記憶の共有の段 こんなはずじゃなかった。 入学式で衝撃的な出会いを果たした僕たちだったけど、あれっきり。 留さんと僕はずっと一緒にいるけど、同じクラスの虎徹は他に気の合う友達を作って、僕たちと関わろうとしない。 何で?記憶が戻ってないにしろ、何で話しかけてこないの? 僕が話しかけても「ただのクラスメイト」として接する。 前みたいに「伊作」とは呼んでくれず、「善法寺」って呼ばれるのも嫌だ。 ああ、あのときは僕たち七人しかいなかったから、付き合っていたのか…。そうだとしたら、アクティブな虎徹が僕なんかとつるむわけがない…。 バレーとかサッカーに付き合っても、ケガばっかしてるしね…。 「おい伊作、お前最近元気ねぇけど大丈夫か?」 「留さん…。ごめん、大丈夫だよ」 目の前に座っている留三郎は購買で買ったパンを丁度食べ終わり、僕を心配そうにのぞき込んできた。 机の上にはパンの残骸が五つも投げられている。よく食べるなぁ…。 留さんは空手部に入ってるからいくら食べてもお腹が減るんだって。僕はあんなに食べれない…。見てるだけでお腹いっぱいだ。 「あー!食満、お前がヤキソバパン食ったのかよ!」 「ああ?また国泰寺かよ…。いちいちうっせぇなぁ…」 「何だと!?お前がいっつもそれ食ってっから俺の分がなくなるんだよ!ちょっとは周りのことも考えろよ!」 「知るか!取れねぇ奴が悪いんだよ!ガキかテメェ!」 「ガキじゃねぇよタコッ!」 そしてこれだ……。 虎徹と留三郎はすっごく仲が悪い。喧嘩の原因はくだらないのに、彼らは本気で怒って、本気で殴り合いの喧嘩をしてしまう。 理由を聞くと、入学式での決着がついてないからだって。 昔もくだらないことで喧嘩してたけど、こんなに憎悪をむきだしてなかった…。そんな二人を見るのは寂しい。 本当は二人とも気が合う仲のいい友達なんだよ。僕の面倒を見てくれるすっごくいい二人なんだよ。 「ハッ!こんなんが空手部のエースとかマジ笑えるな!」 「帰宅部に言われても痛くもかゆくもねぇなァ!」 「もう止めなよ二人とも…。こんなことで喧嘩する二人じゃないだろ?」 二人の仲裁に入ると、虎徹は不機嫌な顔を僕にも向けてきた。 金髪になってからさらに迫力があがって、思わず引いてしまった。今の僕、すっごく情けないなぁ…。 「その「昔からお前のことを知ってました」っていう喋り方止めろ!」 「国泰寺!今は俺との喧嘩中だろ!伊作は関係ねぇ!」 「うっせぇんだよこの保護者が!高校生にもなってバカか!善法寺、次にそういう喋り方してみろ、マジで噛み殺すぞ!」 殺意を込めて僕を睨みつける虎徹は、本当に怒っていた。 「本当に知ってるんだもん」って言えたらどんなに楽か…。 虎徹はいつもつるんでいるクラスメイトに呼ばれ、留三郎を睨んでから向かって行った。 「あいつマジで性格悪いよな!伊作、大丈夫か?」 「……」 「伊作?」 こんなはずじゃなかった。 きっと昔みたいにまた皆で楽しく過ごせると思っていた。 例え皆の記憶が戻らなくても、きっと……。 だけどどうだ。 虎徹は仲が良かった僕たちに殺意を向けてくる。 文次郎と仙蔵だって関わり合ってない。お互いがお互いに興味がないのが手に取るように解る。 小平太と長次は会話どころか挨拶もかわしていない。確かに真反対の性格だもんね。 あのころに比べればたくさんの友達がいて、平和な毎日をのほほんと過ごしている。 だから僕たちが一緒にいなくても、静かで楽しい毎日を過ごすことができる。 「おかしいよっ…!」 でもおかしい。こんなの、皆であって皆じゃない。 僕の我儘だって解ってる。解ってるけど、こんなの嫌だ! 「おいどうした?」 「「待たせてごめん」って言っといて放置?おかしいよね!?」 「はっ!?」 「留さん、明日のお昼ご飯、他に誘いたい人たちいるんだけど、いいかな!?」 「お、おお…。俺は別に…」 ずっと黙っているなんてもうできない! おかしい人だって思われてもいいから、彼らに言いたい! 決意して、残っていたお弁当をかきこむと、お米が変なところに入ってむせ返ってしまった…!く、苦しい…! 前途多難だったけど、その日のうちに全員に声をかけ、翌日の昼食を一緒にすることに成功した。 「………」 七人も集まればむさ苦しくなること間違いないので、屋上へと誘ったのだが、空気がかなり重たい…。 虎徹も留三郎も不機嫌そうだし、長次と仙蔵は我関せずで黙々と食事をとっている。 小平太も誰とも話すことなく大量に買ってきたパンと持って来たお弁当を食べ続け、隣に座っている文次郎の分まで奪おうとしている。 「善法寺、と言ったな」 「え?あ、うんっ。なに、仙蔵?」 「土下座してまで頼んどいて、何だこの集会は」 冷たい目をした仙蔵がお弁当をしまい、僕を真っ直ぐ見てきた。 思わず背中が震えたけど、口を開いて事情を説明しようとする。 だけど、なんて言い出せばいいか解らない…。 「僕たちは昔、忍者をしてたんだよ」って言っても信じるわけがない…。 でもそれを伝えたいから集まってもらったんだ。 「にゅ、入学式のときのこと覚えてる?」 恐る恐る喋り出すと、仙蔵だけじゃなく長次も僕を見た。 虎徹と留三郎は口喧嘩を始め、文次郎も巻き込みはじめた。 小平太はお腹いっぱいになったみたいで、後ろに倒れすぐに眠りに落ちる。 「ああ、あのせいで少しの間変な目で見られたな」 「……あれは何だったのだろうか…」 「そのことで皆を呼んだんだけど…。あの、…あのね、僕たち「っでぇえええ!テメェ、マジで殴りやがったな!もう怒った!ぶっ飛ばしてやる!」 「上等だ、返り討ちにしてやるからかかってきやがれ!」 「テメェら!俺を巻き込むんじゃねぇ!これだからC組と関わりたくねぇんだ!バカとアホの集まりだからな!」 「むー…、お前らうるさいぞ…。寝れない…」 「うっせぇんだよ体力バカ!」 「……国泰寺だったか…?お前、私に喧嘩売ってるのか?」 「お前に何度パンを奪われたか…ッ!」 話そうと思った矢先、留三郎に殴られた虎徹が僕の背中に飛んできた。 衝撃で舌を噛んだじゃないか…! というか、留三郎とだけじゃなく、文次郎、小平太とも喧嘩しないでよ! 「…大丈夫か?」 「うう、長次ぃ…!君は本当に優しいね。でもそれより小平太止めてくれよ…」 「……」 僕の言葉に長次はグッと押し黙り、暴れている小平太を見据えた。 …少し、怒っているような目だった。 「どうしたの?」 「何故、俺が止めないといけない…。あいつを止めれるほど俺に力はない。…それと、七松は苦手だ」 モソモソと聞きとり辛い声。だけどハッキリと聞こえた。 「俺」という一人称に違和感を覚えたけど、それ以上に長次が小平太に憎悪があることに驚いた。 「何かあったの?長次が人を嫌いになるなんて滅多にないのに…」 すると長次は一度目を見開いて、「どうして解った?」みたいな表情を浮かべている。 長次の「苦手」はどちらかというと「嫌い」に入る。だけど直接的な表現が嫌いだから濁した発言をする。 生まれ変わっても変わらないんだね。 「…うるさいし、場を乱す。物もよく破壊する……」 「そうだな。あいつが窓を壊したり、喧嘩したりするのをよく見る。迷惑な奴だ。バレー部のエースでなければとっくに退学してるぞ」 「それより…、話したいことがあるんだろう…?」 「あ、うん。……えっと、あの言葉の意味、言ってもいいかな?」 すると二人は時間を置いて、頷いてくれた。 四人は喧嘩を続けていたけど、このさい放っとこう…。僕たちじゃあ止めれないしね。 二人には室町のこと、忍者のこと、虎徹が作ってくれた約束のこと、皆がどうやって死んでいったかなどなどを全部喋った。 二人は一度も口を挟むことなく静かに聞いててくれた。 喋るたびに昔のことを思い出し、泣きそうになったけど、そこは堪えてちゃんと話した。 全部話し終わると、二人は不思議そうな顔で僕を見ている。当たり前だよね…、こんなこと信じろっていうほうが無理だ。 でもどこかで、記憶が戻ってくれるのを期待していた。 「なかなか面白い話だな。いい暇潰しにはなった」 「ちがっ…!作り話なんかじゃないよ!本当のことなんだって!」 「輪廻転生とは聞こえはいいが、ただの作り話にしか思えん。ではこれで失礼する」 「ま、待ってよ仙蔵!」 薄笑いを浮かべ、お弁当を持って立ち上がる仙蔵を引きとめようと手を伸ばすと、軽く払われてしまった。 「それと、そのことを口にするな。私まで頭のおかしい人間に思われる」 「せん「気安く私の名前を呼ぶな。友達ごっこはお前の頭の中でしてろ」 冷たく言い放ち、彼は先に教室へ戻って行ってしまった…。 ああ、やっぱり…。そうだよね、信じられないよね…。 解っていたけど、改めて友達からそんなこと言われると苦しいよ。 「…善法寺」 「…ごめん、長次」 何に対しての謝罪か、自分にも解らなかった。だけど謝りたかった。 泣きそうになって俯くと、長次はハンカチを差しだしてくれたので、素直に受け取る。 四人の喧嘩はまだ終わりそうにない。 「俺はお前がおかしいとは思わない」 「え?」 「たまに、前世の記憶を持って生まれる人間がいるのは確かだ。……だが、俺にはまるで記憶がない…。人違いでは?」 「人違いなものか!長次のその頬の傷は縄標の特訓中にできた傷なんだよ!本が大好きで、他人に興味がないけど、でも面倒見がよくて優しいんだっ…!」 「……すまない」 心のこもった謝罪に、さらに心が痛んだ。 なにか言わないと。そう思うけど何て言えばいいか解らず、そうしている間にも長次もお弁当をしまい、屋上をあとにした。 「ッハァ!ハァ、ハァ…!やるじゃねぇか七松…!俺と対等に殴り合う奴なんて初めてだぜ…」 「対等?この状況を見て、何人中何人そう思うだろうな。国泰寺、よく見ろ。お前は押されてる」 「うっせぇ!」 「空手が剣道より強いだと!?剣道をバカにするんじゃねぇ!」 「うるせぇ!潮江こそ空手をバカにすんじゃねぇ!」 二人が帰って、喧嘩している四人を振り返ると、全員が口から血を流し、痣を作っていた。 制服は乱れ、小平太以外の三人に至っては破けている。 「もうっ、何で喧嘩なんてするのさ!僕たちは友達だろう!?こんなの嫌だよ!」 本気の殴り合いなんて見たくない!ケガなんてしないでよ!死んじゃったらどうするんだよ! 高ぶった気持ちのまま四人に向かって叫び、そのまま昔のことを話すと彼らは胸倉を掴み合ったまま黙って聞いてくれた。 全て話し終わると、文次郎は手を離して何を言うことなく屋上をあとにする。 追おうと思ったら、僕の隣を虎徹が去って行った。最後に小平太と留三郎に捨て台詞だけ残して。 屋上には僕と留三郎と小平太だけ。小平太はまだよく解らない表情をしている。 「なぁ、名前なんだっけ?」 「え?あ、伊作だよ」 「じゃあ伊作っくんな!伊作っくんは面白いこと話すな!私が忍者だったってほんと?」 まさか…。まさか小平太が食いついてくれるなんて思ってなかった…。 留三郎も不思議そうな顔で僕の近くに座り、小平太と一緒になって話しを聞いてくれた。 「ほんと!忍術学園ってとこに僕たち七人がいて、そこで毎日勉強してたんだよ!」 「忍者に学校ってあったんだな…」 「留さんと僕と虎徹が同じ組で、小平太と長次が一緒だったんだよ」 「長次?誰だそれ」 「今さっきいたじゃん!頬に傷がある方!」 「ああ、いつも本ばっか読んでる奴な!私あいつ苦手だなー。なんか暗いし楽しくない!」 「そんなことないよ!ああ見えてトスはすっごく上手なんだよ!脱いだら凄いし!」 「え、そうなの?じゃあ今度誘ってみるか!」 それからチャイムが鳴るまで、二人に喋り続けた。 少しでも思い出してくれますように。そう思いをこめて。 ( TOPへ △ | ▽ ) |