記憶の回収の段 「いやー、やっと到着したー…!」 閑散とする駅前で大きく背伸びをするのは、同じクラスの善法寺伊作。 善法寺の隣にはあんまり好きじゃない食満留三郎が善法寺の鞄を背負って、同様に背伸びしている。お前は善法寺の彼氏か。鞄ぐらい自分で持てよ。 「何で私が…」 二人の後ろには俺を含む、五人が呆然と立っている。 頭を抱え、ブツブツと文句を言っているのはA組の…えっと、立花だっけか? 逆に、同じA組の潮江は無表情で何を考えているかわかんねぇ。 隣のクラスの七松は興味深々に駅を見回し、フラフラと歩き出す。それを止めるのは中在家。 七松は嫌いだけど、あいつは嫌いじゃない。なんとなくいい奴っぽい感じがする。 「じゃ、行こうか!」 善法寺に誘われ、やってきたのはよく解んねぇ土地だった。 本当は来たくなかったんだけど、「もう変なこと言わない。関わらない」という善法寺の言葉に、俺たちはついてきた。ま、お金はあっち持ちだからいいけどな。どうせ暇だし。 「行こうかって…。どこ行くんだよ」 「うーん、そうだね。まずは君のとこだね」 「は?」 善法寺は少し考え、悲しそうに笑った。 俺のとこって何だよ。俺はここにいるっつーの! 突っ込んで聞いたみたが、善法寺は何を言うことなく歩き出す。 それに食満、七松が続き、最後に俺が歩きだした。 「(森ばっか…)」 周囲を見回すも、目新しいものなんてなかった。目につくのは森、森、森。 だけど嫌な気はしない。いや、前から自然は好きだけど、ここにきたら何だか懐かしい感じがする…。 「(……善法寺が前世とか言ってるからそう思うんだ)」 よく解んねぇが、俺たちは忍者だったらしい。はっ、笑っちまうよな! で、俺は獣使いで、たくさんの動物を使役してたんだって。 「嘘もたいがいにしろよ」 って文句言ったが、「でも動物が虎徹に噛みついたことある?」という善法寺の言葉に返す言葉を失った。 動物は嫌いじゃない。好きだ。昔から猫や犬、鳥までもが俺に懐いてくる。 それが前世と関係ある。なんて思うのは簡単だが、何故か否定したくなる。つーか信じらんねぇんだよ! 「みんなぁ、こっから山に入るよー!」 先頭を歩いていた善法寺が振り返り、笑顔でそんなこと言い出した。 七松は楽しそうに笑ってたけど、立花がすっげぇ顔してた。そりゃあそうだよな…。俺もビックリしたわ…。 「何をバカなこと「おやおや、こんなとこに若い子が来るなんて…」 立花の話を遮ったのは、おばあちゃん。背中には大量の野菜が入ったカゴを背負っていた。 「ちょっと遊びに来たんです」 「そうかい、そうかい。でもここの山は深いから無闇に入ったら危険だよ」 「僕たちなら大丈夫です」 ニコッ!と笑って、何を根拠に言うんだこの男は…。やっぱバカなのか? 呆れて喋る気力を失い、視線を外すと、古びた字で「日本狼の山」と書かれている看板を見つけた。 日本狼?それって絶滅したって言わなかったか? 「ねぇねぇおばあちゃん。ここって狼出るの?」 「ああ、この山には絶滅したはずの日本狼がいるかもしれないって昔から噂があってね。前まで都会の偉い人たちも来てたんだけど…。結局いなかったみたいで帰っちまったよ」 「ふーん…」 「ほら虎徹。入るよー!」 「えー…。マジで入るのかよ…」 でも立花も入ってるし、ここで俺だけ入らねぇのはなぁ…。 溜息を吐いておばあちゃんに頭を下げて、俺も森に一歩踏み込む。 はーあ、何で休日に山登りなんてしなくちゃいけねぇんだよ…。 まぁこれで終わりだ。明日からは関わらなくてすむ。そう思えば足は軽くなった。 「……」 「伊作?顔色が悪いけど大丈夫か?」 「だ、い……。ご、ごめん…ちょっと……」 突然善法寺が足を止めて、その場に蹲(うずくま)った。 すぐに食満が話しかけ、鞄から水を取り出す。 中在家と七松も近寄って心配するけど、俺は構うことなく近くにあった大きい石に腰をおろして休憩。 でもおかしいんだ。初めての山登りだっていうのに、全然疲れねぇ。山での歩き方?ってのが解る…。 「帰るか?」 「ううん…。ごめん、ただ……。思い出して…」 「伊作…」 「よし、私がおぶってやる!」 「小平太…」 「私たちに見せたいものがあるんだろ?私がおぶってあげるから伊作っくんは私の背中でゆっくり休めばいいぞ!」 おー、おー…。さすがバレー部のエース。体力バカだな。 同じく、空手部所属の食満と剣道部所属の潮江も余裕そうだ。中在家は……何部か知らんが余裕そうだな。立花は死んでるけど。 「……ごめんね、小平太。お願いしていいかな?」 「任せろ!…よいしょ!で、どっちに行けばいいんだ?」 「えっと、このまま真っ直ぐでお願い」 「解った!」 そしてまた歩きだす。 次第に勾配がきつくなり、それと同時に息苦しくなってきた。 体力がなくなったからじゃなく、なんか………。おかしい。 『やべぇ…!やっちまった…ッ!』 「…やばい、やってしまった………」 ズキンとこめかみに痛みが走る。 え、今のなんだ?声が聞こえた気がした…。聞こえた…?いや、俺か?俺が喋ってた?何だこれ…! 「…。おい国泰寺、大丈夫か?」 俺の異変に気付いた潮江が声をかけてきたけど、返答ができなかった。 この不思議な感覚に、俺の脳みそがついてきてくれない。 一歩ずつ進むたびに何かを思い出す。 一瞬、隣に大きな動物や人影が見えた気がして振り返るも、何もない。鬱蒼とした森のみ。 『俺一人に何十人も…!それだけ俺が怖いってか?』 「…俺ってすっげぇ強いもんな…」 『ハルとナツを使っても倒せねぇな…。さて、どうしたもんか』 「動物がいねぇ森だし、よりによってミナトもナナシもいねぇ。本格的にやべぇな…」 『一か八かに賭けるか?』 誰と喋ってるわけじゃない。ただ勝手に口が動くんだ。 喋りながら歩くスピードをあげ、先頭の小平太を抜かして走り出す。 留三郎が俺を止めようと名前を呼んだが、振り返ることなく逃げ続ける。 「国泰寺の奴どうしたんだ?」 「……もしかして…!こ、小平太、急いで虎徹を追ってくれる!?」 「おう、任せろ!」 横腹が痛い。肩が痛い。身体中が痛くなってきた。 だけど足を止めることなく走り続け、そして―――。 「………」 辿り着いた場所はなんてことのない場所だった。 だけど、とある木の下にはたくさんの石が積まれてて、近くには犬の足跡があった。 『ご、めん…な、ハル、ナツ…。お、れ……もう………っダメ、だ…』 「だから、好きに生きてくれ…。無事でよかったよ…。………ああ、皆に会いてぇなぁ…クソォ…ッ!」 呟いた矢先、今まで以上の激しい頭痛に襲われ、その場に頭を抑えて倒れ込んだ。 「虎徹、大丈夫!?」 「―――うっ…!いってぇ…」 「……食満…、泣くほど痛いのか…?」 「…え、いや……。わかんねぇ…、なんか涙が出てきた…」 すさまじい量の情報が脳みそに入ってくるのが解った。 痛くて痛くてたまらない…! 「うああああああ!」 楽しかった思い出、苦しかった思い出、悲しかった思い出、だけど笑った思い出が多い。 その思い出にはどれもこいつらがいた。 「国泰寺!おい立花、国泰寺を連れて山降りるぞ!善法寺、それでいいよな!?」 「ま、待って文次郎!」 「―――……狼…」 「どうした長次?」 長次の言葉に頭痛が止まった。 でもまだ頭がグラグラするから俯いていると、後ろから仙蔵の焦った声が耳に届いて、フッと笑う。 「国泰寺!狼だ!逃げろ!」 「待って仙蔵。虎徹なら大丈夫だよ」 ゆっくり立ち上がり、近寄ってきた狼に手を伸ばすと、彼は俺の手をペロリと舐めてくれた。 「生きて…たんだな…」 小さくなろうとも解るよ。お前はハルとナツの子孫だろう? ずっと俺の墓を守ってくれてたのか?ずっと俺の帰りを待っててくれてたのか?お前らは本当に賢い子だな。 自分たちの存在のほうが大切なのにここから離れることなく番をしてくれてたなんて、どうやってあいつらを褒めればいいんだよ…。 「……虎徹?」 伊作の声に狼から視線を外し、久しぶりに指をくわえる。ああ、本当に久しぶりの感覚だ…。 胸いっぱい息を吸って吹くと、ピーッ!と高い音が森中に響き渡った。 すぐに伊作に振り返り、ニッと笑ってやると、伊作は涙を流して笑顔になった。 「伊作、今度は心の底から気持ちを込めて言うよ。待たせてごめんな」 「虎徹っ…!き、記憶……!」 「おうよ!何でこんなこと忘れてたんだろうな。ずっと俺の墓を守ってくれた友人をよ!」 「虎徹ー!」 涙と鼻水で汚れたまま小平太から離れ、俺に抱きついてきた。 伊作には本当に酷いことをしてしまった…。忘れてただけじゃなく、酷いことを言っちまってよ…。 抱き締め返して何度も謝るけど、伊作はすぐに許してくれて、俺の名前を呼び続ける。 最後まで生き残り、一人だけ記憶を持って生まれ変わるなんて不運だな、こいつ…。 「留三郎、お前が俺の墓作ってくれたんだろ?あいつらにも言ってくれてありがとよ」 「は?……い、や…?…え、お前、本当に…?」 「あはは!留さんが混乱してるー!」 「……なんか、記憶が戻ってからこいつら見ると変な感じだな…」 呆然としている四人を見渡す。 いやー……私服が似合わないことで! 思わず笑ってしまうと、仙蔵が不機嫌な顔になって俺を睨みつけてきた。 「茶番に付き合いきれん!私は帰るぞ!」 「え!?ちょ、ちょっと仙蔵!」 まぁ、記憶がなけりゃあそうなるわな。 露骨に怒りを露わにしている仙蔵は怖いが、今なら勝てそうな気がする。 「仙蔵、それは少し勝手だぞ。人の金使って来たんだから最後まで付き合えよ」 「元はと言えば「でも来たのは仙蔵の意思だろ?」 すると仙蔵は足を止め、俺をまた睨みつけた。 よし、勝った!あの仙蔵に口で勝ったぞ! 「で、伊作。今度はどこ行くんだ?」 「学園に行こうと思ってる。そう遠くないと思うよ」 「そうだな…。えっと……、ここ真っ直ぐか?」 「だと思う」 「よーし、お前ら行くぞー!」 学園か…。今はどうなってんだろうな。 期待が膨らむけど、それと同じぐらい怖い。 何が怖いかわかんねぇけど怖い。 「小平太も記憶戻ったらお前の死に様教えてやるよ」 「うーん…。国泰寺、お前本当に記憶が戻ったのか?」 「虎徹でいいって気持ち悪ぃ…」 「そうか!じゃあ、虎徹。お前、記憶戻ったのか?」 「おうよ。お前らも戻るといいな!」 だけど小平太も、長次も留三郎も…。皆いい顔にならなかった。 きっと解っているんだ。この土地に足をつけたときから。絶対に「懐かしい」って思ってるはずだ。 でも前世の記憶なんて根拠のないものを信じられないから、無意識に拒絶している。 だから今さっきから誰一人として積極的に喋ろうとしていない。俺もだったしな。 「伊作、こいつらが戻らなくても今度は俺がいるからな」 「ありがとう虎徹!でも虎徹が戻ったんならきっと皆も戻るよ!」 「だな!」 きっと自分に縁のある地に行けば戻るはず。 そう思って忍術学園の場所へと歩き続けた。 ( TOPへ △ | ▽ ) |