記憶の回収の段 あれから、僕たちの間には一つの亀裂が入ってしまった。 小平太と長次とは関わるようになったけど、虎徹は僕を見ようとしない。留三郎と喧嘩をしようともしない。 仙蔵は僕の顔を見るたびにしかめっ面になり、文次郎は顔を背ける。 頭のおかしい僕とは関わりたくないらしい…。 三人の態度を見るたび、ズキンと胸が痛くなるけど、長次と小平太とは仲良くなれた。 留三郎も僕の前世の記憶に興味深々みたいで、留三郎がどんな忍者だったか話してあげると、とても嬉しそうに聞いてくれる。 長次は僕の前世の話を本にしていいか?って聞いてきたけど、僕はそれを断った。 僕が言わなくても、記憶を取り戻したほうがきっといい本ができると思ったから…。 「おい、また七松と国泰寺が喧嘩してるぞ!」 「今月に入って何度目だよ」 休憩時間。留三郎と廊下を歩いていたら、クラスメイトの誰かが隣を通り過ぎながら走り去って行った。 隣の留三郎は怪訝そうな顔で「またか…」と呟く。 虎徹と小平太は、あれからよく喧嘩をするようになった。 二人とも体力にも力にも自信があるから、頻繁に喧嘩している。どっちが勝ったなんてない。ただ殴り合っているだけ。 騒がしい校庭に目を向けると、二人が向い合っていて、周りにはたくさんの野次馬。 「国泰寺もバカだよな。七松に勝てるわけねぇじゃん。あいつ先輩もボコったらしいぞ」 「最強だからね」 「……。でもそのせいで死んだんだろ?」 「…うん…」 そう。小平太は人間離れした力と体力のせいで、敵に目をつけられ、そして殺された…。 殴り合っている二人は次第に血を流し始め、そんな二人を見て背筋に鳥肌がたつ。 二人が喧嘩してるところなんて見たくないし、何より怖い。 身体は自然と二人に向かって歩き出し、虎徹の「死ねゴラァ!」という雄叫びを聞いて走り出す。 「伊作!危ないから近寄るな!」 「二人とも止めてくれ!」 野次馬をかきわけ、なんの考えなく二人の間に入った。 僕に二人を止める力なんてない。だけど、動かずにはいられなかった。 「伊作っくん!?」 「善ぽっ…伊作!」 そのせいで虎徹に殴られ、小平太に吹っ飛ばされてしまった…! 殴られた場所は顔。小平太が受け止めてくれなかったらきっと後頭部も打ってただろうね…。 って……今なんて…? 「悪い伊作!大丈夫か!?」 「伊作、お前何してんだよ!小平太と虎徹の間に入るなっつーの!」 「伊作っくん、大丈夫か?虎徹ー、ちゃんと伊作に謝っとけよ」 「うっせぇ小平太!元はと言えばお前が本気で殴ってくるからだろ!」 「虎徹、伊作を殴るなんて最低だな…。見損なったぞ…」 「いやいや!留さん、俺は悪くないよ!?殴り合ってるとこに入ってくる伊作が悪いだろ!何だよ!いっつもいっつも伊作ばっか心配して…。俺のことは可愛くないのね!?」 「そんなことねぇって、お前も可愛いぜ。犬みたいで」 「犬扱いすんなよ!」 「なはは!虎徹が犬じゃなかったら何なのだ?」 「人間様だよバーカ!」 意識が遠のいていく中、三人の会話を聞いた。 これは僕の願望?それとも本当にあった会話なんだろうか…。どうか本当であってくれ。 そこで一度意識を手放し、次に目が覚めて視界に入ったのは白いカーテンだった。 独特の匂いに「懐かしい」と思ったけど、口にすることができなかった。 喋ろうとすると頬がツキンと痛んだからだ。 「お、目ぇ覚めたな」 「とめ…」 「国泰寺に殴られて意識飛ばしたから保健室連れて来たんだ。大丈夫か?」 「うん。……虎徹と小平太は?」 「生徒指導室」 起き上がろうとすると、留三郎が背中を支えてくれた。 顔を殴られただけだから大丈夫と言うと、苦笑して椅子に座る。 隣には僕の鞄と留三郎の鞄。外を見ると太陽がオレンジ色に染まっていた。そんなに寝てたんだ…。 「あれ、そっちの鞄は?」 「国泰寺と七松の。説教終わったらこっち寄るってよ」 「…留三郎、名前…」 「名前?」 「今さっき、二人のこと下の名前で呼んでたよね?」 すると留三郎は口をゆっくり閉ざした。 少しだけ俯いて、答えようとしない。 何かあったんだろうか…。 「おかしいんだ」 「え?」 僕が話しかける前に、留三郎が喋り出した。 伸ばしていた手を戻し、「何が?」と再度聞くと、留三郎は苦笑いを僕に向けた。 「お前が国泰寺に殴られたときさ、すっげぇ懐かしい感じがしたんだ」 「……」 「で、普通にあいつらのこと下の名前で呼んだ。いつもだったらイライラすんのに、そのときの二人には腹立たなかった…」 「それ…」 「きっとお前があんなこと言ってるからだよな」 悪い!と謝る留三郎に、今度は僕が俯いてシーツを力強く握った。 あれは嘘じゃなかったんだ。三人とも、一瞬だけだったけど記憶が戻ったんだ…! そう思うと嬉しくて目が熱くなり、涙を拭うと留三郎の心配そうに声をかけてきた。 「この調子で早く記憶が戻るといいね…!」 「あー……。お前が言うことが本当なら、…その、悪くねぇって思うよ」 留三郎は僕の話を若干信じてなかった。 話半分で聞いてたのは知っていたけど、今回のことで信じてくれるようになった。 それだけで一歩前進だ! ……いや、僕はどうしたんだ?全員の記憶を取り戻したいのか? ううん、なかったらなかったでそれでよかった。ただ、皆が仲良くないのが嫌だった。だから記憶が戻ればきっと昔みたいに仲良く話せると思ってたんだ。 「………衝撃があれば戻るのかな…」 昔と同じようなことを体験すれば、戻るのかもしれない…。 ―――じゃあ、忍術学園があった場所に行けば?――― その考えが浮かんで、身体が震えた。 場所はなんとなく知ってる。というか、身体が覚えている。 だけど行けなかった。行ったら絶対に泣いてしまうから。たくさんの思い出がつまっているから…。 でも……でもこれで皆の記憶が戻り、昔みたいに笑い合えるなら、行く価値はあるんじゃないだろうか…。 「いいか七松、今日は引き分けだかんな!」 「勝敗なんて細かいこと気にするな!私はお前と遊べて楽しいぞ!」 「俺は勝負してんだよバカ!―――おい善法寺、お前大丈夫か?」 廊下を騒々しく歩き、保健室の戸を開けたのは生徒指導室から帰ってきた二人。 口は悪いけど、根が優しい虎徹。やっぱり変わらないね。 「そんなことより虎徹こそ大丈夫?手当てしてあげるからそこ座りなよ」 「あ?こんなもん舐めてれば治るっつーの!」 「ダメだよ!バイ菌が入ったらどうするの!小平太もそこに座って。留さん、消毒液取ってくれる?」 「伊作っくんはこういうときに強いよなー」 嫌がる虎徹を無理やり座らせ、小平太が逃げないように両肩を抑えつける。 擦り傷に消毒液をかけると声にならない悲鳴をあげ、しばらくして「痛い…」と情けない声をもらした。 「善法寺、ケガをしたって聞いた…」 「あ、長次!」 「お。なか…なんとか!」 「中在家だ」 気配を感じさせることなく入って来たのは長次。 小平太の言葉に長次が冷たく言い放つと、小平太が「なかざいけ?」と何度も口にして覚えていた。小平太にはちょっと難しいんだろうね。 「長次って呼びなよ」 「おお、そうだな!ちょーじ!」 「…善法寺」 「いいじゃん。クラスメイトでしょ?はい、虎徹の治療終わり」 「おー…お前男のくせに手当てうまいな」 「こいつ、小学校中学校ずっと保健委員だったんだぜ」 「マジかよ!え、じゃあ身体測定のときとか、女子の裸「なわけないだろ!虎徹はすぐそういうこと言う!」そ、そんな怒ることないだろ…!」 「……。いつの間に仲良くなったんだ?」 僕らのやり取りを見ていた長次が首を捻った。 すると虎徹も捻って、「そうかぁ?」と留三郎に顔を向ける。 ふふっ、なんだか嬉しいな。殴られた場所は痛いけど、でもそのおかげで皆がこうやって集まった! 少しずつ元に戻ってる感じがして、笑っていると虎徹が「気持ち悪ぃ…」と言ってきたので、手当てした部分を殴ってやった。 「おいお前ら、いつまでくっちゃべってやがる。終わったんならさっさと帰れ」 「また貴様らか…。おい潮江、あとは任せたぞ」 あとはい組の二人だけだ。そう思った瞬間、二人が現れた。 二人は生徒会に所属し、こうやって下校時間を過ぎた生徒たちに声をかけている。 仙蔵の言葉に文次郎は「ああ」とだけ返し、「早くしろ」と僕たちを睨みつけた。 やっぱりい組の二人は難しいなぁ…。 頭が偉いから僕たちを喋らせないようなことを言ってきて、早く帰らせようとする。 でも…、うん、このタイミングしかない。 記憶が戻らなくていい。って思ってたけど、やっぱり戻ってほしい。 これに賭けるしかない! 「仙蔵、文次郎。僕の最後のお願い、聞いてくれないか?これを聞いてくれたら、もう二人の前に顔を出さないことを誓うよ」 「おい伊作どうした?」 「留三郎、虎徹、小平太、長次。これは君たちにも聞いてほしいんだ。今週の土曜日、八時に駅に来てくれ。お願いだ」 記憶が戻らなかったら諦めよう。 そう思って皆にお願いをした。 ( TOPへ △ | ▽ ) |