七松家のバヤイ その1 朝5時。七松家の朝が始まる。 「母ちゃん、腹減った」 目覚ましがなくとも、本能に忠実な子供が今日もお腹に乗って起こしてくれた。 今日、お腹に乗っているのは長男か…。どおりで昨日より重たかったわけだ。 自分が起きると隣で寝ているはずの大黒柱・小平太はおらず、次男や三男…子供たち全員が布団にいなかった。 あ、チビたち(乳幼児から3歳までの子供たちのこと)は寝てるや。 「おはよう、小平太…」 「おはよう、名前!今日もいい朝だな」 眠たい目をこすりながらキッチンに向かうと、牛乳を一気飲みしている小平太が上半身裸で立っていた。 周りには子供たち(4歳から10歳までの子供たちのこと)も一緒になって水分補給中。 ああ、今日も朝から元気そうですね…。子供たちもすくすく育っちゃってまぁ…小平太そっくりだ…。 「じゃあ走ってくる!」 「父ちゃん、おれも行く!」 「おれもおれも!」 「よし、行くぞ!」 水分を補給すると子供たちを連れて町内マラソンへとさっさと出かけてしまった。 高校のときから身体を動かすのが好きで、仕事も土木関係。朝は必ずああやって走りに行くし、休みの日も山に遊びに行く…。 「さて……」 どんだけ身体動かせば気が済むんだろう。って考えたけど、高校のときから答えが出ないので諦めて朝食の準備に取り掛かった。 七松家のものはみな肉食系男子だ。世間では草食系男子が流行っているみたいだが、私は見たことがない。 とりあえず肉を焼く。昨日の残りものなんて昨日のうちになくなるから、新しく作らないといけない。 ちなみに、晩のうちに朝食の下準備をしていたら、夜中に子供たちに食べられてしまうので絶対にしない。あいつらは常に飢えている。 「匂いだけでお腹いっぱいになりそう…」 朝食の準備の前に洗濯機を回して、準備して、布団あげて…。 あの子らが帰ってきたらそれどころではないから、いないうちに全てを終わらせておく。 高校までは不器用で要領が悪かったのに、結婚してからかなり器用になった。というか、器用にならないと生きていけない…! この世はまさに弱肉強食。七松家はまさにそうだ。 「名前ーっ、帰ったぞー!」 『帰ったぞー!』 「はい、おかえり。ご飯食べたければ汚れた服脱いで、手を洗ってから大人しく、静かに正座して待ってて下さい」 朝6時。町内を走りに走り回った子供たち(小平太もこの部類に入ることがある)が騒がしく帰宅。 ご飯のことになると、小平太を筆頭に静かになる我が子は扱いやすいと言えば扱いやすい。しかし油断は大敵。 最近、妙に知恵をつけてきた長男や次男あたりが私の隙をついてつまみ食いをしている。 だけど、小平太にはすぐにバレてしまうので説教をくらっている。 そこは父親らしいが、真剣に怒った理由がつまみ食いとは…。なんだか笑ってしまう理由だ。 「野菜も用意しています。ちゃんと食べて下さい」 『……』 二回目だが、我が家は肉食系男子ばかりだ。野菜なんて誰も食べやしない。 ご飯をテーブルに並べる前にちゃんと注意するも、子供たちは視線を反らした。勿論、小平太も。 「もう…、はい、どうぞ」 白米はこんもり持ってすでに準備している。あとは焼いたお肉を置くだけだが、ここで注意。 「置いたら逃げろ」 皿をコト…と置いたころには既に半分なくなり、私が離れたあとには何も残っていない。 大体が小平太のお腹の中に消え、あとは年齢の順に奪って食べている。まさに弱肉強食。 「母ちゃーん、おれ食べれなかったー!」 「うん、諦めてね。あ、野菜ならあるよ」 「野菜なんていらねーっ!」 もしここでこの子だけ特別にお肉を焼いてあげると、鋭い視線で睨んでくるもの多数…。 そう、この家では甘い考えなんて持ってはいけない。何度も言うが、七松家は弱肉強食の世界だ。 「よし、組手するぞ、組手!」 「父ちゃん、今日おれな!」 「次おれー!」 食ったら動く。これが基本の我が家では、出勤と登校までの間、庭で小平太による組手教室が開かれる。 私は綺麗盛り付けられたままのサラダとご飯もゆっくり食べ終え、そろそろ起き出すチビたちの面倒を見る。 周りでは「宿題すんの忘れたー」とか「母ちゃん、体操服どこー?」と、何故か朝になってあれこれ言ってくる子供たち…。 だから昨日の夜ちゃんと準備しろとあれだけ…! 「ほら、体操服はここ。ちょっとそこ、気をつけて。赤ちゃん踏んだら小平太のコブラツイストよ」 だけど可愛い我が子なので、溜息をつきつつも世話を焼いてしまう…。 そんなこんなで出勤、登校時間。 小平太にお弁当(ちなみに重箱を二つ)を持たせ、軽トラに小学校と幼稚園に向かわせる子供たちをつめこみ、見送る。 の、前に……。 「行ってらっしゃい、小平太」 「おう、行ってくる」 作業服を着た小平太はいつ見ても似合ってる。ついでに格好いい。 子供たちがトラックに乗りこんでいる間に小平太に「行ってらっしゃい」と言うと、楽しそうに笑ってギュッと抱きしめてくれた。 何故かこれが七松家の見送り方法。 抱き締め返して背中をポンポンと叩いてあげると、もっと力強く抱き締められる。 「(あー…幸せだなぁ)」 子供は毎年増えるし、毎月家計は火の車。 近所や学校にも謝ってばかりで、休まるときなんて滅多にない。 だけどやっぱり好きな人と結婚してよかったと思う。 「父ちゃんだけズリィー!」 「おれもー!」 「母ちゃん、おれも抱っこ!」 わらわらと私に群がる小平太ジュニアたちも可愛いすぎる! 「でも重たい!可愛いけど重たい!早く行け!」 重さに耐えられず倒れそうになったけど、小平太が子供と私を支えてくれた。 緩む口元だけど、時間が時間なので強く言うと、寂しそうに離れてトラックに乗り込んだ。 騒がしく出発する男たちを見送って、散らかった部屋に戻る。 「さて…、今日も頑張るか!」 今日も戦争が始まった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |