夢/とある獣の生活 | ナノ

わんわんの段


!注意!
ケモミミのお話





「はー…今日も疲れたー…」


頭巾を脱ぎながら廊下を歩いて、部屋へと向かう。
太陽はすっかり山の向こうへと沈んでしまい、周囲はしだいに暗くなっていく。
今日は裏山で実技だったから身体がクタクタ…。
……いや、虎徹先輩ならこんなの余裕だ。俺ももっともっと体力つけねぇとな!


「……声?」


尊敬する虎徹先輩に近づきたい。
腑抜けた発言をした自分に活を入れ直し、自主練に励もうと思ったら、六年と五年共同の井戸から声が聞こえた。
この声はきっと虎徹先輩と、七松先輩だ。
あの二人が一緒にいることはなんら珍しいことではない。
二人とも体力に自信があるのと、性格が合うのとでよくつるんでいる。
そんなことを考えながら井戸に近づいて顔をのぞかせると、上の服と頭巾を脱いだ二人が頭から水を浴びていた。


「鍛錬されてたのかな?」


二人は会話をしながら何度も水を浴び、犬のようにプルプルと頭を振った。
普通の人間はそんなことしない。だけど二人にはその行動がよく似合っていた。二人とも獣っぽいからなぁ…。
七松先輩も虎徹先輩も髪の毛が多く、長いので水を切るのも大変そうだった。


「―――あれ…?」


なんとなく様子を見ていたが、あるものが見えてから目を背けた。
……犬の…耳?
二人の髪の毛からひょっこりと犬ような耳が出てきた…。え、何で?
確かに獣らしい先輩二人だが、まさか……なぁ?きっと見間違いだって。


「おい、小平太。耳出てんぞ。ちゃんと隠しとけって」
「おお!いけない、いけない…。って、虎徹も出てるぞ!」
「マジでか!やっべぇ、バレるとこだった!」


………アレェ!?今おかしな発言してなかったか!?
やっぱあの耳は見間違いじゃなく、本物の犬の耳なのか!?
何だ、お二人は犬だったのか!犬らしいではなく、本物の犬なのか!じゃあ納得だ。


「よし、帰ろう」


俺は何も見ていない、何も聞いてない。
呟いてその場から離れようとしたら、七松先輩とバッチリ目が合ってしまった。
七松先輩は手で耳を髪の毛の中にしまいながらジッと俺を見ている…!
七松先輩の様子に気づいた虎徹先輩も俺を見て、ニッと犬歯を見せて笑い、俺に近づいて来た!
うおおおおお!なんかヤバい!この展開はヤバイ!


「竹谷ァ…」
「っひ…!」


逃げようとするも、足が震えて逃げることができなかった。
そうしている間にも虎徹先輩が近づき、七松先輩が逃がさないように俺の頭を抑えつける。い、痛ェ…!ギリギリいってるから!


「な、なんでしょうか…?」
「見た?」
「見ただろ」
「見てませんし、聞いていませんし、知りません」
「へー、そう。じゃあ内緒にしておいてくれる?」
「勿論です!」
「何だ、やはり見たんじゃないか!」
「しまっ…!」


急いで口を抑えたけど、時すでに遅し。
二人の先輩は黒い笑顔を浮かべて、ポキッと拳を鳴らした。


「虎徹ー、どうする?」
「いくら可愛い後輩であってもこれを知られちまったらなぁ…」
「仕方ない、私に任せろ!」
「どうすんだよ」
「なぁに、一発殴って記憶飛ばすだけだ」
「いッ!?」
「まぁ…、一日ぐらいの記憶がなくても大丈夫だろう?もしかしたら三日ぐらいなくなってしまうかもしれないが、それはお前がどうにかしろ」
「そ、そんな無茶な…!」


まさに暴君だ!
っていうか、七松先輩に殴られたら記憶が飛ぶんじゃなく、首がぶっ飛びそうなんですけど!
助けを求めるように虎徹先輩に目を向けるも、先輩はニヤニヤと笑っているだけ。


「虎徹先輩ぃいいいい!」
「見たお前が悪い。それよりしっかり歯ぁ食いしばっとけよー」
「竹谷」
「(もうマジ無理!死ぬかもしれねぇ…!)」
「死ぬな」


ニコッ!と笑う七松先輩が力を込めた拳で俺に殴りかかった。


「―――夢かッ!夢オチか!夢オチでよかった!」


そこで目が覚めた。
そう、今さっきのは夢だ。いや、悪夢だった。
布団を跳ね飛ばして身体を起こし、汗を拭う。やっべ、めっちゃ汗出てる…。そりゃあそうだ、悪夢だったんだからな。


「まぁ、夢でよかった…。にしても意味わかんねぇ夢だったな…」


ありそうでない夢だったから、少しの間布団の上に座ったまま考えた。
あれは夢だよな?実際人間に犬の耳が生えるなんて聞いたことねぇし…。
それに俺、虎徹先輩の頭を洗ったことあるし…。なかった……よな…?


「と、とにかくあれは夢だ!ちょっと顔洗ってこよう…」


いつもの起きる時間にしては少し早い気がするが、もう目が覚めてしまった。…というより、もう寝たくない。あの続きを見そうで怖い。
大体、疲れを癒すはずの睡眠で何でこんなにも体力を奪われないといけねぇんだよ…。


「お、竹谷!珍しく早いじゃねぇか」
「どうだ、私たちと一緒に鍛錬するか?」
「バッカ小平太。俺ら今終わったとこだろ」


ギャアアアア!


「ほら竹谷を見ろよ。めっちゃ引いてんぞ」
「だってまだ動き足りないぞ」
「一日が始まったばっかなのに何で全部の体力使おうとしてんだよ!いいから顔洗おうぜ。汗臭いままで戻ったら仙蔵がうっせぇからな」
「仙蔵って細かいよなー」
「で、竹谷はいつまで固まってんだ?」


デジャブ!デジャブった!
お二人とも頭巾と上の服を脱いでて、これから井戸へ向かおうとしている。
きっと頭から水をかぶって、首を振って水を切るだろう。そして………。


「え、なに?俺の頭になんかついてる?」
「………虎徹先輩、七松先輩。失礼を承知をお伺いします。お二人の耳はどこにありますか?」
「は?いや、ここだけど?」
「あはは、竹谷は面白いこと聞くなー!」


そう言って自分と変わらない場所にある耳を差す虎徹先輩。
七松先輩も両耳を引っ張って教えてくれた。
よかった…、お二人とも人間だった。ははっ、だよな、犬なわけねぇよな!


「まだ寝ぼけてんのか?なら部屋帰れよー」
「虎徹、今日の朝飯何かな?私肉食べたい!」
「お前いつもじゃん…」
「あ、では俺はこれで…。失礼なことを聞いてすみませんでした」
「おう、じゃあまた委員会でな!」
「虎徹ー、猪食べたーい!」
「自分で狩ってこいよ!俺に頼るな!」
「だって虎徹が口笛で呼んだほうが早いじゃん」
「お前が狩ってきたほうが早いっつーの。つーか素手で猪倒すってなんなの?お前本当に人間なの?」


虎徹先輩と七松先輩は井戸へと向かい、俺は部屋へと戻ろうとした。
犬じゃないことが解って何だか安心したわ…。
欠伸をして視界の端っこで二人の背中を見たら、変なものが見えて、慌てて振り返った。


「当たり前だろー!それを言うなら虎徹こそ本当に人間か?」
「どういう意味だよそれ!どっからどう見ても俺は人間だろ!お前に言われるとショックだわ!」


………ない…よな?


「い、いや…。気のせいだ気のせい。ははっ、まだ寝ぼけてんだな、俺」


よし、寝よう!
最近睡眠不足だから変なもの見るんだ!そうだ、きっとそうだ!


「虎徹先輩と七松先輩に犬の尻尾が生えてるなんて夢じゃあるまい!」


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