夢/とある夫婦の日常 | ナノ

七松家のバヤイ その5(前編)


「今日の夜、竹谷と飲んでくる!」


夕方に旦那の小平太から電話があった。
いつもは真っ直ぐ帰宅するから、珍しいなと思いつつ「解った」と返事した。
頑張って働いてもらっているので、こういった息抜きは必要。家庭に縛るつもりもない。


「母ちゃん、父ちゃん珍しく遅ぇなー」
「なー」
「そうだね。でもたまにはいいじゃない。それよりもう寝る時間だよ。ほら、布団敷いて寝なさい」


飲みに行くと言っても、いつもは子供たちが寝る前に帰宅していた。それなのに今日は帰ってくる様子がない。
多分楽しんでるんだろう。と、特に気にすることなく子供たちを寝かしつかせ、茶碗を洗う。
いつもなら子供たちが寝ると「名前ー」と甘えてくる小平太がいないので、家事もすぐに終わった。
んー…少し変な感じ。


「ま、たまには私もゆっくりしようか」


テレビをつけ、誰に邪魔されることなく自分の時間を過ごす。
だけどやっぱり違和感。
普段がうるさいだけに、こうも静かすぎると落ちつかない。ああ、私もう通常の一般家庭に戻れないな…。
時計を見ると針は十二時を過ぎようとしていた。


「先に寝るかな…」


一応夜食の準備はしていたが、帰ってこない。
冷蔵庫におさめ、寝る準備をしていると、外から「名前ー!名前ー!」と騒々しく私を呼ぶ声が聞こえてきた。
夜も遅いのにこんな大声を出されたらご近所迷惑だ。
慌てて玄関に向かうと、上機嫌な旦那様が帰宅。


「おかえり、小平太」
「名前だぁ!名前、帰ったぞ!」
「うん、おかえり。でも声大きいから静かにね」
「名前ー、名前ーっ!」


あらまぁ珍しいこと。滅多にお酒に酔わない小平太が、酔っているではありませんか。
頬を赤くさせ、意味の解らないことを言いながら私を抱き締める。
抱き締める力は強いけど、立っている力はないらしく、私に若干寄りかかっている。
支えてあげたいけど、小平太は大きいし背が高い。支えきることができず、そのまま玄関に押し倒されてしまった。背中痛い…。


「小平太、服脱がないと。あと寝るならちゃんと部屋で寝ようよ」
「やはり名前が一番だな!」
「は?」
「でもなー、あの子も可愛かったんだぞ!昔思い出してー…うん、笑顔も可愛い!話してて楽しかった!竹谷も楽しんでて、私も楽しかった!」
「……は!?」
「また行き、…た………い……」


腰に抱きついたまま寝息を立て始める小平太。
いや、こんなところで寝られても。
というか、今の言葉なに?ねえ、ほんとなに?
あの子って誰だ。可愛かったってことは…その、浮気?いや、竹谷くんも楽しんでたって言ってたし…。んん?キャバクラにでも行ったの?
そう思って小平太のポケットに手を突っ込み探ると、可愛らしい名刺が何枚か入っていた。


「………」


飲みに行くのはいい。キャバクラに行ってもいい。名刺は……まぁ許してあげよう。
だけど、あの言葉は許さない。そりゃあ若い子のほうが可愛いでしょうとも。でしょうとも…!
気持ち良さそうに眠る小平太が腹立つ。こっちは寝ずに待っていたのに。
この年になろうが、小平太が大好きなので嫉妬はしますよ。
腹がたつので一発だけ頭を叩き、小平太を放置して自分だけ部屋に向かった。


「当分の間口きかない」


イライラする気持ちのまま無理やり眠りに落ちた。





「はい、どうぞ」
「……名前、怒ってる?」
「何で?」
「……」


翌日、二日酔いもなくいつもと同じ時間に起きた小平太。
次々と起きてくる子供たちを引き連れ、町内マラソンにでかける。
その後、


「何で玄関で寝てたんだ?」


と聞いてきたので、「知らない」と答えてあげると、小平太が少し不思議そうな顔をした。
どうやら昨日の記憶はないらしい。
素っ気ない私の態度を見て、何かを悟った小平太。
黙って考えているけど忘れてるから無理だよ。例え覚えていて謝ってきたとしても、今は許せそうにない。ええ、どうせ心狭いですよ!


「名前…」
「こら、そこ遊んでないで早く準備しなさい。ちゃんと宿題したんでしょ?」
「母ちゃん、体操服はー?給食袋もない」
「もー、ちゃんと昨日のうちに準備しないから…。ほら」
「ありがとう、母ちゃん!」


イライラしたときは子供の笑顔に限るね!
素直にお礼を言う長男をギュッと抱き締め、頭を撫でてあげると心が少し落ちついた。


「名前、私も!」
「早く準備しないと遅れるよ」


でも小平太の声を聞くとダメだ。
息子から離れて他の子の面倒を見る。
小平太とは目を一度も会わすことなく、朝の準備に戻る。
後ろでは行き場を失った手が震えていた。


「父ちゃん、そこにいると邪魔だぞー?」
「あれ?父ちゃん泣いてんのか?ダメだぞ、男が泣いたら!」
「名前が…、名前が…」
「母ちゃん、父ちゃんが泣いてるよ」
「放っときなさい」
「でも…」
「小平太」
「っなんだ!?」
「子供連れてさっさと仕事行って」


出て行け。とも聞こえるような声で言ってやった。
例え犬ように耳を垂れても今は可愛くない!
今度こそ本当に泣きだした小平太だったけど、「怒るよ」というと鼻をすすりながらトボトボと玄関へと歩き出す。
子供たちが心配そうに声をかけていたけど、泣きやまない。どっちが大人なんだか…。
まぁそうさせてるのは私なんだけど。いや、元は小平太が悪い。


「じゃあ皆、気をつけてね。物を壊さない、迷惑をかけない。解った?」
『はーい!』
「しっかり勉強しておいで。行ってらっしゃい」


いつものように玄関で見送り、一人一人抱き締める。
これがいつまで続くのかな。思春期になると抱きついてくれなくなるのかな。
そんなことを思いながら子供全員を抱き締め終わると、目を潤ませた小平太が私をジッと見つめていた。
普段なら小平太にも抱きつくのだが、今日は留守番組のチビを抱っこし、「手が塞がっているのであなたを抱き締めることができません」とアピール。
再び目に涙を浮かべ、私を抱き締めようと動いた瞬間、


「いってらっしゃい」


と言って背中を向けた。
ピシャン!と怒りを込めて玄関を閉めると、外から「名前ーっ!」と誰かが泣きながら叫んでいる。
うん、十中八九小平太だろうね。
放っておいてもいいんだけど、それだと仕事に遅れて迷惑かかるし、子供も遅刻する。
なので玄関を開けて、「遅刻させたら許さないから」と脅す。
しばらくして車のエンジン音が聞こえ、家は静かになった。


「かぁたん、めし」
「よし、ご飯食べよっか」


留守番組のチビたちにご飯をあげ、今日も普段と変わらない一日を過ごした。
時々、昨日の小平太の言葉を思い出してはイライラするので、子供たちの目につかない場所に行って、壁を殴る。
どれだけ私が傷ついて、ムカついてるか小平太も体験すればいいんだ!
それか私もホストとかに行ってやろうか!………そ、それはちょっと仕返しが怖いな。うん、それは止めておこう。
小平太にはこういう仕返しがいいんだ。


「でも逆を言えば、それだけ私のことを好きだってことなんだよね…」


好きだから、ああやって泣いている。
そう思えばイライラも多少収まったりする。するんだけどさぁ…!


「せめて今日一日は怒っていよう」


いつも振りまわしてるしたまには、私が小平太を振りまわしてやる!


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