夢/とある獣の生活 | ナノ

記憶の回収の段


「刀や槍を持った何十人の兵士に、お前は苦無一本で立ち向かってったんだ。そりゃあもう…あんときのお前はただの獣だったな。それと同時に、「やっぱ小平太はすっげぇな」って思ったわ!」
「そうか?」
「……そこはさ、「獣の虎徹に獣と言われたくない」って言ってくれよ」
「え?虎徹は獣なのか?普通の人間に見えるんだが」
「…うん、悪い」


留三郎と文次郎の記憶も無事に戻った。
あいつら、仲が悪いくせに死に場所と殺され方が一緒で、おかしい話だが全員で笑ってしまった。
だけど、小平太だけは笑っていない。いや、笑ってるけど、表面だけだ。その場の雰囲気に合わせて笑っていた。
小平太はバカで猪突猛進しかできねぇ奴だが、実はすっげぇ周りのことを見てる。
誰よりも感情に敏感で、「どうした?」って聞いてくる優しい奴だ。

その小平太の記憶だけが戻らない。

忍術学園があった場所じゃ笑っていたけど、それからはずっと大人しい。
小平太の死に場所に行ってねぇからだと思うけど、なんか大人しい…。
俺たちに合わせてる感じがする。よくわかんねぇけど…。
お前はもっと突っ走ってたぞ?って言うけど、小平太は少し微笑むだけ。ほんとどうしたんだ?


「戦うのに夢中になって右腕が飛んでいったのにも気づいてなくてよー…。でも気付いたら気づいたで楽しそうに笑って……。とにかくお前は戦うのが大好きな忍者だったよ」
「ほー…。忍者なのに戦うのが好きなのか!面白いな!」
「うん、お前のことなんだけどな」
「あ、そっか!うーん…、記憶がないから解んないや!」
「だろうよ」


戦場跡からさらに奥へと進み、小平太が死んだ戦場へと向かう。
もう昼を過ぎた…。早くつかないと、帰れなくなってしまう。仙蔵と伊作の体力も限界みたいだし。


「ここらへんだった気が……。あ、…多分こっちだ!」
「そっちか!」


何百年も経ってるから解るはずないのに、なんか解る。きっと俺の野生の勘だな。自慢じゃないが、この勘はかなり当たる。そのおかげでこの学校にも受かったわけだし。(マークシート万歳!)
草木をかきわけ、森を抜けると草原が広がっていた。山中にあるなんて珍しい。


「小平太、ここだ。詳しい場所は解んねぇけど、ここは確かだ」
「そうか!じゃあちょっと見てくる!」


そう言うと、嬉しそうに笑って草原へと走り出す。
そのあと、疲弊しきった伊作と仙蔵を連れた、留三郎と文次郎が現れた。最後に長次が出て来て、小平太の元へと向かう。
長次も早く親友に思い出してほしいんだろう。


「これでやっと全員の記憶が戻ったな…」


仙蔵がその場に腰をついて、ハァ…と息をもらした。すっげぇ疲れてんな…。もっと体力つけろよ。昔のお前のほうが凄かったぞ?


「よかったな、伊作。もうお前だけじゃねぇぞ」
「も、もう留さん!言わないでよ、また泣いちゃうだろ…」


これでようやく全員が揃った!伊作も目を潤ませながら喜んでる。
前までも楽しかったけど、明日からはもっと楽しくなるだろうなー…。


「……小平太が…」


そんなことを思っていると、小平太の元に行った長次が戻ってきた。
心なしか、表情が優れてねぇ…。長次は感情を滅多に顔に出さねぇから解りにくいが、今回ばかりは解った。


「戻らない…」


俺と留三郎、文次郎は自分の死に場所で記憶を取り戻した。
長次と仙蔵は自分が長く暮らしていた土地で記憶を取り戻した。
伊作は不運でずっと俺たちのことを覚えていた。
あと一人である小平太だけが戻らねぇ…。
その場の空気が凍り、草原を駆けていた小平太に目を向けると、寂しそうに背中を向けていた…。
泣いてねぇけど、心が泣いてるのが手に取るように解る。
何でお前だけ戻らねぇんだよ…!
寂しさより腹が立って小平太に近づく。肩を掴んで、無理やり振り向かせて一発殴ってやる。
油断していたので余裕で身体が吹っ飛び、大の字になって寝転ぶ小平太。


「何で戻んねぇんだよ!」
「……」
「あとはお前だけなんだぞ!お前が戻れば、全部ッ…!……だー、クソッ。このバカ!」
「…それは…、私が言いたい…ッ…!ここに来れば記憶が戻ると思っていた。それなのに何故戻らない…」


空を仰いだまま両腕で目を隠し、悔しそうに呟く小平太。
全員が近づいて来て小平太に話しかけるも、小平太は喋ろうとしない。きっと耳に届いてねぇ。
俺、またお前とくだんねぇことで笑ったり、怒ったり、泣いたりしてぇんだよ!


「早く思い出せ!」


こいつも俺同様にバカだ。バカは殴って治すしかねぇ!
寝転んでる小平太の胸倉を掴んで、上半身だけ起こしてまた殴る。
だけど今回はあまりきいてなかった。
殴られた小平太血を吐き、俺の胸倉も掴んで一発ぶん殴る。
っかー…!現世にきてもこれかよ!お前は何で常に人外並みの力持ってんだよちきしょう!


「思い出したくても思い出せんのに、国泰寺はどうしろと言うのだ!」
「知るか!お前の気合いがたんねぇからだろ!」
「違うッ!私は心の底から取り戻したいと思ってる!また皆と笑い合いたいと思ってる!だけどっ……全然思い出せんのだ!」
「んのぉ…!またお前の右腕落としてやろうか!?」


勿論、あのときの右腕は俺が斬ったわけじゃねぇ。遠くから視察していたわけだし、できるわけねぇ。
だけど俺の言葉に小平太の目の色がガラリと変わった。
身体中から溢れる殺意に心の底から震えあがり、思わず身体が引いてしまった。
喧嘩を止めようと近づいていた長次と留三郎も、怒った小平太を見て、一歩さがる。


「私の腕を斬り落としたのは虎徹だったのか?」
「おうよ!仲間とは言え、あのときのお前は敵だったからな!」


記憶を刺激すれば、きっと思い出すはず。
小平太に殺される覚悟で煽り続けていると、ゆらりと立ち上がって俺から距離をとった。
近くの木から枝を折って、枝を俺に向けて構える。……やるってか?


「いいぜ、今度も殺してやるから覚悟しろ!」
「次は勝つ」


静かに、だけど闘志をむき出しにして斬りかかってくる。

右腕を斬り落とされた小平太は、酷く楽しそうに笑っていた。
戦いで自分を楽しませてくれる敵がいることが嬉しかったんだろう。
そのせいで腹を斬られて出血しても、苦無を口にくわえて戦っているのにも気づいていなかった。
本能のままに戦っていた小平太だが、右腕を斬り落としたであろう敵を見つけた瞬間、他に目もくれずそいつに襲いかかった。
だが、あと一歩届かず、敵の目の前で倒れて死んでしまった…。
だと言うのに、顔は満足そうだった。きっと、攻撃が一発当たったと思って死んでいったんだろう。
そして、残念なことに小平太の攻撃は当たっておらず、そいつはすぐに姿を消した。
まあ、俺があとで始末したけどな。…そんなことしても小平太が生き返るわけねぇのに。思えば俺って忍びに向いてねぇ性格だよな。

その敵になりきって小平太と殴り合う。
枝なのに、苦無のようにスパスパ斬れるから困ったものだ…。
あと俺の身体が鈍ってるせいで攻撃をかわすことができねぇ!
体力を奪われ、大木に追い詰められて、枝が俺の目をめがけて襲ってきた。


「虎徹ッ!」


くらったら確実に失明する!
本能で危険を察知し、ケガを覚悟で小平太の腕を利き手で止め、折る。
しかしそれは囮で、本命は俺の鳩尾だった。
重たい衝撃が身体中に響いて、思わず息が止まる。
今度は俺が簡単に吹っ飛ばされた。起き上がる気力も体力もない…。


「今度は私が勝ったぞ!」
「ああ、やられたよ…。俺の負けだ…」
「―――あ……」
「どうした?」
「記憶が戻った」
「はッ!?」


小平太のいきなりの言葉に、俺だけじゃなく、全員がそう言った。
持っていた枝を投げ捨て、俺を無理やり立たせて伊作の元へと連れて行く小平太。
その顔はあのときのように満足そうに笑っている。マジなのか?


「伊作っくん、虎徹の手当て任せたぞ」
「う、うん…。それより小平太、記憶が戻ったって本当?」
「おう!」


……なんだこの展開!茶番すぎる!
いや、小平太らしいって言えば小平太らしいし、記憶を刺激したら戻るかもって思ってたけどよ…っ。
こう……なんか………なんか展開が早すぎる!
全員黙っていたが、仙蔵が「ぷっ」と吹き出し、続いて長次、文次郎が笑いだす。


「小平太らしいではないか」
「…だな」
「虎徹、よくやったな。これで全員戻ったぞ」
「そりゃどうも。俺はまだ納得してねぇけどな!」
「そう言うなって虎徹。悪友の記憶が戻って嬉しいんだろ?」
「口元笑ってるもんね」


きっと、あのときの勝負を完全につけたかったんだと思う。
前は一発当てて満足してたけど、本当は勝ちたかった。そのせいで、小平太は成仏できなかったんじゃないんだろうか。
だから記憶が戻らなかった。
今回俺がそいつになって小平太と勝負し、俺が負けて小平太が勝ったから室町の小平太は成仏して、記憶がちゃんと現代の小平太にうつったんだろう。
どこまでも戦い好きな男だな!


「すまんな、虎徹!だが、おかげで取り戻すことができたぞ!」
「またお前に振りまわされると思うと鬱になるわ」
「虎徹、細かいことは気にするな!」
「うっせぇ」


でも、これで全員の記憶が戻った。
嫌だと思っていた記憶が戻った。
また皆とバカなことができると思うと、自然と涙が浮かんで、笑みがこぼれた。
現世ではもっと笑って、バカやって、怒って、泣いて…。昔できなかったことをたくさんしような!


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