竹谷家のバヤイ その1 「竹谷、今日の昼休憩バレーするぞ!」 「……あ、俺今回はえん「するぞ!」っす、了解っす…」 八左ヱ門は学生時代から小平太に頭があがらなかった。 普段は可愛がってくれるいい先輩なのだが、自分が人間離れした体力と力を持っているのに気付いていない。 そのせいで毎度毎度昼休憩はバレーと称したリンチが始まる。 他の仕事仲間は小平太からのアタックを食らえばすぐに気絶するのだが、高校時代から慣れた八左ヱ門は気絶することがない。 いいのか悪いのか解らないが、そのせいで小平太は自分をめちゃくちゃ可愛がってくれている。 だが、そろそろ限界だった。 仕事とは関係のない生傷ばかりできて、さすがに辛い。だけど誘いには断れない! せめて誰か犠牲者がいれば…! そう思った八左ヱ門は携帯を取り出して嫁である名前の携帯にコールする。 『どうした、竹谷。忘れ物でもした?』 「名前、喜べ。七松先輩からバレーのお誘いを受けたぞ!」 『ふざけんな。お前が相手しろ。私を巻き込むな』 八左ヱ門の嫁、名前とは高校時代からの付き合い。 しかも自分と同じく名前はスポーツマン。昔から身体を動かすのが大好きで、運動神経もいい。 だからこそ気があい、飾らない性格からよくつるんでいた。 そのせいで友達期間が長かったが、結婚して、たくさんの子供に恵まれた。 そんな嫁とは仲がいいものの、共通の敵を持っていた。そう、七松先輩だ。 「お前だって久しぶりに七松先輩とバレーしたいだろ?」 『したくない!あの……あの恐怖を再び思いだすなんて…!』 「たまには楽しもうぜ!」 爽やかな笑顔で言う八左ヱ門だったが、名前は既に切っていた。 再びかけ直すものの、「現在、電波の届かない…」という機械音に変わっていた。 「何してんだ、竹谷?」 「名前に電話してました。あいつもバレーしたいだろうと思って…」 「名前も来るのか!?」 小平太も名前を可愛がっていた。女なのに自分と八左ヱ門についてこれるなんて凄いことだと。 昔も八左ヱ門と名前をしごいてやった…。と思い出に浸る小平太。 「だけど出ないんすよー…。どうしましょうか」 「貸せ、私が話してやる。家電でいいか?」 「はい、どうぞ!」 自分の負担が減るなら、嫁をも売る男である。 『しつこい!』 「私だ!」 『ッなな、…松先輩…!(あの野郎ォ…!)』 「しつこいって何だ?」 『いやぁ、アハハ!さっきからセールスマンがうるさくてうるさくて…。と、ところで何の御用でしょうか?』 「バレーするぞ。昼休みにお前も来い!」 『あ、すみません。昼からは子供たちと「来い!」っす…、行かせて頂きます…』 「早く来いよ!」 言いたいことだけ言って小平太は携帯を八左ヱ門に手渡し、仕事へと戻って行く。まさに台風のような人物。しかも暴風域がかなり広い。 「つーわけだ、ちゃんと来いよ!」 『竹谷…、お前帰ったら覚えておけよ…!』 「うるせぇ!俺だって一人であの人の相手したくねぇんだよ!毎日頑張ってんだからお前も協力しろよな!」 逆切れをして、何度か口論したあと電話を切って八左ヱ門も仕事へと戻って行く。 一方、受話器を置いた名前は震えていた。 八左ヱ門への怒りと、今から起こるであろう展開に。 竹谷家の末っ子が名前の足を掴むと、ポロリと涙を流した。 「死んで…たまるかぁあああ!」 すぐにまた受話器を取り、あるところへと電話した。 「竹谷、それ終わったら休憩な」 「ういーっす」 恐怖の昼休憩より少し前。 できる限り時間をかけて仕事をしようと企んだ八左ヱ門だったが、自分一人が遅れてしまえば仲間にも迷惑をかけてしまうので、いつも通りさっさと仕事を進ませた。 小平太ほどではないが、八左ヱ門も体力と腕力には自信がある。小平太に続く主戦力だ。 汗を拭って息をつくと、既に仕事を終わらせた小平太が美味しそうにお弁当(重箱)を食べていた。傍らにはバレーボール。 「やる気満々だな…。名前、早く来い!」 「名前遅いな…」 「うわああああ!」 「私はご飯食べたぞ。竹谷も早く食ってこい」 「あ…は、はい…」 苦笑しながら名前に作ってもらった弁当を持って適当に置いてあった木材の上に座り、広げる。 隣には何故か小平太。 「早く食え」という無言のプレッシャーがビシビシと伝わってくるが、次第にお弁当へと目標を切り替えた。 「……あげませんよ…」 「何で!?」 「さっき食ったじゃないっすか!これは俺の弁当っす!」 「でも見てたら腹減ってきた…」 「涎!先輩、涎!」 「竹谷、くれ」 「あげません!」 八左ヱ門の死守に小平太はぶーっと口を尖らせる。 しかし、すぐに顔つきが変わって周囲をキョロキョロと見渡す。 不思議に思って八左ヱ門もお弁当を死守したまま周囲に視線を向けると、名前と小平太の嫁がこっちに向かって来ていた。 二人とも背中には末っ子を背負っている。 名前が来るのは解っていたが、何故小平太の嫁まで? 「(いや、先輩がいたら七松先輩は大人しくなる…。名前の作戦だな!)」 なんたって小平太は嫁を溺愛している。 自分の嫁を見つけた小平太は顔を明るくさせ、犬のように尻尾を振りながら走って向かって行く。 勢いよく抱きつき、名前に挨拶しながら嫁にキスしていた。 「よくやった名前!先輩がいれば安心だ!」 「現場が近かったからできた技だけどね…」 小平太に挨拶を終わらせ、上司にも挨拶してきた名前は八左ヱ門に近づき、差しいれにスポーツドリンクを渡してくれる。 「っていうか私まで巻き込まないでよ!」 「じゃあ俺一人で死ねってか!?ふざけんな、俺ら夫婦だろ!」 「都合のいいときだけ夫婦って言葉使わないでよね!ほら、さっさとご飯食べなよ!」 「食うさ!今日もうめぇ!」 「そりゃどうも」 背負っていた末っ子を下ろしてあげると、八左ヱ門の足に寄りかかり、ご飯を催促してくる。 笑って白米だけあげると嬉しそうに笑った。 「あー…やっぱ子供って可愛いよなぁ…!マジ癒されるわ」 「お疲れ様。まあ大変だろうけど頑張ってよね。竹谷がいなくなると我が家は回らないんだから」 「だからさ、お前も竹谷だろ。いい加減下の名前で呼べよ」 「長いから無理。ほら、あんまりうろちょろしたらダメだよ。危ないからね」 「おう、そこ危ねぇぞ。父ちゃんの膝に乗ってろ」 ひょいっと末っ子を掴んで、自分の膝の上に乗せる。 子供は遊んでくれるのだと思い、膝の上で暴れる。 普通なら怒る場面だが、懐が広い八左ヱ門はそれぐらいでは怒らない。 弁当を食べながら末っ子の相手をしてあげる。行儀は悪いが、これが竹谷家。 「その調子でどんどん強くなれー、なってくれー」 「強くなれば強くなるほど、七松先輩の子供に気に入られるけどね…」 「それは…言うなよ…」 竹谷家も男の子ばかりだ。そして七松家の遊び相手だ。 そのせいで、八左ヱ門だけじゃなく子供たちも生傷が絶えない。 最初のほうは泣いたり、文句を言っていたのだが、最近ではまだ小さいのに悟りを開きだした。 それが一番いい対処法だと悟ったのだろう。抵抗しても彼らには意味がないことだから。 苦笑しながら食べ終わった弁当をおさめ、末っ子を抱きあげる。 「つか勝手に入って来ていいのか?」 「社長さんは別にいいって。いつも頑張ってもらってるからだってさ」 「そっか!じゃあ今回だけ毎日来てくれよ。朝起きて弁当作るのもしんどいだろ?朝ゆっくりして、昼ぐらいに作って持って来てくれよ。どうせ終わったら買い物行くんだろ?」 「ありがとう。……解ってたけどさ、竹谷っていい奴だよね」 「は?何で?」 「さりげなく優しいとかずるいわー…。ま、そういう八左ヱ門が大好きなんだけどね!」 「なッ!な、なんだよいきなりっ…。つーか名前…!」 「下の名前で呼んでほしかったんでしょ?ほら、呼んであげたじゃん」 「いきなりすぎだっつーの!このバカ!」 「バカとは何さ!せっかく大好きって言ってあげたのに!……ってか言っちゃった…!」 「赤くなるなよ!なんか俺まで照れてきた!マジ勘弁!」 「うううるさい!もう明日から来てあげない!」 「それはダメだ!来てくれたら昼からももっと頑張れる!」 「ほらそうやってさりげなく甘いこと言う!バカバカ!」 「だ、だから意味わかんねぇって!」 「―――竹谷」 「あ…、社長…?」 「あまりラブラブなとこを独身連中に見せてやるな。泣いてるぞ」 「「あ…」」 涙を流しながらコンビニ弁当を食べてる仲間を見て、二人はさらに顔を赤く染めたのだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |