夢/とある獣の生活 | ナノ

後輩の記憶の段


酷い茶番だ…。
騒々しく走り去って行った竹谷を見て、僕はそう思った。
不破と尾浜と久々知、あと頭がおかしいことで有名な先輩の間には沈黙が流れる。
ああ、本当にくだらない。やはり来るんじゃなかったと気だるいため息を吐いた。

毎日毎日同じことの繰り返し。たった十六年だが、僕が自分の人生に思ったことは「つまらない」の一言。
何をしても全てうまくこなせるから?友達に恵まれているから?困ったことなど一度もないから?
とにかく何をしても楽しくない。だからと言って刺激がほしいわけじゃない。
面倒だからの理由で僕は地元の高校を選んで受験したが、それが間違いだった。
僕と同じ顔を持つ不破を見てると、何だか無性に腹が立ってくる。
挙動不審になったり、言いたいことがあるのに言わなかったりする態度に腹が立つ。他にも、いかにも僕のことを知っているというような発言にも腹立つ。
ようするに、僕は不破の全てが嫌いだ。


「すみません、虎徹先輩…。僕がいらないことをしてしまって……」
「いや、いいさ。今回は平和に過ごしたいんだろうよ」


笑って不破の頭を撫でる先輩だったが、その顔は悲しそうだった。はっ、図々しい性格なのにそんな顔できるんだな。
でも、竹谷が逃げだした原因はお前らだ。過去とか前世とか意味の解らないことを言っているからだよ。
そう思って国泰寺先輩を見ていると、視線が噛み合った。
先輩の目力に少し背中が引いたが、視線を逸らさないでいると犬歯を見せて笑った。


「お前はほんと、変わんねぇんだな」
「はぁ?」
「―――ああ、すまん。何でもない。雷蔵、俺はもう関わらないことにするよ。悪いな、力になれなくて」
「いえ!八左ヱ門たちはダメでしたが、僕たちは先輩たちと一緒にいたいので、また…!」
「俺も俺もー。虎徹先輩、今度ケーキバイキングとか行きましょうよ!」
「そういった甘いもんは苦手だから…。焼き肉食い放題ならいいぜ!」
「どうせなら豆腐食べ放題がいいな…」
「兵助、そんなの現代にあるわけねぇだろ。じゃ」


投げ捨てていた制服を拾い、肩にかけて屋上をあとにした。
残ったのは僕を含んだ四人。
僕もここにいる意味がないので、声をかけることなく出入り口に近づいて行くと、不破が「待って!」と珍しく強い声で僕を引きとめた。
その声が嫌いだ。まるで僕が僕を止めてるみたいで気持ち悪い…!
不快そうな顔で不破を見ていたのか、不破はオロオロした態度で「えっと…。あの…」と言葉を濁している。


「お前のそういった態度が腹立つんだよ」
「ご、ごめん…」
「僕の顔で謝るな!」


普段は声を荒げることなんてない。怒ることだってないんだ。
引き止めるために袖を掴んでいた腕を振り払って、ドアノブに手をかける。
ここにいたくない。不破と関わりたくない!
不破に何を言われても耳を貸さないつもりだったが、久々知の言葉に身体がピクリと反応して、止まった。


「昔はこんなことなかったのにな…」


今さっきも言ったが、自分は沸点が低いほうだ。喧嘩も嫌いだ。僕は肉体派じゃないからな。
ドアノブにかけていた手を離し、振り返って久々知に近づく。
不破と尾浜が何か言って僕の身体を止めようとしたが、止まらなかった。


「その昔というのは前世のことか?はっ!お前もとうとう頭がイかれたんだな」


久々知の胸倉を掴み、顔を近づいて言ってやると、久々知は先ほどと変わらない表情で「ああ」とだけ頷いた。


「前世が何だ。僕には関係ないし、貴様らと関わりたくない。前世では親友だったかもしれないが、今現在僕はお前らが嫌いだ」
「その割にはまだ雷蔵に依存しているんだな」
「何だと!?」
「三郎は雷蔵のまま…、雷蔵として死んだ。その、お前の中にいる雷蔵が「思い出すな」と言って記憶に蓋をして三郎を守っている…。そしてお前はそれに甘えている」
「うるさい黙れッ。気味の悪いことを言うな!」
「雷蔵の顔で生まれ変わったお前は誰がどう見ても依存してるじゃないか。雷蔵がいないと生きていけない。雷蔵が嫌いなのは、思い出すのが怖いからだ。お前の中にいる雷蔵が本体を拒絶してるのだ」
「黙れと言ってるだろう!私が不破に依存してるだと?私が不破の顔を借りて生まれたと言うのか?はっ、不破が私の真似をして生まれたの間違いだろう?」


胸倉を掴んだまま、怒りや混乱が入り混じった表情で笑うと、久々知は僕から視線を外した。
久々知が見ているのは不破…。いつの間にか僕の隣に立っていて、泣きそうな顔で僕を見ていた…。
胸が苦しい。不破のことが大嫌いなのに、「そんな顔してほしくない」と思ってしまう。
うるさい!と頭を左右に振るが、胸の苦しみだけは消えない。


「三郎」
「…やめろ…、僕に近づくな…!」


怖い。気持ち悪い。怖い怖い怖い!思い出したくない!
僕の中にいる不破ってなんだ!僕の中には僕しかいない!


『大丈夫だよ、雷蔵。私が残って敵をやっつける』
『ダメだ三郎!ここは僕が残って君がこれを届けたほうが確実だ!』
『それはできない』
『何でだよ!忍務を優先するのが忍者だろう!?こんなときまで我儘を言わないでくれ!』
『我儘を言っているのは雷蔵だ。安心しろ。いつものように殺して、すぐに戻ってくる』
『三郎!』


嫌だ、こんな記憶思い出したくない!
―――僕は三郎に生きてて欲しかったのに…!


「三郎、よく思い出して。君は誰だい?」


僕は三郎だ。鉢屋三郎だ。雷蔵なんて……知らない…!


『僕は不破雷蔵。この巻物が欲しければ、全員でかかってこい。言っとくけど僕は強いよ。なんたって「影」がいるからね!』


―――違う、私が三郎だ。
長年、一緒にいるから自分たちでも、どっちがどっちか解らなくなってしまった。
そうだ、私は三郎だ。大事な親友を守って、雷蔵になって死んだ。
苦しい。呼吸ができない。胸が痛くて痛くてたまらない…。
私は…親友に向かってなんて失礼なことを言ってしまったんだろうか…!


「三郎」


昔と変わらない、ほんわかとした雰囲気を持つ雷蔵。
涙を流しながら私の名前を呼んで、両腕を広げる。
視界が涙で歪んでしまったが、構わず雷蔵に抱きついて力を込めた。


「すまないっ…!すまない、雷蔵!私はなんて酷いことを…。私が雷蔵の顔を借りているのに、…っ…すまない!」
「ううん、思い出してくれてありがとう。それだけで十分嬉しいよ!」


今まで私の中にいた雷蔵が、私にこんな苦しい思いをさせたくないから、記憶に蓋をしていたんだろう…。
雷蔵はいつだって私のことを考えてる。
だけど、いいんだ…。思い出さないより、思い出したほうがいい。だって、また全員で思い出を作ることができるだろう?
私を守ってくれた雷蔵に心の中でお礼を言うと、心の中から雷蔵が消えた。今までありがとう。そして、


「雷蔵、また宜しく」
「うんっ。こちらこそ宜しく!」


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