七松家のバヤイ その5(後編) 「よし、あの子に電話しとくか」 きっと小平太に喋るに決まってる。竹谷くんが小平太に弱いのは昔っから知ってるし。 すぐに竹谷くんちに電話をかけ、竹谷くんのお嫁さんであり、私の後輩に昨晩のことを伝えると、彼女も知っていたらしい。 だけど毎日毎日頑張って働いてくれるので、特に文句はないとのこと…。 普段は小さいことで喧嘩する二人なのに、こういうときは大人だ。あんなことで怒った自分がなんだか惨めになり、末っ子を抱き締めた。 「んー…私も許してあげるかなー…」 でもなぁ…。「あの子が可愛かった」って言葉を思い出すと、やっぱり腹立つんだよね…。 モヤモヤする気持ちで家事を終わらせ、夕飯の準備にとりかかっていると、小学生組みが幼稚園組みを連れて帰宅。 幼稚園と小学校が近くて本当に助かる。 長男たちの宿題を見てあげながら、洗濯物を畳んでおやつを出してあげる。 我が家は騒がしいけど、食べているときは静かだ。唯一目を離せる瞬間はこのときだけ。 「はぁ…」 朝から苛立って、色んなことを考えていたので無駄に身体が疲れてしまった…。というか精神的に。 重たい溜息を吐くと片づけをした長男が私の顔をジッと見つめている。 「どうかした?」 「母ちゃん疲れてんのか?」 「まぁね。体力落ちてきたし、老けてきたかなって思ってた」 「母ちゃん若いだろ?俺の友達がそう言ってた!」 「ふふっ、どこでそんな世辞覚えてきたの?」 「せじってなんだ?うまいのか?」 「アハハ、だよね!何でもない」 よしよしと頭を撫でてあげると、長男が嬉しそうに笑って膝に頭を乗せて寝転ぶ。 「もっと撫でてー」と騒ぐので撫でてあげると次男、三男もわらわらと私の周りに集まってきて、子供たち全員が甘え始める。 ああ、もう可愛い! ギュッ!と抱き締めてあげると、外から車のエンジン音が聞こえてきた。 「父ちゃん帰ってきた!」 長男が起き上がって玄関に向かうと、他の兄弟たちも走って向かう。 我が子は父親も大好きだからねぇ…。 「…さて…」 私はどうしようかまだ悩んでいた。 朝のままでいくか、許してあげるか、何でもなかったフリをするか…。 せめてもっと小平太を振りまわしてやりたいんだけど、普段からそういうことをしたことないので、どうしたらいいか解らない。 「仕方ない…」 許してあげるか。まだちょっとムカつくけど、私たちのために頑張ってくれてるもんね。 立ちあがって玄関に向かおうとすると、子供を身体中につけた小平太がドスドスと私に勢いよく向かってきた。 「名前ッ!」 「わっ!」 そのままの勢いで私に抱きつくと、子供たちはポロリと落ちる。 頭を打ったはずなのに痛がる様子を見せず、私と小平太にそれぞれ抱きつく。 え、なに?何があったの?っていうか抱き締める力強すぎて苦しいよ…っ。 「こへ、…ッ苦しい!」 「嫉妬だろう!?」 「…は?」 「私は名前しか興味ないぞ!名前が大好きだ!でも名前は嫉妬したんだろう!?可愛いな!」 「え、は…?」 ちょ、ちょっと待って…。何で、嫉妬したこと…!ああ、竹谷くんに言っちゃったんだ!というか全部伝えたの!? 「お、おお落ちついて小平「嫉妬する名前は珍しいな!そんなに私のことが好きか!勿論私も名前が好きだぞ!名前がおらんと生きていけん!」 恥ずかしげもなく大声でそんなことを言うものだから、思わず私のほうが真っ赤になって口ごもってしまった。 嫉妬した。とか大声で言わないでよ…!改めて言われると恥ずかしいんだから! 離れようとするけど、それ以上の力で抱き締められてビクともしない。 それどころか頬や額にキスされて、何度も何度も「好きだ」と告白される…!な、何だこの羞恥プレイは!ほら、子供たちも見てるから! 「小平太!もういいから離れて!」 「やだ!朝ギュってしてくれなかったし、冷たかったからその補給!」 「あれは…!」 「嫉妬したからだろう?でも毎朝やってほしい!私がどれだけ傷ついたか…」 「だからッ!」 「私は何千年も前から名前が好きだ。何を言ったか覚えてないが、それで許してはくれないだろうか?」 少し離れて真剣な目と声で謝罪された。 何千年って…。そんな洒落た言葉、誰から聞いたんだか…。 内心呆れていたけど、心臓は高鳴り、顔も熱かった。 「まぁ…私も冷たくしすぎたというか…。小平太が毎日頑張ってくれてるし……ゆ、許してあげる」 「そうか!ありがとう、名前!」 子供のような純真な顔で笑い、ギュッと抱き締めれる。 うー…やっぱりずっと怒ってるなんてことできないや…。 「って、子供が見てるから!ほらお前たち、ご飯の準備するから片づけなさい」 『はーい!』 子供の前ではあまりキスしたり抱きあったりするは好きじゃない。恥ずかしい。 だけど小平太には関係ないから、子供たちも慣れた様子で私たちを抱きついて見ていた。 そんな彼らを動かし、自分も台所へと向かおうとしたら、手首をガッチリ掴まれていた。 手首を見て、小平太を見ると、変わらず純真な笑顔を浮かべている。それなのに寒気がするのは何故だろうか…。 身体を引いて小平太から離れようとするが、グッと引き寄せられる。 で、何をするかと思えば作業服から小瓶を取り出して私に見せつける。あ、この小瓶は伊作のとこのだ…。 「でな、名前に愛情表現が足りんことが解ったから、伊作っくんから薬貰ってきた」 「そう、じゃあ返してきなさい」 「断る」 ニッコリ笑う小平太は、先ほどの純真さはなく、真っ黒だった…。 「こ、小平太…。お願いだからそれは…!」 「聞こえなかったか?断る」 「でも明日も仕事だよね…?」 「大丈夫、三回までにしとくから!」 「ヒッ!」 これだから小平太に冷たくしたり、怒ったり、喧嘩したりするのはイヤなんだよ!いっつもこのオチだ! 「ついで留三郎から縄も貰ってきた」 「あのアホ二人め!」 ( TOPへ △ | ▽ ) |