後輩に挨拶の段 「おい七松、部活始まるぞ。どこ行くんだ?」 「―――そうだったぁ!」 後輩の雷蔵が「皆の記憶を取り戻したい」と言って、俺たちを頼ってきた。 勿論、可愛い後輩の頼みだから叶えてやりたい。俺たちだってお前たちとまた遊びたいしな! でも、それだけじゃない。俺は記憶を取り戻してから竹谷にずっと謝りたかった。 俺が死んだあと、ハルとナツがどうなったかはこの間山へ行ったときに解った。だけど、そいつらと同じぐらい可愛い後輩、竹谷の最期が気になっていた。 きっと俺のために泣いてくれたと思う。いや、もしかしたら恨んでいるかもしれねぇ…。「死なない」と毎日のように言っていたのに死んじまったからな…。 小平太と一緒に生徒会室を出て、学校内を走り回って竹谷を探していると、小平太が所属しているバレー部の先輩が声をかけてきた。 新入生は挨拶で終わりなため早々に帰るが、部活に力を入れているこの学園は、入学式だろうと昼から練習があるらしい。 しかも小平太はスポーツ推薦で入学したバレー部のエースだ。まあ、あの人並み外れた体力と筋力だもんな…、頷ける話だ。 「悪い虎徹!また今度手伝う!」 「おーう、竹谷は俺に任せとけ!」 「それと、部活入ってなかったらバレー部に誘っといてくれ!」 「それは知らん!」 ニヒッ!と笑って、小平太は先輩の後ろをついて行った。 二人の背中を見送って、適当に歩こうとしたら、後ろから大声で「虎徹もちゃんと部活行けよーっ」と注意されてしまった。 部活ねぇ……。 仙蔵に言われ、ほぼ強制的に入部させられたのは弓道部。 視力もいいし、短期集中型だし、何より己との戦いだし、弓は嫌いじゃなかった。室町のときも成績よかったしな。 だけど先輩が好かん!どうして俺はこう先輩から嫌われるんだろうか…。 入部してから何度か足を運んだが、先輩らからかなり疎まれているので試合が近いときにしか顔を出さないようにしている。それで優勝なんかするから気に食わないんだろうな…。 理由は解ってるけど、近づきたくない。 「―――…竹谷…?」 部活のことを考えていると鬱々とした気分になってきたので、外へと出た。 そこは体育館とグラウンドの間にある場所。部活に来ていた生徒たちが適当にたむろっていた。 その中に、新しい制服に身を包んだ新入生が混じって部活動の見学をしている。 もしかしたら竹谷がいるかも。そう思って観察していると、頭一つ飛び抜けている生徒がいて、それがすぐに竹谷だと解った。 髪の毛は相変わらずボサボサ。笑う顔も昔と変わらない。 懐かしい気分になって、思わず笑みがこぼれて近づく。 「竹谷っ!」 「……お、俺ですか?」 「自分の名前もわかんねぇの?」 「い、いえっ。…あの、俺に何か用でしょうか?」 仙蔵から聞いていたが、やっぱり記憶がないらしい。 解っていたし、覚悟はしていた。だけど胸がどうしようもねぇぐらい苦しくなって、思わず拳を作って握り締める。 竹谷は初めて見る先輩の顔に戸惑いの色を隠せず、隣にいた友達に「知ってるか?」などと話しだす。 「ちょっと時間ある?」 「あ……俺、部活に…」 「大丈夫、すぐ終わるから!じゃ、借りて行くよー」 友達に寄り添っていた竹谷の腕を掴んで、その場から退散。 体育館裏の人気のない場所に移動して手を離すと、警戒心を剥きだしにして俺から距離をとった。おー、犬っぽいのも変わんねぇなぁ…。 見ず知らずの他人、しかも先輩に呼び出されたらそりゃあ警戒もしますよね。もしかしたら殴られるんじゃないかって。しかも俺、戻ってきているとは言え金髪だし? ……さて、ここからどうしようか。俺に遠まわしに言えるだけの口も頭もねぇ。 「暴走するな」って言われたけど、これは暴走じゃない。俺なりの方法だ。というか、俺にはこれしかできねぇ! 「お、俺…あなたのこと…」 「大丈夫大丈夫。そんなに怯えんなよ。な?」 両掌を見せて、ニッと笑う目の前の人は、多分この学園の先輩だと思う…。 笑う口からは犬歯が見えて、いかにも不良って感じがした。金髪だし。 だけど、不思議と先輩の笑顔を見ると強張っていた身体から力が抜け、「はぁ…」と間抜けな言葉がもれる。 「とりあえず自己紹介な。俺の名前は国泰寺虎徹。二年C組で弓道部に所属してまーす」 「……俺は一年B組「あー、知ってるからいいよ。竹谷八左ヱ門だろ?動物好きで、動くの大好き。だけど勉強は苦手で、エロ本は布団の下に隠すタイプ」 「えッ!?な、何でそこまで…!」 「アッハハハハ!それも変わんねぇのかよ!ちょっとは変われよなーっ」 お腹を抱えて笑う先輩はとても楽しそうだった。 俺は驚きと恥ずかしさで顔が真っ赤になり、その場から逃げ出そうと一歩下がると、先輩は笑うのを止めて俺を睨んできた。 ―――いや、睨んでるんじゃない。「動くな」と命令してるんだ…。 絶対的な命令を俺の本能が感じ取り、身体が石のように固まった。 一瞬にして冷たい空気が流れ、生唾を飲み込むと一歩ずつ近づいて来た。 「おかしな先輩だと思われていい。まだ意味が解らないだろうが、俺がこれから言うことは真実だ。でも信じてくれとは言わない」 「……ん…でしょうか…」 「お前、今まで懐かしいって感じたことないか?」 「え?」 「例えば、動物と戯れているとき。森に入ったとき。…雷蔵や三郎と出会ったときなどなど」 「…べ、別に」 何を言っているのか全く解らなかった。 だけど、動物と戯れているとき、何だか無性に愛しくなったり、寂しくなったり、……懐かしくなったりすることはあった。 なのに口は否定する。すると先輩は眉根をひそめ、悲しそうに「そっか」と俺に笑いかける。 「俺な、お前のこと知ってんだ」 「どこかでお会いしましたか…?」 「いや。遠い昔にずっと一緒に過ごしてた。先輩先輩って慕ってくれるお前を可愛がってたよ…」 「…は?」 「動物の扱いも、虫の扱いも俺よりどんどんうまくなっていくのを見るのが楽しかった」 「あの…」 「もっといいとこに就職できたのに、俺のとこに来るのを「バカだな」って口にしつつ、内心すっげぇ嬉しかったんだぜ」 「な、何を言ってるのか……」 「―――お前は、室町で忍者をしてたこと、どうやったら思い出す?どこで死んだ?それさえ解ればきっとどうにかなる」 「……」 「だから思い出してくれ。…竹谷…っ、俺…お前に謝りてぇんだ…!」 最初は照れ臭そうに笑って、それから嬉しそうに笑う。 近づいてくる先輩から逃げようとしたけど、一睨みのせいで足が動かず、両腕を掴まれてしまった。 先輩は俯いて、申し訳ないように俺に謝罪をしようとするが、それが何だか怖くなって先輩の手を振り解いて離れた。 「お、お、…俺は先輩のことなんて知りません!い、意味も…」 「……ああ、ごめんな。ほんと悪い…」 「室町とか忍者とか…そんな意味の解らない話しないで下さい!」 「だろうな…。それが正しい反応だ」 俺の言葉一つ一つに先輩は胸を掴んで、ギュッと握りしめる。 きっと傷ついてる。悲しんでる。今にも涙をこぼしそうだった。 だけど俺は知らない。意味も解らない! 「失礼しますッ!」 そこにいるのが怖くなって…。早く先輩から離れたくて俺は頭を下げてその場から立ち去った。 追いかけてくるかも。って思って少しだけ振り返ると、先輩は俯いて手首で目を擦っていた。 『先輩…』 泣いている先輩の光景が、何かと重なった。 長いボサボサ髪で俺と同じぐらいの子供が俯いて涙を地面に落とし、隣に寄り添う犬の頭を撫でる。 もう片方の手には苦無? 「―――いっ……てぇ…!」 こめかみがツキンと痛んで、先輩から目を離すと、その光景は消える。 あれが何だったのかは解らない。それより今は少しでも早くあの先輩から離れたかった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |