記憶の回収の段 夢を見た。すっごく昔の夢。 そこでは私は忍者をしていて、たくさんの敵を殺していた。 殺して殺して…。もう何人殺したか解らなくなるほど殺した。 どいつもこいつも呆気なく死んでいく。人間は思ったより呆気ないものだな。って殺すたびに思った。 『小平太が尋常じゃねぇんだよ』 そう思って口にすると、懐かしい奴らが笑う。 あいつらならこれぐらいで死んだりしない。楽しかった昔に戻りたい。 今、たくさんの敵と戦うより、長次や文次郎、虎徹と鍛錬していたほうがいくらか楽しい。だから昔に戻りたいと思ってしまう。 『七松、お前本当に大丈夫か?』 『お任せ下さい。時間稼ぎぐらいにはなります』 その日は今までにないぐらい震えていた。恐怖ではなく、高揚感で。 私が勤めているお城と、敵対しているお城の決着がそろそろつくころ、私は敵を引きつけるために前線へと出ることにした。 負けるから撤退するんじゃない。次の作戦の準備時間を稼ぐため、私が出るのだ。 先輩が私を心配そうな目で見るけど、いつものように笑ってみせると少しだけ安堵の息をもらした。 一ヶ月以上続いている戦で、兵士だけでなく、我々忍者隊も疲れが溜まっている。 そろそろ決着をつけたい。その為の作戦だ。 苦無を身体中に仕込み、口布を当ててから戦場へと向かう。 日中に黒い服は目立ち、たくさんの兵士たちが私めがけて槍や刀を向けてくる。 『(脆い。脆い脆い脆い!脆すぎる!)』 倒れる奴の結末を見ることなく、ひたすらに殺し続けた。 全く持ってどいつもこいつも楽しくない。 文次郎ならもっと先のことを考えて私に襲いかかってくるぞ。 長次ならまず、私の動きをどう止めるか考えるぞ。 虎徹なら最初っからそんな死んだような目にならないぞ。生への執着が滲みでているからな。 たくさんの兵士たちに囲まれているのに楽しくない。痛くもない。でも身体が動かない。 『(右腕が…)』 そこで初めて右腕がなくなっていることに気がついて、思わず口元が緩んでしまった。 誰だ、私の腕を持っていった奴は。強いのか?私を楽しませてくれるのか?誰だ?どこにいる? 「―――……やけにリアルな夢だな…」 暑さに自然と目が覚めると、見慣れない天井がうつった。 ここはどこだっけ…。 横に顔を向けると、頬に傷を作っている男が一人静かに寝ていた。 同じクラスの暗い奴。なかなんとか長次だ。 「そっか、今は遊びに来ていたんだっけ」 頭の近くに置いてあった携帯で時間を確認すると、いつも起きる時間帯だった。 今日は朝練がないからゆっくり寝ればいいのだが、身体はすでに起きている。 そんなに寝なくても平気だし、疲れてないし起きるか。 布団の上で身体を伸ばし、軽くストレッチをしてからトイレに向かう。 「…腕、あるよな?」 洗面台で自分の腕があることを確認し、部屋に戻ると長次が上半身を起こしていた。 私の顔を見るなり、「相変わらず早いな」と聞き取り辛い声で話しかけてきたので、「おう!」と答えると、ふっと笑う。 前まで長次のことなんて知らなかった。いや、知っていたけど、「暗い奴」って印象しかなかった。 向こうは私のこと嫌っていたみたいだし、関わりたいとも思わなかった。だって本ばっか読んでるからな。私、本嫌い。 だけど、隣のクラスの伊作っくんから面白い話を聞いて、長次のこと、記憶のことに興味を抱いた。 伊作っくんは私が考えられないことばかり話す。それが楽しくて、ただの興味本位で聞いていただけだけど、昨日山へ入ってから何かが変わった。 まず、よく喧嘩を売ってきていた虎徹が記憶が取り戻した。それから仲良くなれた。 次に長次と立花の記憶が戻った。 その晩、長次は私との思い出を夜遅くまで語ってくれた。楽しかった! この順番でいくと、今度は私か、食満(しょくまん)か、潮江だと思う。 「長次!また昨晩の話してくれ!」 「…それより小平太、手もちゃんと洗ったか?」 「洗ってない!」 「洗え」 暗い奴かと思ったら、なかなかハッキリ言う男だ。声は聞き取り辛いがな! 他の誰かにこんなこと言われても、絶対に言うこと聞かないのに、長次に言われたら身体が勝手に動いてしまい、文句を言いながら手を洗う。 洗っていると隣の部屋から、伊作っくんの悲鳴が聞こえた。何かあったんだろうか? 「……小平太、早く支度を整えろ…」 「え?もう出るのか?」 「…ああ…。きっと遠いだろうから、早めに出ると昨晩伊作と話した」 「ふーん…。でも朝飯は食べるんだろう!?私、お腹空いたぞ!」 「勿論だ」 すぐに出発できる準備を整え、朝飯の準備がされている広間へと向かうと、すでに立花と潮江がいた。 長次が立花と軽く挨拶をかわし、私も挨拶をすると二人から「朝からうるさい」と怒られてしまった。 まあ細かいことは気にするな! 文次郎の横に座って、ちゃんと手を合わせて美味しそうなご飯に手をつける。 そして最後に、虎徹、伊作っくん、食満がやって来た。 伊作っくんは腰を擦っていて、あとの二人は不機嫌そうだ。 「何で朝っぱらから伊作の不運に巻き込まれないといけねぇんだ…!」 「伊作、頼むから俺も巻き込まないでくれ。百歩譲って留三郎は許す」 「テメェ虎徹!」 「ご、ごめんよ二人ともー…。あ、ほらご飯美味しそうだよ!僕のおかず分けるからそれで許して」 「「許す!」」 「お、じゃあ私にも何かくれ」 「…小平太、言いながら取るんじゃない…」 「小平太ぁあああ!それ俺が貰うつもりだったもんだぞ!返せ!」 「つーか七松には関係ねぇだろ!」 「朝っぱらからやかましい連中だ…」 「うっせぇ潮江!テメェは朝っぱらから腹立つ顔だな!」 「んだとコラァ!」 「止めんかバカども。朝ご飯ぐらいゆっくり食わせろ」 こんなに騒がしい朝食は初めてなのに、どこか懐かしい感じがした。 早く記憶が戻ってほしいな!きっと、もっと楽しいに違いない! そう思ってたくさん盛ったご飯を口にかきこむと、虎徹と長次に「食いすぎだ」と頭を殴られ怒られてしまった。 「俺らの分もうねぇじゃん!」 「食べすぎだ、小平太…。皆のことも考えろ」 「細かいことは気にするな!」 「やっとついたぁ…」 「もう山は歩かん…!」 「そう言うなよ仙蔵。楽しかっただろ?」 「いい運動になるぞ…」 朝食を食べたあと、すぐに宿をあとにした。 どこに向かうか、伊作っくん、立花、長次の三人で話し合い、電車に乗ったり山を登ったりしてとある場所に辿り着いた。 ついた場所は山の奥の開けた場所。木や草しか生えておらず、少し肌寒かった。 「うん、戦場跡って書いてあるし間違いないと思う」 どうやらここは戦場跡らしい。確かに看板が立ってる…。古びているが。 何の戦場跡かは解らないが、昔からよく戦場として使われていた場所で、跡が残っていたり、昔の武器がよく発掘されるんだと。 私には難しいことは解らないが、そこへついてから食満と潮江の雰囲気が変わった。 先ほどまで口喧嘩をしていたのに、途端に喋るのを止め、空を仰いで何かブツブツと喋っている。 虎徹も伊作っくんも、立花と長次も喋ることなく二人の様子を見ていたので、私も黙って二人を見ている。 二人は頭を抱えながらバラバラに歩いたと思ったら、今度はお互い引きあうように近づき、トン…と背中を合わせた。 勢いよく二人が振り返るも、そのまま後ろへと倒れた。 すぐに四人が駆け寄ると、二人は苦しそうに唸って叫んだ。 叫び声は森中に響き渡り、何匹かの鳥が空へと飛び立ってしまった。 そうか…、二人も記憶を取り戻したんだな…。 「よりによってこいつと同じ戦場、同じ場所で死んだのか俺は…ッ!」 「何で俺の死んだ場所でお前が死ぬんだ!気持ち悪い奴だなテメェは!」 「先に死んだくせに偉そうなこと言うな!しかも殺され方も心臓一突きで一緒とか…ッ!留三郎、俺がもう一度殺してやる!」 「それはこっちの台詞だ!もっとバラバラにしてやるから覚悟しやがれッ!」 何だ、二人は記憶を取り戻しても仲が悪いのだな。 座ったまま口喧嘩をする二人を、四人が楽しそうに見ていた。 私は後ろからその光景を見ていてが、何だか無性に胸が苦しくなって、ギュッと服を掴む…。 もう私は信じてるぞ。伊作っくんが言ったこと、長次が教えてくれたこと、全部信じてる。記憶を取り戻したいって強く思う。 そう願っても私には頭痛が襲ってこない。記憶を取り戻すような感じもしない。懐かしいと感じる場所も、あの竹藪しかなかった。 「私も早く…」 今の私では、あいつらの隣に立てない。 …昔はそんなことなかった。 皆(みな)が私を追っかけてきてくれた。隣に並んでくれた。合わせてくれた。だからこそ自分勝手に動けた…。 ………。もしかして……。今度は私が皆に合わせるのか? 「っしゃあ、あとは小平太だけだな!」 「……頼んだ」 それなら、少し足を止めて振り返ってみようか。 きっと、私が最初に死んで、皆を悲しませてしまった罰だ。 足を止め、苦手だがゆっくり進んで行こう。慌てるのは禁止だ! 「お前が死んだ戦場はなんとなく覚えてるから任せろ!」 「虎徹」 「おう、どうした?」 楽しそうに笑っている虎徹に近づくと、虎徹は小首を傾げた。 ははっ、忍び装束を着た虎徹が見えたぞっ。 「ゆっくりでいいから、私が死んだ場所を教えてくれ。そして死に様も」 「……いけどんしねぇ小平太とか気持ち悪ぃな…。ちょ、長次…小平太がおかしくなっちまったぞ…!」 「…きっと何か食べたのだろう。小平太、そこらへんにあるものを食べてはいけないと何度も言っただろう…?」 「小平太、毒キノコだったらどうするの?あ、でも薬はあるから安心してね」 「伊作…、こんなとこにまで持ってくんなよ…」 「薬の作り方も覚えてるのか…。さすがだな。文次郎にはできんぞ」 「いちいち俺と比較するなよ…」 「うん、昨日のことのように覚えてるからね!」 「ま、いけどんしねぇのも今だけだろ。記憶が戻ったら大暴れしようぜ!」 「ああ!」 虎徹が拳を作って肩を軽く叩いたので、笑ってお返しすると「痛ぇ!」と怒られてしまった。 早く、記憶が戻るといいな! ( TOPへ △ | ▽ ) |