七松家のバヤイ その2(後編) 「じゃあせめてもっといい仕事に就いたらどうかしら?子供も増える一方なんでしょう?ああ、学がないから優良会社に就職は無理そうですね」 「ははっ、そうですね。私は頭を使った仕事は苦手なので無理だと思います」 「あなたたちのようにならないよう、お子様にはちゃんと勉強を教えてますか?聞く話しによると毎日遊んでいるようですが…」 「子供ですから大いに遊べばいいと思います。私も名前も特に気にしておりません」 「貴方たちはそれでいいかもしれないけど、公園で小さい子を泣かしたり、道路で遊んだりされては他の方に迷惑でしょう?あ、私じゃなく、他の奥様たちが話していましてね」 「私たちの息子は意味もなく相手を泣かしたりしません。それに、多少ケンカしたり、危ないめにあったほうがのちの勉強になると思います」 「だから、それはあなたたちの考えでしょう?はぁ…、やっぱり旦那様がこんなだと子供もそうなってしまいますよね…。七松さん、お嫁さんのあなたがもっとしっかりしないと」 「……はい、お気遣いありがとうございます」 心のこもってないお礼。 あまりにイライラしすぎて俯いてしまったが、その時はちゃんと目を見て頭を下げた。 ムカつく。 その言葉しか出てこない。許されるなら顔面殴って、「バーカ」などと罵詈雑言を浴びせてやりたい。 けどそんなことをしてしまえば、小平太や子供たちの悪口を他の奥様方に話しまわるだろう…。 それだけは阻止したい。私の悪口はいいけど、小平太と子供たちの悪口は我慢できない…! 「それと、前々から思ってましたが、たくさん子供を産むのはいいことだと思います。でも犬猫のように何も考えなしに産むのはよくありませんよ。お給料だって大して貰っていないんでしょう?ちゃんと計画されてはいかが?」 「はぁ…、そうですね…」 「まあ産むのはあなたたちの勝手ですが、教育をちゃんとされないなら近所迷惑です」 「申し訳ありません、よく注意しておきます…」 「あなたいつもそう言ってるけど、全然じゃない。母親としての自覚あるの?若いからって全部が許されると思ってるんじゃないのかしら?」 「そんなことは…」 「高校卒業のあなたに高望なんてしていませんが、ここまで酷いとさすがにねぇ?もっとしっかりして下さい。あなたたちだけの町ではないんですよ?」 「はい…」 「……これだけ言ってもどうせ解らないんでしょうね。こんな旦那様に嫁いだお嫁さんですもの」 私をバカにするようにクスリと笑った瞬間、横から放たれる殺気に自然と身体が動いた。 奥様を背中に庇い、目の前の小平太を真っ直ぐと見つめる。 私の左頬ギリギリには小平太の右拳。奥様を庇わなかったら、確実にクリーンヒットして倒れていただろう。 ギリギリのところで私が庇い、殴る相手が私だと気付いた小平太はピタリと拳を止めた。 「名前、どけ」 「ダメ、どかない」 小平太の瞳孔が開いて、興奮しているのがすぐに解った。 本当に怒っているのだと、雰囲気を見ただけで解る。 「ちょ、ちょっと!私に何しようとしたの!?もしかして殴るつもり!?」 「いえ…。夫婦ケンカをしているだけです」 「嘘つきなさい!どう見ても私を殴るつもりだったじゃない!私は本当のことを言っただけよ?なのに…っ!これだから学歴のない人はイヤなのよ!」 「そうですか。でしたらもう私たち家族に関わり合いにならないほうがよくありませんか?知能が低い私に話しかけると奥様もそういう目で見られますよ?」 「可哀想だから話しかけてあげたんじゃない!そうじゃなかったらあなたみたいなバカな小娘に話しかけるわけないじゃない!」 「名前!」 「小平太!」 「どけ!」と言うように名前を呼んでくる小平太を、私も精一杯止める。 殺気を飛ばして睨んでくるけど、絶対にどかない!どいたら小平太、絶対にこの人を殴ってしまう。 攻防をしている間に奥様はいなくなり、その場は静かになった。 数人の近所の方々に見られたが、まあ大丈夫だろう…。 背中のチビは泣くこともなく「あー」と空を見上げている。うん、その動じない度胸、まさに小平太譲りだ! 「名前、何故庇った」 「小平太こそ何で殴ろうとしたの?」 「名前をバカにされたからに決まってるだろう!?私だけの悪口なら気にしない…!」 「……」 小平太が珍しく怒っている。本当に珍しい。 だって「細かいことは気にしない」性格の小平太が怒るなんてそうそうあるわけがない。 「怒ってくれてありがとう」とお礼を言いたかったけど、私は黙って振りかえり、早歩きで家へと帰宅した。 小平太がついて来ながら何か言っているが、今の私には耳に入らなかった。 家に到着し、玄関を乱暴に開ける。 帰ると留守番をしていた子供たちが迎えてくれたが、「あっちに行ってなさい」と言うと、素直に言うことを聞いてくれた。 持っていた荷物を適当に投げ、あとから玄関に入って来た小平太の胸に抱きつく。 背中に腕を回して、力強く抱き締める。 「名前?」 「……っううぅ…!」 ムカつくムカつくムカつく! 今さっきも言ったけど、私の悪口を言われるのは全然いい!可愛い子供たちや、小平太の為に我慢だってしてみせるさ! だけど子供たちと小平太の悪口を言われるのは本当に我慢できないッ! 学歴とかいらないし!ちゃんと働いてるだけ凄いじゃん!生活は苦しいけど全然不幸じゃないもん! 子供たちだって勉強できなくていいし!ただ元気に、真っすぐとした大人になってくれればそれでいいの! 学歴より人間味のほうが大事だってあの女に言ってやりたい! もう嫌い嫌い!あの人大嫌い! 「うー……うーっ…!」 こんな汚い言葉を子供たちに聞かせるわけにもいかないから、小平太に抱きついたまま心の中で罵っていると、自然と涙が流れた。 人ってムカついても涙が出るんだね。 でもそれだけじゃ我慢できず、小平太の胸を軽く叩く。 「お?」 軽く、と言ってもそれなりに強かったと思う。 だけど小平太は全然平気そうな顔で首を傾げた。 そのとき初めて私が泣いていることに気がつき、私の気持ちを悟ってくれた。 小平太も今さっきまで怒っていたのに、泣いてる私を見ると笑って軽く抱き締めてくれる。 「我慢してたんだなー!」 「っう…うう…!」 「偉い偉い」 そ、そんなこと言われたら余計涙止まらないじゃない! 「ばかぁ、小平太のバカァ…!」 「名前はいい子だな!」 「小平太の良さも知らないくせにあんなこと言いやがって…!」 「じゃあ私が一発殴ってきてやろうか?」 「それはダメ!」 「でも私だってイライラしてるんだぞ?」 「そんなにムカつくんなら私を殴って!」 「それはできんな。私は名前を殴れない」 「じゃあ我慢!」 「ああ、解った!」 いつものように笑って、おでこにキスをされると、苛立っていた気持ちが静まった。 だから私も背伸びして頬にキスをしてあげると、小平太ももっと嬉しそうに笑ってくれた。 「母ちゃん、機嫌直った…?」 恐る恐る話しかけてきたのは、長男。 私を気遣うようなに上目使いで見上げてきたので、小平太から離れて長男たちに抱きつく。 「お願いだから真っ直ぐな子に育って!私はいつでもお前たちの味方だからね!」 「よくわかんねーけど、母ちゃんが言うような大人になる!」 「おれもおれも!」 「おれもーっ」 わらわらと集まった子供たちに囲まれ、今日も一日幸せを感じることができた。 七松家は私が絶対に守る! あいつ、今度会ったら覚えてろ…! きっと悪口を広めるつもりだから、仙蔵あたりに話しておくか…。 「か、母ちゃん…なんか殺気が…」 「あっ、ごめんね!さ、夕飯にしようか」 『肉ーっ!』 「うん、今日も肉ばっかですよ」 「名前−、私もお腹減ったー」 「荷物置いて、手洗ってきてね」 「おー!」 とりあえずは目の前の戦争を片付けることにしよう。 ( TOPへ △ | ▽ ) |