後輩の記憶の段 「おいーす、竹谷。今日も元気そうだな」 馴れ馴れしく話しかけてくるのは、二年生の国泰寺先輩。初対面で意味の解らないことを言ってきた、あの先輩だ。 あの日からできるだけ関わりたくないと思ってるのに、先輩は俺の気持ちに関係なく声をかけ続けてくる…。 しかも短い間で他愛もないことを話すだけ。先輩の行動はよく解らない…。 「じゃあ俺帰るな」 「はぁ。では失礼します、国泰寺先輩」 「だから虎徹でいいって!早く思い出せよなー」 俺が国泰寺先輩と呼ぶと、必ずそう言う。 そうは言われても、部活も違うし仲良くしたいわけじゃないから無理だ。 あと、「思い出せ」と言われるのも聞き飽きた。つーか、それも通り越してちょっとウザい。 「ほんと、意味わかんね…」 国泰寺先輩はこの学園で有名な人だ。 国泰寺先輩だけじゃなく、国泰寺先輩と一緒にいる先輩たち全員が有名。 立花先輩は生徒会長だし、潮江先輩と食満先輩、七松先輩はそれぞれに属している部活のエース。 中在家先輩はあの傷だらけの顔のせいで有名だし、善法寺先輩は不運で有名。 それとは別に、「変わり者」としても有名だ。 噂しか聞いたことねぇが、どうやら「転生」をしたらしい。 そう、俺に思い出せと言ってくるあのネタ。 誰もそんな話信じてない。寧ろバカにして笑っている。 それを見ていると、国泰寺先輩と関わっている俺まで笑われているような気がして、むちゃくちゃ恥ずかしくなる。 だから、俺は国泰寺先輩が嫌いだ。関わってほしくない。 「あ、あの八左ヱ門…」 「おう、不破じゃん。どうした?」 国泰寺先輩と別れ、移動教室から帰ってくると、不破に話しかけられた。 不破はいい奴だ。時々おかしいけど。 「あのね、今日のお昼、一緒に食べない?」 「飯?ああ、勿論いいぜ!」 「隣のクラスの兵助と勘右衛門もいるんだけど、いいかな?」 「おー!たくさんいるほうが楽しいしな!」 「よかった…!じゃあ、お昼に屋上ね!」 「りょうかーい!」 あからさまに安堵の息をもらす不破を不思議に思いつつ、目で追っていると、今度は双子の鉢屋にも声をかけていた。 いや、双子じゃねぇんだけど、顔が全く一緒だからついつい…。 不破は別に嫌がってねぇけど、鉢屋はすっげぇ嫌がってる。 今だって不破に話しかけられただけで不機嫌な顔になるし。 ……あれ?鉢屋に話しかけたっつーことは、鉢屋も誘うってことか?んー…あいつ苦手なんだよなぁ…。ま、いっか。 深く考えることなく、次の授業の準備をしていると、丁度チャイムが鳴り響いた。 「―――不破……」 「ご、ごめんね!」 「来た来た!おーい竹谷ー、遠慮せずこっち来いよ!」 午前授業も終わり、購買で大量のパンを買い込んだあと屋上へ向かうと、隣のクラスの久々知と尾浜がいた。 二人から少し離れた場所で鉢屋が一人でパンを黙々と食べている。 それともう一人…。俺の苦手で嫌いな先輩もいた……。 不破に「聞いてない!」と文句を言おうとするも、「ごめんね」と謝り続けてくるので言葉を呑みこみ、代わりに溜息を吐いた。 「今度はちゃんと言えよな!」 「う、うん…。本当にごめんね、八左ヱ門…」 「もういいって。ほら、飯食おうぜ」 不破みたいに素直に謝られると、いくら腹が立っていても許してしまう…。 「それがお前のいいとこだ」ってよく笑われていたけど、怒りを昇華できない俺にとったらちょっときつい。 諦めて輪に入り、一緒にご飯を食べる。 不破も久々知も尾浜も、国泰寺先輩も凄く嬉しそうで、楽しそうだった。 つーか不破のやつ、いつの間に隣のクラスと仲良くなったんだ? 「うわー、はっちゃんよく食べるねぇ!」 「え?あ、…俺のこと?」 「え?あ、そっか、そうだったね。ごめんね、八左ヱ門」 「いや…」 「それよりそれ美味しそーだね。俺にもちょっとだけ頂戴?」 「いやいや!俺の大事な食糧だからダメだ!」 「えー…」 「止めなよ勘右衛門。八左ヱ門は食べ物のことに関しては厳しいだろ」 「勘ちゃん、まだダメなのだ」 「ぶーっ」 「あははっ、お前らほんと仲いいよなー!」 八左ヱ門八左ヱ門と…。友達になったつもりねぇのに、気安く人の名前を呼ぶ二人に、少しだけ戸惑っていた。 いや、別にいいんだけどさ…。なんか自然に呼ぶから、昔どっかで知り合ったんじゃねぇの?と勘違いしてしまう。 食べ物を尾浜に取られないよう警戒し、急いでパンを詰め込む。 その間にも先輩を含んだ四人は笑っている。聞きたくなくても、自然と四人の会話が耳に入りこんできた。 そこで気づいた。国泰寺先輩だけじゃなく、不破も尾浜も久々知も…。四人が過去の話をしていることに。 思わず身体が固まり、四人を凝視していしまう。 ここにいたくねぇ…。俺まで変な奴らだと勘違いされちまう…! 「―――悪いっ、俺帰るわ!」 「あ、待ってよ八左ヱ門!」 パンが入っていたビニール袋を乱暴に掴み、さっさとその場から立ち去ろうとしたが、不破が俺の腕を掴んで引き止めてきた。 恐る恐る振り返ると、不破が悲しそうな顔で俺を見ている。罪悪感に襲われそうだ…。 「ふ、不破…」 「僕たち…。その、大事な話があるんだ…」 「俺はない!聞きたくねぇ!」 「八左ヱ門、そこに座れ」 「っ!」 まただ…。また国泰寺先輩に睨まれ、身体がすくんだ。 思わずその場に座りそうになる身体。 「(嫌だ…。ここにいたくないっ…!もう俺に関わるな!)」 動かない足を叩き、不破の手を払って出入り口へと走って向かう。 「八左ヱ門!」 「もうっ…!もう俺に関わらないで下さい!俺は平和に、普通に暮らしたいんです!だけど国泰寺先輩たちと関わると変な目で見られてしまうッ!そんなの嫌です!」 「……それが本音か?」 「本音です!俺、国泰寺先輩のこと大嫌いなんですッ!」 『虎徹先輩なんて大嫌いだッ!』 とにかくそこにいるのが怖かった。 国泰寺先輩に殴られるとか、そういったことじゃない。 本能が国泰寺先輩を拒絶してるんだ。 ドアノブに手をかけ、ハッキリ言ってやると、国泰寺先輩は俺の目を真っ直ぐ見つめ、静かに目を閉じた。 「そうか、ごめんな。もう関わらねぇよ」 「っ…!あ……くそっ…!」 自分から拒絶したのに、国泰寺先輩に拒絶されると心が酷く痛んだ。 泣きそうになったのをなんとか堪え、屋上から逃げるように走り去る。 走って走って走りまくって、人気のない校舎裏へと姿を隠した。 「意味わかんねぇんだよ…!」 最初見たときから国泰寺先輩は苦手だった。 話していくうちに嫌いになり、今では声も聞きたくないと思う。 何でか解らない。人間を嫌いになったことなんて今まで一度もなかったのに、国泰寺先輩だけはダメだ。嫌いだッ! 『嘘つきな虎徹先輩なんて嫌いだッ!何で…何で俺らを残して逝かれてしまったんですかっ…!』 「嘘ばっか喋る国泰寺先輩なんて嫌いだ…!何で俺にあんなこと言うんだ…」 『こんな想いなんてしたくねぇ!もう会いたくもねぇ!大嫌いだッ!」 「―――虎徹先輩を殺した奴らはもっと嫌いだ……」 その場にしゃがみこみ、膝を抱えながら顔を埋めると、ふと、そんな言葉がもれた。 意味の解らない言葉だったが、目を瞑っているうちに次第に眠くなり、その日の午後は一度も授業に出ることなく一日を過ごした。 ( TOPへ △ | ▽ ) |