夢/とある獣の生活 | ナノ

後輩のお手伝いの段


「皆の記憶を取り戻したいです」


泣き腫らした目で、不破は僕たちの顔を真っ直ぐ見て言った。
「記憶がなくても、また皆と一緒にいられればいい」
きっと不破も最初はそう思ったんだと思う。
でも現実は厳しく、不破以外の五年生は誰一人として記憶を持っていなかった。
「自分勝手な思いではあるけど…」と付け足す不破に、長次が優しく肩を叩いてあげる。
僕も一人だったから不破の気持ちは凄く解る。
でも君はまだ幸運なほうだよ。僕たちがいるからね。
そう声をかけて励ましてあげると、不破は苦笑いを浮かべ、代わりに留三郎たちが爆笑する…。君たちを笑わせたいわけじゃなかったんだけどな…。


「先輩方はどのようにして?」
「俺は自分の墓で、長次と仙蔵は長らく住んでた場所で記憶を戻したぜ」
「私と文次郎と留三郎は死に場所だったな。お前たちも行ったらどうだ?」


小平太の言葉に不破は暗い表情のまま俯いた。
そうだよね、嫌悪を抱かれてるから近づけもしないんだよね…。
竹谷や久々知、尾浜にもなんて説明すればいいか解らない。それで鉢屋みたいに嫌われてしまったら…って考えるんだろう。


「しょうがない。ここは僕たちの出番だね」


不破が嫌われるのと、僕たちが嫌われるのとではこれから先違ってくると思う。
だから僕たちが彼らと接触してみようよ!
僕の言葉に虎徹と小平太はすぐに立ち上がって賛同してくれた。
留三郎と長次も頷いてくれたけど、文次郎と仙蔵は渋い顔をしていた。


「だ、ダメかな…」
「いや、ダメではない。しかし、どうやってだ?」
「えっと…、ちょっとずつ仲良くなって、なんとなーく記憶に触れるような会話をして…えっと、それから交流会ってことで山に行って…」
「伊作…。前々から思っていたが、お前も大雑把だな…」
「え、そう?」


確かに部屋は汚いけど…。小平太みたいじゃないよ?


「とにかく仲良くなればいいんだよ!竹谷は俺に任せときな!」
「虎徹、私も協力するぞ!あいつは絶対バレー部に入部させる!」
「じゃあ俺は尾浜に話しかけるか。長次は久々知でいいよな?」
「ああ…、任せろ」
「俺は…鉢屋か…。あいつは少し苦手なんだよな…」
「僕も手伝うよ、文次郎」
「私は極力関わるまい。何かあったときのためにな」
「先輩方…。すみません私のために…。ありがとうございますッ!」


ふと、引っかかった。
不破の一人称は「僕」じゃなかったっけ?
小平太と虎徹、留三郎と長次がその場をあとにして、残った文次郎と僕、仙蔵は顔を見合わせた。
どうやら二人も不破の一人称が気になっていたらしい。
きっと長次も気になっているんだろうけど、あとの三人は気づいてないんだろうね。三人らしいなぁ…。


「不破、くだらんことを聞いていいか?」
「は、はい。私に答えれることがあれば何でも」
「お前、鉢屋ではないよな?」


うん、僕もまずそれを疑った。

鉢屋と不破は忍術学園でも有名な二人だった。
いや、最初は「変装名人」の異名を持つ、鉢屋だけが有名だった。
でもいつしか不破も鉢屋になりきるようになって、六年のころには誰にも見抜けないぐらいそっくりになった。
それを利用して、二人は同じお城へと就職した。…んだよね、確か。
二人で一人の人間を演じる。簡単のようだけど難しいことだ。

だから、今いる不破は、もしかしたら鉢屋なのかもしれない。
そんなことをしても得なんてない。だけど、聞かずにいられなかった。


「わ、私は不破です。不破雷蔵です」
「じゃあなんで「私」なんだ?お前は自分のこと「僕」って言ってただろうが」
「え?…そう、でしたっけ?すみません、まだ記憶が全部戻ってないんです…」
「戻ってないの?」
「はい。えーっと…どこから話そうか…。中学のころ?でも関係ないし…。いやいや、話したところで意味があるのか?あああ…」


どうやら不破みたいだ。
頭を抱えて、一人でブツブツ言っている不破を見て、仙蔵も文次郎も目の前にいる人間が不破だと確信した。
ま、どっちだろうと構わなかったんだけどね。ただ気になっただけだし。


「ねえ不破。どこまでの記憶があるの?」
「はい、えっと…。五年生のときの記憶が主に残ってます。それから断片的に六年生のときの記憶…。就職してから三郎と一緒にいた記憶はほんのりと……」
「じゃあ、君の記憶も思い出さないとね」
「あ……そうですね、そうでした。すみません、善法寺先輩」
「で、お前は自分の最期を覚えているか?」


仙蔵はいつだって直球だ。小平太とは違う直球。(彼は直球だけど暴投なんだよねー)
仙蔵の質問に、三郎はこめかみに手を添えて思い出そうとある一点をジッと見つめる。
時々痛みで顔が歪んだけど、思い出すのを止めない。


「大丈夫?無理はしなくていいよ?」
「………私……え?僕…?僕と三郎はいつも一緒で……その時も…。帰ってきて、…そうだ、兵助のとこに行かないと…。僕、僕がっ…―――違うッ、私は三郎だ!」
「おい、仙蔵」
「ああ。伊作、不破をこっちに帰せ」


パニックを起こす前に不破の肩を揺さぶって、強く名前を呼んだ。
幸い、そこまで深く記憶に潜っていなかったので、すぐにこっちに帰すことができた。
前世を思い出すのに精神的に疲れたのか、息を乱して「すみません」と謝る不破の背中を擦ってあげる。
何度も「大丈夫」と声をかけると、肩を震わせ泣き始めた。


「私…いつもなんです…っ」
「いつもとは?」
「もっと記憶を思い出そうとすると、無性に怖くなるんです…。思い出したくないって……!」


これは僕の予想だけど、きっと彼は心残りがあったんだと思う。それも鉢屋繋がりで。
だから過去の自分が思い出すまいと記憶の蓋を閉じている。


「―――でも…まずは私が記憶を戻さないとダメですよね」


涙を拭いながら昔みたいに優しく笑う不破。
まだ手が震えていたけど、彼の覚悟は決まっていた。


「そうだな。が、今日はもう帰れ。明日は午前までだから、それからにしよう」
「だな…。小平太たちの動きも気になる」


あー…留三郎や長次はいいとして、小平太と虎徹は絶対に暴走してるんだろうな…。
そう思うとちょっとだけ不破に申し訳ないと思ってしまった。


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