夢/とある獣の生活 | ナノ

求む忠犬の段


「あ、虎徹。もう起きて大丈夫なの?」
「おうよ。熱も下がったし、傷も大分落ちついた」


いつものように笑って見せると、薬を持ってきた伊作はニコリと笑って虎徹の隣に腰を落とした。
虎徹の寝間着の下には血が滲んでいる包帯が露わになっており、それを見た伊作は躊躇することなく寝間着をはぐ。


「いやーん」
「はいはい、冗談言える元気が戻ってなにより」
「つまんねーなぁ…」
「まだ完全に塞がってないけど、虎徹なら大丈夫だろうね。肩のほうもなんとかって感じ…」


腹部も肩も真っ赤に腫れている。触ると痛むようで、表情を歪めたが、悲鳴をあげるほどじゃない。
傷口に薬を塗りつけ、真新しい包帯に変えてもらって苦い薬を渡される。
飲みたくないと拒絶しても、黒い笑顔を浮かべている伊作があまりにも怖かったので無理やり喉に通した。


「うえええ…。最悪…」
「良薬は苦いものなの。このおかげで熱も下がったんだよ」
「下がるのに三日かかったけどな」


苦笑して寝間着を着ると、隣の伊作は少し真剣な顔になった。
その理由が虎徹には解っていた。


「虎徹、解ってると思うけど……」
「うん、竹谷だろ?ちゃんと話すさ。あいつ勘違いしてるみてぇだし」


虎徹がケガと熱で苦しんでいる間、虎徹の看病を買って出たのは後輩の八左ヱ門。
虎徹を刺した責任から、自分の身を削ってまで看病していたのを知っている虎徹は頭をポリポリとかいた。


「伊作ー…」
「どうした?」
「俺って情けねぇよなぁ…」
「そうだね、隠すならちゃんと隠せって感じ。詰めが甘過ぎ」
「……伊作ってさ、温厚な性格の割りに結構ズバッと言うよな…」
「だって本当のことだろ。虎徹のせいで竹谷すっごく苦しんでるよ。大好きな後輩傷つけてどうすんのさ」
「うう、すみません…」
「しかも熱まで出しやがって…」
「うっわ、口悪いなぁ伊作…」
「ともかく。もう熱も下がったし、お腹も肩も痛くないんだからしっかり慰めてあげなよ」
「はーい。じゃあ悪いけど呼んできてくれ」
「はいはい」


普段は虎徹が伊作の面倒を見たりするのだが、こういったときには立ち場が逆転する。
慣れた様子で虎徹の周囲を片付け、部屋を後にした伊作。
静かになった部屋を見渡し、隣に敷いてある布団をジッと見つめる。
八左ヱ門は横になることなくそこに座り、ずっと自分を看病していた。
虎徹が唸り声をあげれば心配そうに様子を見る。
水を欲しがる仕草をすればすぐに用意した。
包帯だって変えてくれたし、薬だって飲ませてくれた。


「迷惑かけちまったなぁ…」


八左ヱ門が後悔しているように、虎徹も後悔していた。
あのとき、陣に戻らずさっさと退却していればこんなことにならなかったはずだ。
ミナトをさっさと帰らせていれば気づかれなかった。
どれもこれも自分のせいだ。
頭を抱えて溜息を吐くと、外に人の気配を感じた。
病み上がりのせいで近くまで来ないと気づくことができなかった。


「…何してんだ竹谷」


入って来ると思って待っていたのだが、いつまで経っても八左ヱ門は中に入ろうとせず、廊下にずっと立っていた。
呆れて声をかけると、「あ…」という戸惑いの声が届く。
それでも入って来ないので虎徹がゆっくりと立ちあがり、戸に近づく。
歩くたびに傷口が痛んだが、前ほどではなかった。
肩にかけていた羽織りが落ちたが、拾う力もないので無視して戸を開ける。
目の前には自分より背の高い後輩が、身体を縮こませて立っていた。


「お、起きて大丈夫なんですか…!?」
「痛いに決まってんだろ。でもお前が入って来ねぇからわざわざ開けてやったんだ」
「…す、すみません…」


眉間にシワを寄せ、腕を組んで戸に寄りかかりながら言ってやると、八左ヱ門は歯を食いしばった。
まるで泣きそうな八左ヱ門に虎徹は溜息をついて、「八左ヱ門」と珍しく下の名前で呼んだ。


「見ての通り俺は立っとくのが辛い。だから早く中に入ってくれないか?」
「あ、……俺…廊下で…」
「あー…もー…。お前って奴はよぉ…!」


頭を抱えると八左ヱ門の身体がビクリと震えあがった。
八左ヱ門が自分と話したくないのは解っている。だけど自分は八左ヱ門に伝えないといけないことがある。お礼だって言いたい。


「いいから入れ。これ命令な」
「……」
「返事は?」
「…はい…」


力が入らない足取りで布団に戻り、息をつく。
八左ヱ門は入る前に頭を下げ、「失礼します」と言って中に入る。
すぐに戸を閉め、虎徹が落とした羽織りを拾って虎徹から少し離れた位置に正座して座る。
起き上がっていると背中が寒く、「寒い」と言うとおずおずとした様子で近づき、背中に羽織りをかけてくれた。
再び離れようとする八左ヱ門の腕を掴んで、ジッと見つめると八左ヱ門は逃げようと抵抗する。
普段なら逃がすことはないが、病み上がりのせいで力が入らず、スルリと抜けてしまった。
自分がここまで弱っているなんて思ってなかった虎徹は驚いて自分の手を見る。
だけどすぐに八左ヱ門に視線を戻し、歯向かうことを許さないかのような声で「座れ」と言い放つ。
条件反射で虎徹の布団のすぐ隣に腰を落とし、姿勢を正すと虎徹は若干笑みを浮かべた。


「八左ヱ門、ありがとうな」
「―――え…?」
「看病してくれてありがとうな。お前のおかげで辛かったけど、全然辛くなかった。安心して寝れたよ」


普段は常に周囲を警戒していた。意識しているわけではないが、無意識的に警戒し、深く眠ることができない。
だけど今回は違った。ケガや熱があったのもあるが、八左ヱ門がこの部屋にいると思うと安心して眠ることができたのだ。


「薬を飲まされるときはイヤだったけどな」
「……して、当たり前ですよ…ッ。だって俺、虎徹先輩を―――」


ケタケタと笑っていたが、八左ヱ門の言葉に笑うのを止め、真剣な顔を向ける。
小平太に言われた言葉をずっと考えていた。
だけど自分では答えを見つけることができなかった。


「(小平太は言葉不足だからなぁ…)」
「虎徹先輩、本当に申し訳ありませんでした…!」


額を畳みにつけ、謝る八左ヱ門。
静まる室内。頭をあげようとしない八左ヱ門と、訝(いぶか)しげな表情を浮かべる虎徹。
力が入らない手で八左ヱ門の後頭部を叩き、怒りを込めた声で「頭あげろ」と言った。


「最初に言っておくぞ。俺はそもそもお前に対して怒ってねぇ」
「…だ、……え…?」
「俺とお前が会ったのは戦場。戦場ならこういったことがあってもおかしくねぇ。お前はお前の忍務を全うしただけ。違うか?」
「……あの「違うのか?」……いえ、その通りです」


頭をあげた八左ヱ門は再び姿勢を伸ばして真っ直ぐと虎徹を見る。
虎徹も真剣な顔で八左ヱ門を見て、罪悪感が残らないよう、ゆっくりと自分の気持ちを語り出した。


「あのときお前は自分の忍務を全うしようと俺を殺しに来た。それでいいんだ。だけど俺がダメだった…。さっさと逃げればいいのに、お前とやりあうことになっちまってさぁ…。しかもお前の後ろにいた兵の存在に気づくもの遅くてこのざま…。マジで情けねぇよなぁ…!」
「そんなことありません!あのときは俺が……俺のせいで意識を飛ばしかけてたし…」
「それでも俺のせいだろ?忍務中なのに意識飛ばしてどうすんだよって感じ。ともかくお前が気にするようなことは何もねぇ」
「ですがッ…」


虎徹は気にするなと優しい言葉をかけてくれるが、八左ヱ門は納得できなかった。
忍務を全うするとはいえ、尊敬する虎徹に手をかけたことがショックなのだ。
いくら虎徹が声をかけても、八左ヱ門は顔をあげようとしない。
そんな八左ヱ門を見て、虎徹は次第に苛立ってきた。


「だからァ!気にすんなって言ってんの!」
「でも!」
「あーッ、うっぜェえええ!俺、ただの忠犬なんていらねぇんだよ!俺が欲しいのは忠実だけどちゃんと自分の意思を持ってるしっかりした犬!俺に依存しちゃったらダメなの!ちゃんと自分で考え、何がダメで何がいいか解る犬が欲しいの!気にするなって言ってんだから気にするなよ!それでもお前がそんなに負い目を感じてんなら、俺が完治するまでしっかり介護しやがれ!」


言い切ると同時に酸素を吸い込む。
落ちた体力で長い台詞を言うのはさすがに辛かった。
痛む腹部に手を添えながらゲッソリとした顔で呼吸を整えていると、隣から鼻をすする音が聞こえたので八左ヱ門を見ないようにして、息をつく。


「終わったこと悔いても意味ねぇだろ」
「…ッハイ…!」
「つーか病人の前で辛気臭ぇ顔すんなよ。気分が滅入る」
「す、すみません…!」
「で、これからどうすんの?」


膝を立て、ニッと笑って八左ヱ門を見ると、涙を浮かべながら笑っていた。


「喜んでお世話させて頂きますッ!」
「おう、頼んだ!」


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