記憶の回収の段 「ついたぁ!」 情けないことに、私は今、男である国泰寺に背負われている…。 それなりに己の身体を鍛えていたつもりだが、こいつらにはついていけん…っ。何だこいつらは、体力バカか!?そうか、バカなのか! 「仙蔵、歩けるか?」 「あぁ…」 「伊作っくんも歩けるか?」 「う、うん…。ごめんね小平太、迷惑かけて」 「なぁに、細かいことは気にするな!」 A組、B組、C組がある我が学園の、一番学力が低い奴らが集まるC組の善法寺に先日声をかけられ、意味の解らないことを言われた。 前世の記憶なんてバカバカしい。私が忍者?そんなわけなかろう。何故私が忍者なんて影の仕事をしなくてはいけない。 しかし、善法寺が話すことは筋が通っていた。即効の作り話にしてはな。 だがそんなもの信じられるわけがなかったし、信じようとも思わなかった。 例え私が忍者だったとしても、今の私には関係ない。 私はこの学園で友達など作るつもりもない。将来のことを考え、近場の高校で一番勉強するのに環境がいいのと、うるさい女達から離れたいからここを選んだ。 だからこんなアホな奴らに付き合ってなどいられるか。 「小平太、宿捜せ!今日は仙蔵の奢りで肉食おうぜ!」 「おー、そうだな。私もたくさん食べたい!」 だと言うのに何故私はここまで付き合った挙句、金を出しているんだ。 自分の信じられない行動に呆れてものも言えん。が、嫌な気分にならないのが不思議だ。 あのときも、身体が自然と財布を取り出し、あんなことを言ったわけだしな。 それに、竹林を見たときのあの感情……。「懐かしい」とも「寂しい」とも思った不思議な感情だった。 「あれじゃないのか?」 「よくやった小平太!」 犬のように騒がしい二人が旅館を見つけ、走り出す。 まあ、山登りで疲れたし泊まるものいいだろう。こんな田舎だからもう電車もないしな。 重たい足を動かし、「こっちこっち!」と飛び跳ねている二人の元へと向かうと、頭の奥がツキンと痛んだ。偏頭痛か? 「おい、中在家。大丈夫か?」 どうやら偏頭痛は私だけではなかったらしい。 少し後ろを歩いていた中在家もこめかみを抑えて立ち止まっていた。心配そうに声をかけたのは同じ組の潮江。 今日ずっと思っていたが、こいつは口は悪いが面倒見がいい男だな…。 「仙蔵?え、どうしたの!?」 「なに…、少し偏頭痛……ッ…が……いっ…!」 「仙蔵ッ!?」 偏頭痛なんてすぐに収まると思っていたが、余計に酷くなった。 伊作が声をかけてくるが、答えることができないほど痛い…。 『長次、穴丑としての生活はどうだ?』 『………それなりだ』 『その割には繁盛しているようだな、中在家先生』 『仙蔵も……。よく噂を聞く…』 幻聴か。頭に響くのは中在家との会話。色々な会話が次から次へと脳に流れこみ、そのたびに激しい痛みと吐き気が襲ってきた。 …もしかするとこれは……。 「仙蔵!」 「―――……善法寺…」 「大丈夫!?どこか具合悪いところない!?」 「いや……」 国泰寺のように記憶を取り戻すと思っていた矢先、プツンと記憶も声も痛みすら消えてしまった。吐き気も感じない…。 不思議な出来事だったが、うまく理解することができなかった。 自然と視線を中在家に向けると、中在家も額に脂汗を浮かせたまま私を見ていた。 「中在家、お前「おいお前らちょっと来いよ!」 長次に先ほどのことを話そうと声をかけると虎徹が遮った。あのバカが…、ほんと空気が読めん男だな! 「何だ!今はそれどころではない!」 「いいから来いって!すっげぇもん見れるぞ!」 興奮気味なのは虎徹だけじゃなく、小平太もだった。 呆然としている私達の手を掴んで無理やり歩かせ、旅館へと連れて行かされる。 一歩ずつ近づくと、昔の古い景色が広がったが、……気のせいだろうか。私はここを知っている? 「ほらここ!この宿屋の横見てみろよ!」 古びた旅館だが、歴史を感じる建物だった。 虎徹が指さす場所を見ると、「中在家塾」と書かれている看板が掲げられていた。 それを見た全員が息をのみ、目を見開く。 周囲が暗くてよく見えないが、読み間違いではない。 「んであっち!」 次に指さしたのは、旅館から少し離れた山の麓に建っている建物。 大きな看板があるのだが、遠すぎて読めない…。 「見えるか?」 「うーん…。僕には見えないなぁ…」 「俺も…」 「あれな、「立花花火屋」って書いてあるんだぞ!」 小平太の言葉に全身から力が抜け、その場に膝をついた。 『まぁ今私も穴丑だからな。だが長次と同じ村でとは思っていなかった』 『長くなりそうなのか…?』 『ああ。しばらくの間、命の危険にさらされずにすむ。……伊作も少しは安心するだろう。留三郎が死んでからさらにやつれてたからな』 『……そうだな…』 『お前もだぞ、長次。小平太の死から何年経っていると思ってる』 『…それを言うなら仙蔵もだ。隈ができてるぞ…』 『これは文次郎の呪いだ』 収まっていたはずの吐き気がまた襲い、口元を抑えて蹲る。 吐きたいのに吐き出せない…! 『長次のアホめ…。だから無理をするなと言ったんだ……。お前は小平太ではないんだぞ…』 もう聞きたくない!と思うのに、頭の中は勝手に会話を続けている。頭も痛い…ッ。 『大人しく巻物を返してもらおうか!』 『もう逃げれんぞ!』 『情けないことに私がこんな些細なことで捕まってしまうとは…』 「これも全てあやつらのせいだ。特に文次郎、貴様のせいだ…。……友になどならなければよかったな」 『何をブツブツ言ってやがる!』 『笑ってるぞ!何か仕込んでるのかもしれん!』 『殺せ!いくら名のある暗殺者であろうとも、この人数には太刀打ちできるわけがない!』 『来世ではもっと虐めてやるから覚悟しておけ、文次郎』 「そして、また笑い合おう。勿論、全員でだ」 持っていた宝禄火矢に火をつけ、己の身体は何一つこの世に残すことができなかった。 赤い炎が空へと舞い上がり、そこで再びプツリと痛みが引いた。 「……」 「おい立花、しっかりしろ!」 「……ふふっ、さすが私だな。派手な終わり方だ」 「は?」 口元を抑えていた手で前髪をかきわけ、そのまま後ろ髪を触ろうとしたが、ないことに気づき、笑いが出た。 長次を見ると長次もスッキリしたような顔で私を見て、うっすらと笑みを浮かべ、心配そうに見ていた小平太に「大丈夫」と答える。 「文次郎、宣言どおり虐めてやるから覚悟しとけ」 「ハァ!?」 「せ、仙蔵…?」 「もしかして戻ったってか?」 伊作と虎徹が身体を震わせながら私に近づき、長次も私の横に並んでコクリと頷く。 「…すまない二人とも、遅くなってしまった……」 「それと伊作。待たせてすまなかったな」 伊作は目に涙をたっぷり浮かべたあと、首を横に振って私と長次の首に腕を回して抱きつく。 「よかった!よかった!」と泣きながら喜ぶ伊作に、思わず涙腺が緩む。 「本当にすまない…」 「いいよ!思い出してくれたんなら全然いいよ!」 「うおおお!俺もお前らが戻ってくれて嬉しいぜ!」 「虎徹は抱きついてくるな。むさ苦しい」 「うっは、仙蔵さん生まれ変わっても辛辣ぅ!長次ぃいいい!」 「…待たせたな、虎徹」 「長次っ!大好きだこの野郎!」 さあ、残りはバカ三人だけだ。私と長次が戻ったのだから、何が何でも記憶を取り戻してもらうぞ。 ( TOPへ △ | ▽ ) |