夢/とある獣の生活 | ナノ

記憶の回収の段


「そうねぇ…。ずっと昔からあるみたいよ。何度か潰れたことがあるらしいんだけど、やっぱり再開しちゃうんだって」


旅館についた俺たちは立花の奢り(いや、あとで返すが)で一泊することにした。
旅館の女将さんに案内されながら、山の麓にあった「立花花火屋」について伊作が聞いてみた。
女将さんも詳しくは知らないが、昔からあるらしい。何度か店を閉じたらしいが、その家系が再び再開するんだと。「中在家塾」も同じだそうだ。
だからいつからあるかは解らない。と、女将さんは笑って、俺と伊作、そして国泰寺が寝る部屋の戸を引いてくれた。


「うっはー!すっげぇ広ぇ!」
「すみません、予約もなしにやって来たのにこんないい部屋を…」
「いいのよぉ。どうせお客なんてあなたたち以外にいないんだから。ゆっくりしていってちょうだい」


嬉しそうに微笑んだあと、丁寧に頭を下げて元来た廊下を戻って行く。
部屋は四人部屋なので広く、俺たち三人が今晩寝ても狭くない……のだが…。
どうも調子が狂う。伊作と同じ部屋なのは別にいいが、国泰寺もってのが引っかかる。
記憶が戻る前までよく喧嘩をしていた。つーか、あれはあっちが勝手につっかかってくるからだ!俺は悪くねぇ。
それなのに記憶が戻った途端、やけに馴れ馴れしい…。気持ち悪いし、変な気分だ。


「風呂入ろうぜ!久しぶりに俺のビックマグナムを見せてやるぜ!」
「アハハ、そういう下ネタを言うのも変わらないねー」


荷物を適当に投げ捨て、畳みの上をゴロゴロしていた国泰寺が突然起き上がり、そんなことを言うもんだから肩の力が抜けちまった…。
荷物を投げ捨てるな。汚れた服でゴロゴロするな。あと声でけぇ…。
色々言いたいことがあったが、疲れてるのでそんなこと言う元気もなく、部屋に置いてあったポットに水を入れて沸かす。


「あ、留さん。僕もお茶頂戴」
「俺も俺も!」
「解ったから静かに大人しく待ってろ」
「「はーい」」


お湯が湧く前に荷物を一ヶ所にまとめ、備え付けられていた着物に着替える。
……そう言えば昔から着物を着るのに抵抗がなかったな。浴衣とか甚平とかのほうが動きやすいって思ってた。
国泰寺を見ると、あいつも慣れた様子でパッパと着替え、伊作と楽しそうに色々なことを話している。大雑把なイメージしかなかったから意外だ…。
テーブルに肘をついて、二人の様子を見ていると、二人は本当に嬉しそうに、楽しそうに笑う。
そんな二人を見て、「伊作を国泰寺に取られた」って思うことはなかった。ただ、……うーん、「日常」って思っちまうんだよなー…。


「ところで留三郎。何であのとき泣いてたんだ?」
「え?」
「ほら、虎徹が記憶取り戻そうとしたとき、お墓見て泣いてたじゃん」
「……ああ」


国泰寺が勝手に走り出し、とある場所へと辿り着いた。
そこでジッと佇んで見下ろしていたのは、虎徹の墓だと言う。
墓なんてそこにはなかった。あるのは意図的に積まれていた石の山。その横には狼の足跡。(そう言えばいつの間にかいなくなってたな…)
「何だこりゃ」って思っていたら頭痛に襲われ、そして涙が流れた。中在家に言われるまで全く気がつかなかったのにびっくりだ。
あれから考えてみたが、理由が全く思い浮かばなかった。


「わかんね」
「んなの決まってんだろ、バカ伊作。俺が死んだのが悲しかったんだよ!留三郎も俺のこと大好きだからな」
「ああ、そっか。留さんがお墓作ってくれたんだもんね」
「あれ?ツッコミなし?」
「キリないもん」


その瞬間。後頭部を棒か何かで殴られたような鈍い痛みが走った。
痛みに思わず俯くと、二人が俺の名前を呼んで「大丈夫か」と声をかけてくれる。
な、んで急に…?俺が国泰寺の墓を作ったって聞いた途端……。


『バカだよテメェは!何で呆気なく死んでんだよクソッ…』


虎徹が死んだ。死なないと思っていた奴が一番最初に死んで、次に死なないと思っていた奴が二番目に死んだ。
虎徹の横には見慣れた狼が二匹寄り添っていて、甘えるように何度か鳴いていた。
そいつらの仕草がまた涙を誘って、何度も何度も「バカ」「アホ」と罵ってやる。
同じバカにそんなこと言われたらムカつくだろ?だから早く「うっせぇよ!」って言い返せよ。言い返してから死ね!


『ハル、ナツ…。こいつ……もう………ッ、しん、だ…』


冷たくなった手や顔を舐める二匹に消えそうな声で言ってやると、二匹はすぐに立ち上がって暗い森へと消えて行った。
賢い山犬だとは思っていたが、本当に賢いんだな。それに比べてお前はどうだ。
震える手で虎徹の目を閉じ、握っていた苦無を無理やり取って俺の懐にしまう。どうせ未練がましい男だよ。


『……伊作になんて言うか…』


ああ、竹谷にも言わないといけない。あいつは虎徹のことを慕っていたからな。…確か同じところに就職してたっけ。
きっと二人とも信じねぇだろうから、こいつの遺髪を持って行こう…。
伊作の泣く顔が想像できる。竹谷の驚いた顔が想像できる。


『身体は山に還せばいいんだろ…?』


こいつは獣だ。獣は山に還らないといけない。きっとこいつもそう願ってるはず。
当分の間虎徹の死体を見ながら涙を流し続けていたが、このままだと可哀想なので苦無で近くに穴を掘る。
掘ってる途中で起きるんじゃないかと虎徹の様子を見るが、少しも動いていない。
また泣いて、掘って…。それの繰り返し。
無心で掘っていたからかなり深い穴になってしまった。だけどこれでいい。簡単に掘り返せないだろう。


『じゃあな』


自分の手で友をおくるなんてこと、したくなかったのにこいつはやらせやがった。
お前なんて嫌いだ。次会ったらお前だけ無視してやるからな!俺の悲しみを少しは思い知れ!


「―――留三郎!」
「―――留さん!」
「……あ?」


二人の大声に、現実に戻ってこれた。
今のなんだ?やけに鮮明な思い出だったな…。……そうか、今のが前世の記憶、だな?やっぱ伊作の言う通り、俺は忍者だったのか。んで、国泰寺とも友達だったのか。


「お前……最低だな…」
「いきなり!?え、俺そういう趣味の人じゃないわよ?」
「友達に墓なんて作らせるなよ」
「…もしかして留さんも記憶戻ったの?」
「…いや、断片的にしか…」


思い出したのはそこの場面だけ。あとは全く覚えてねぇ。
そう言うと二人は残念そうな顔で溜息をはいて、俺から離れた。何だその態度、ちょっとムカつくな。
虎徹が湧いたお湯でお茶を作り、勝手に飲み始めるので「俺が水いれたんだぞ!」って言うと、面倒臭そうな顔に変わって俺と伊作の分もお茶を作り出す。雑だなおい!


「戻ったのかと思った…」
「留三郎もアホだからな。きっと小平太と文次郎より遅いぜ、きっと」
「何だと!?潮江より遅くてたまるか!」
「やっぱり文次郎とは犬猿なんだ。きっと今頃、仙蔵と長次も二人の記憶を戻そうとしてるんだろうねー」
「だろうよ。俺たちに留三郎は無理だったけどな」
「うーん、やっぱりお墓とか行ったほうがいいのかな?でも留さんにはお墓なんてないし…」
「は?お、俺の墓ねぇの?」
「うん。だって留さんと文次郎と小平太は戦場で死んだから…」


七松の死体は仲間が連れて帰ってくれたんだと。実は戦場視察に来ていた虎徹が見ていたらしい。
潮江は……身体がバラバラになった挙句、過激な戦だったので行方知れず。
俺のは誰も見てなかったので知らないとのこと。なんだこのプチ不運…。
まぁ忍びなんだし、そんなもんだよな。でも…墓がねぇと記憶戻らないんだろ?勘弁してくれよ…。ここまで記憶戻ってんのに…!
そうか、これも伊作の不運のせいか!というか、生まれ変わっても巻き込まれ型不運とか勘弁してくれ!


「とりあえず明日は二人が死んだ戦場跡に行ってみようよ!」
「そうだな。つか戦場跡とかあんのか?」
「多分森の中だと思う…」
「だよなー。あと小平太の記憶もな!」
「そうだね!」
「よーし、じゃあ風呂入るぞ!留三郎、俺のビックマグナムに驚け!」
「うっせぇ。どうせ小型銃だろうが」
「いやいや!マジで大きいから!伊作よりでけぇから!」
「ちょ、ちょっと!僕の見たことないくせにそんなこと言わないでよ!」
「どうせ現世でもちっせぇんだろうが!」
「皆の中で小さかっただけで、僕のは至って普通だよ!ね、留さん!?」
「知らねぇよ!あー、もううっせぇ!いいから風呂入ってさっさと寝るぞ!」


騒がしい二人を連れて温泉に向かう。
一番前を歩く俺の後ろから、同じようなことを言っている二人がついてくるのを見て、そっと心臓に手を添えた。


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