夢/とある夫婦の日常 | ナノ

七松家のバヤイ その3


「名前ー、名前名前名前ーッ!」
「こ、小平太重たいよ…。洗濯物畳んでるときは抱きついてこないでって「母ちゃん!」――ぐはっ…!」


我が家は毎日が戦争だ。
父親の小平太を筆頭に爆撃機の子供たちが突撃してくる。
皆男の子だけあって元気が有り余っているのは解るが、突撃は痛い…。
遊びで私を殴ったり蹴ったりしてこないのは父親に似ていいのだが、勢いよく抱きついてくるのはしっかり似てしまった。
しかも、一人が抱きついてくると全員が抱きついてくる。
そして最後は小平太が皆を抱き締める。
大事にしてくれるのは嬉しい。愛してくれるのもすっごく嬉しい。嬉しいが、こうも力強く突撃され、抱き締められると苦しいんだ…!


「ご、ごめん…苦しい…」


それに家事が進まない。
家族が多いから仕事は山ほど残っている。
だから、ちょっと離れていなさい。と注意するも、子供たちは離れようとしなかった。
何せ見本となるべき父親が私の背中から離れないからだ。


「小平太、お願いだから離れて。子供たちが真似するでしょ」
「やだ」
「やだって…。でも私やることあるし…」
「い、や、だっ!」
「俺もやだーっ」
「おれもー!」
「おれも!」
「洗濯物が片付かないから離れなさい」
『やだ』


声を揃えて言われた瞬間、プチッと何かが切れる音がした。
いつもいつもこれだ…!
抱きついてくれるのは可愛い。が、時を考えてほしい。
今、私は、片づけているのです。邪魔です。って言っても聞かないなら私にも考えがあります。


「じゃあもう知りません。自分たちで全部して下さい」


勢いよく立ちあがると、ポロポロと子供たちがはがれ落ちた。
小平太は後ろにいるから表情が見えなかったけど、子供たちの表情はちょっとばかり暗くなる。


「私は毎日あなたたちが汚してくる服を洗って、干して、時々縫ってるんです。その邪魔をするとは何事ですか。そんなに私の邪魔をしたいんですか?そうですか、ならば私はもう何もしませんのでご自由に」
「母ちゃん…?」
「名前…」
「時々は言うこと聞いてくれたっていいじゃない!我儘ばっか言う子たちは嫌いです!」


いや、素直でいい子たちなんだけど、ちょっとばかり調子にのりすぎてしまうところがある。
キッパリ言い放つと、長男や次男たちの年上組はオロオロしだしたが、チビたちは悲しそうな顔になって涙をぼろぼろ流し始めた。
チビたちは悪くないので、心がチクッとしたけど、ちょっと私も我慢できない。


「特に小平太!」
「わ、私?」
「当分の間ベタベタ禁止です!」
「ええええ!」
「我儘言う小平太は大嫌いです!」
「でも私、名前がいないと「少しは自分たちでなんとかして下さい!私は出て行きます!」


そうだ。彼らは私を頼る割に、言うことを聞いてくれない。邪魔もする。
じゃあもう自分たちでしてください!
心を鬼にして家から出て行く。
夜遅いけど近所にある長次の家へお邪魔になろうと思ったが、誰も後を追って来ないことに気がついた。
いや、ちょっと追いかけてほしいなー…って思ったりもした。
小平太ならきっと追いかけてくれると思った。けど後ろは真っ暗で誰もいない。
というか家が静かだ。絶対に「母ちゃん!」「母ちゃん!」って騒ぐと思ったんだけど…。


「あー…もー…!」


気になってその場を行ったり来たり…。
でも結局元来た道を戻ってこっそり様子を窺った。
やっぱり静かだ。誰も玄関から出てこようとしない。


「何してんだろ…」


このまま戻るのはちょっと恥ずかしいので、庭に回って外から中の様子を窺って見る。


「え、動いてないし」


先ほどと変わらない位置に皆座って、固まっている。というより、呆然としていた。
チビたちは小平太や長男に抱きつき、声を出さないように泣いている。
末っ子は解ってないので笑っているが、皆が皆シュンと落ち込んでいる。
あああ、可愛いっ…!大型犬みたいで可愛い!
…じゃなくてっ。いつもあんな可愛い姿に騙されているからあの子たちは同じことを繰り返すんだ!そうだ、私が甘いんだ。ここは厳しくしとかないと!


「父ちゃん…。母ちゃんいなくなった…」
「ん?おー、そうだな…」


チビが言葉足らずで小平太に話しかけると、小平太は寂しそうな笑顔でチビを撫でる。
あああ…うううっ…!もう、我慢しろよ、自分ッ…!でも二人とも可愛いとかっ、正直反則すぎる…!
くっ、思わず涙が出てきそうだ。
と、油断した瞬間、長男と目が合ってしまった。


「し、しまった…!」
「母ちゃん!」


長男が声をあげて近づいてくると、それに全員が続く。
ガラスが割れそうなほど強く窓を開け、ドーンと飛びついて来た。
長男だから重たい。支えきることができず、後ろに倒れそうになったが、後ろにはいつの間にか小平太がいて支えてくれた。
そしてそのまま抱き締められる。く、苦しい…。今さっきより苦しい…!


「母ちゃんごめんなさい!」
「ごめんなさい!」
「俺言うこと聞くから出て行かないでぇ!」


わーん!と長男、次男、三男が泣き始めると、チビたちもわーん!と泣き始める。
ちょ、ちょっと…これじゃあ私が悪いみたいだ。
で、でもまぁ…謝るなら許してあげるのが親ってもんよね。うん、可哀想とか、可愛いとかそういう理由じゃない。


「二度目はないよ」


一人一人頭を撫でてあげると、皆が声を揃えて「うん!」と元気よく返事をしてくれた。
七松家の者は、返事だけはいい。これがいつまで続くことやら…。


「私もちょっと大人気なかった、ごめんね」
「母ちゃんは悪くない!」
「わるくないっ!」
「うん、ありがとう。でも悪いからちゃんと家に戻ります」


私、やっぱり嫌いになれないなー…。イライラすることはあっても、絶対に嫌いになれない。
子供たちを連れてあがろうとするも、後ろにへばりついている一番大きな子供が重たくてできない…。


「小平太、とりあえず部屋に帰ろう」
「……」
「…あの…」
「父ちゃん、まだ悲しいのか?母ちゃん帰ってきたぞ?」
「とーちゃーん、母ちゃんこまってるぞー」


三男の言葉にビクリと肩を震わせ、顔を見せないまま先を歩き出す。
手はしっかり私の手を握っている。
怒って…はない。だけど静かな小平太にドキドキと緊張してしまう。


「えっと、…あの、ごめんね。ちょっと言いすぎた」


部屋に戻るとまた後ろから抱きつく。
ギュゥウウと力強く抱きしめられ苦しかったけど、ちゃんと謝って、顔を見ようとするが、顔は絶対に見せてくれなかった。
子供たちも小平太の様子をジッと見つめている。


「……もしかして怒った、とか?」
「嫌いって言った」


首を横に振って、ボソリと呟く。
ああ、そっちね。あれはー…勢いに任せて言っちゃっただけで、本心はそんなことない。


「嫌いじゃないよ」
「嫌いって言った」
「……」


同じことしか言わない小平太。
これはかなり拗ねてらっしゃる。もしくは、かなり傷ついてる。


「名前は私のことが嫌いなのか?」


向きを変え、正面に向き合ってから真剣な目で言ってきた。
こんな傷つけるつもりはなかっただけに、小平太の真剣な目で痛い…。


「ごめん、嫌いじゃない…」
「でも、嫌いって言った」
「……あー、好きだよ、小平太」


すると子供たちみたいに顔をパッと明るくさせ、「私も!」と今度は正面から力強く抱きしめられた。
それに続き子供たちも抱きついてきて、七松家バーガーの完成!


「好きだけど、我儘言ったり、言うことを聞いてくれない小平太は嫌い」
「気をつける!」
「うん、子供たちはいいけど、小平太は返事だけで終わらないでね」
「任せろ!」


と言った三日後には、私を振りまわす小平太がいるのだった。


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