ちゃんは俺のだもんな!」
「うん」
「母ちゃん用事おわった?あのな、一緒に組み手したい!」
「私と?小平太みたいに強くないよ?」
「じゃあ俺がきたえてやるっ」
「それは頼もしいなぁ」


学生時代、小平太に色々教えてもらっていたから、普通の女の子よりは強い。…自信がある。
だけど家では戦うことなんてないから(いや、学生時代もなかったけど)、子供たちは私が弱いと思っている。別に自慢することないし、私も言ってない。
長男に手を引かれ、庭へ降りてから組み手に付き合ってあげると、凄く嬉しそうに笑って「楽しい!」と言ってくれた。
組み手は得意じゃないけど、「楽しい」と言われたら何だか私も楽しくなってきちゃった!
もしかしたら小平太が帰ってくるまで続くかも。と思っていたけど、何十分かしたら止めて、今度は居間に連れられる。
末っ子が私に甘えてきたので抱っこして膝に乗せてあげると、長男が末っ子を抱きあげ、自分が私の膝に座った。彼の膝には末っ子。
満足そうに「よし!」と言ってテレビをつけてアニメをジッと凝視する。
宿題を終わらせた他の子供たちもアニメ見たさにやって来たけど、私たちを見てすぐに「あーっ!」と先ほどのように怒りだす。
でもやっぱり長男に睨まれると悔しそうに黙りこみ、大人しく、静かにアニメを見始めた。


「母ちゃん、母ちゃん」
「はいはい、何ですか」
「えへへ、何でもない!」
「そう。…小太郎くん」
「おう、なんだ?」
「好きですよ」
「っ俺も!俺も母ちゃん大好き!」


アニメを見終わったあと、膝に頭をのっけて甘えてきたので、頭を優しく撫でながらそんな会話をしていると、背中に次男や三男がくっついてくる。
長男にバレないようにその子たちも撫でてあげると、長男そっくりに笑う。うん、可愛い!
でも三男が「母ちゃん」と呼んでしまい、長男にバレてしまった。


「お前は明後日だろー!今日はダメ!俺の!」
「やだ!やっぱ今日がいい!」
「なんだ、兄ちゃんにはむかうのか!?」
「だいたい兄ちゃんはおーぼーなんだよ!」


目の前で繰り広げられる、長男VS次男、三男の戦いを静かに見守る。
今日は長男を甘やかすつもりだけど、楽しそうなので止めるのはもうちょっとあとにしよう。
寂しくて泣きそうなチビや末っ子の頭を撫でてあげながら三人を見ていると、とうとう殴り合いの喧嘩を初めてしまった。
一対一なら、一番力が強い長男が勝つ。だけど今日は、二対一だ。どうなることやら…。


「名前ー…、何で迎えに来てくれないんだ…?」
「あ、小平太。お帰り」


二対一でも長男が勝つかな?と思っていると、後ろから恨めしそうな声とともに小平太が現れた。
ちょっとだけ不機嫌そうだったので「ごめんね」と謝ると、口を尖らせて「別に…」と言って手を洗いに姿を消す。
あー……そう言えば困ったことがあるな。
今日は長男甘やかしデーだ。だけど、長男より強い子がいる。そう、小平太だ。
いくら私が長男を甘やかしたとしても、きっと邪魔する。邪魔しないわけがない。


「名前ーっ、服ー!」
「はいはい」


呼ばれたので服を持って向かおうとすると、腰にドンッ!と何かがぶつかってきて、目をおろす。服や髪の毛が乱れた長男だった。
次男と三男に目をむけると、泣きそうな顔で座っていたので、長男が勝ったのだと解った。


「勝った!」
「そう、強かったね。でも喧嘩はあんまり好きじゃないから、もうしちゃダメだよ?」
「解った!でもあいつらが文句ばっか言うから教えてやっただけだぞ!」
「うーん…。ちょっと問題あるけど…」
「名前ッ、服だってば!」
「あ、ごめんごめん」


上半身裸でやって来た小平太は先ほどより怒っていた。
服を渡そうと小平太に近づくと、私と小平太の間に長男が両手を広げて立ち塞がり、今度は小平太を睨みつける。
小平太が「何だ?」と首を傾げると、長男は小平太を私から引き離そうと足を押した。(まぁ、動くわけないけど)


「母ちゃんは俺のだ!だから父ちゃんどっか行け!」
「母ちゃんは確かにお前のものだけど、名前は私のものだぞ?名前、どういうことだ?」
「かくかくしかじかです」
「つーか父ちゃんばっかずるいんだよ!いっつもいっつも母ちゃんに甘えて!父ちゃんオトナなんだから俺らよりガマンしろよ!」
「え、何で?」
「俺も母ちゃんに甘えたいの!あいつらにも勝ったし、今日の母ちゃんは俺の!」
「何だと!?じゃあ私とも勝負だ!名前に甘えたいなら私を倒してからにしろ!」
「ちょ、ちょっと小平太…!」


冗談に聞こえるでしょ?彼、本気なんだよ!
しかも大人気なく自分の足にひっつく長男の首根っこを掴んで、庭へと向かってポイッと投げ捨てる。
首や腕を回して、「さあ来い!」と構える小平太。長男が勝てるわけないじゃない!それと、服着なさい!


「私に勝とうなんて百年早かったな!なっはっはっは!」


やっぱりというか、案の定というか…。
秒殺で長男をふっ飛ばし、勝ち誇るように笑う小平太。うん、いつもの光景だ。
いつもだったら悔しそうにする長男だけど、今日は吹っ飛ばされたままグスンと鼻を鳴らして泣き始めた。


「っく…!きょ、今日は俺が…ッ、……ううう…!」
「というわけだ、名前。甘えていいんだろう?膝枕してくれ!」
「小太郎ッ、大丈夫!?」
「あれ?」


両手を広げてくる小平太を無視して長男に駆け寄って抱きあげる。
小平太が「甘やかすな」って言っていたけど、今日は言うことききません。


「名前ッ、私が勝ったんだぞ!」
「でもその前に約束したもん。今日はこの子を甘やかすって」
「甘やかすのはダメだ!」
「じゃあ見本となる小平太も甘やかさないよ」
「うっ…。そ、それもダメだ!」
「じゃあ今日ぐらい許してよ」
「むー……。今日だけだぞ…」


お腹に抱きついて泣いている長男の背中を撫でてあげながら、小平太を説得すると、渋々と言った様子で頷いた。
うん、これでなんとか今日は大丈夫かな?明日はなんて言って説得しようかな…。


「あ、それと。今日はこの子と寝るから一緒に寝れない」
「何だと!?名前は私一人で寝ろって言うのか!?」
「大人なんだし寝れるでしょ?」
「やだ!」
「やだって…。子供じゃないんだから…」
「じゃあ一緒にお風呂入る!」
「それも無理。この子と入るもん」
「名前ッ、お前は私のことが嫌いなのか!?」


「母ちゃん、いいにおいー」って泣きやんだ長男がゴロゴロ甘えているのを睨みつけたあと、ズイッと身を乗り出して聞いてきた。
だからニコッと笑って、小平太の頬に手を伸ばして名前を呼ぶと、嬉しそうに笑ってくれる。


「小平太は私のこと好き?」
「愛してる!」
「じゃあ、愛してる私の言うこと何でも聞いてくれるよね?」
「おう!」
「一週間我慢してね?」
「………」


そのとき見た小平太の顔は多分一生忘れられないと思う。





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