その理由の段 「まったく!なんで君は小平太と虎徹に続いていつもケガをするんだい?薬だってタダじゃないんだよ!?」 「す、すみません善法寺先輩…」 夜の保健室に、保健委員長の声が響き渡る。 普段は温厚で優しい伊作だが、ケガとなれば顔つきが変わる。 大人しく治療されながら苦笑いし、ぐちぐちと怒る伊作に何度も「すみません」と謝った。 「とも言ってられない状況だけどね…。まあ多少肉がえぐられたけど、神経は大丈夫そうだね。痛いけど動かせるでしょ?」 「あ、はい。大丈夫っす」 「油断大敵。明日から毎日顔を出すように。それと無理は絶対にダメだからね!」 「わ、解りました…」 「じゃあ治療は終わったから一年生だけ残ってあとは帰って」 八左ヱ門と伊作の横には元気のない虎若と三治郎が大人しく俯いて座っていた。 「で、でも…」 「虎徹がちゃんと説明するから。大丈夫、あいつは後輩バカだよ?責めたりしない」 「虎徹先輩がそんなことするとは思っていませんが……」 虎徹と伊作は同学年で同じ組。 八左ヱ門が知る以上に虎徹のことを理解している人物。 笑顔で「大丈夫」と言う伊作の言葉を信じ、「じゃあ」と立ちあがる。 後ろで八左ヱ門の治療を待っていた雷蔵と三郎も一緒に立ちあがった。 「あとはお任せします。三郎、雷蔵。付き合わせて悪かったな」 「改めてあの人が人間じゃないって実感したよ」 「コラ三郎!善法寺先輩、失礼します。おやすみなさい」 「ありがとうございました!」 「うん、おやすみ」 パタンと障子が閉まる音がして、伊作は包帯や消毒液を片付け、救急箱を元にあった場所へと戻す。 「……さて…」 虎若、三治郎の前に座って二人の名前を呼ぶ。 「善法寺先輩は国泰寺先輩と同じ組ですよね…」 「え?あ、うん、そうだけど?」 素直に答えると二人はようやく顔をあげ、眉を寄せて伊作に詰め寄った。 突然の勢いに伊作が一瞬たじろぐ。 「じゃああの狼をどっかにやってください!あんな危険なの、何で忍術学園で飼育してるんですか!」 「それにあいつのこと褒めてたし…。最低です…!」 「そういう事情は後ろの人に直接言ってくれる?」 「「っ!?」」 苦笑しながら障子の向こうに立つ影を指さす。 二人の肩はビクッ!と震え、恐る恐る視線を向けると、虎徹が中に入ってきた。 「じゃあ虎徹、僕は部屋に帰るね。ちゃんと灯り消しといてよ」 「………ありがとう、伊作。本当に助かった…」 「明日から君の真面目な姿が見れると思うと楽しみだよ。おやすみ」 「おやすみ」 虎徹とは入れ換わるように伊作が保健室を出て行き、虎徹は静かに二人の前に座る。 静寂が保健室を包み込み、虎若と三治郎の身体に緊張が走る。 言いたいことがあるけど、今の虎徹は少し怖い気がして喋れない。 あんなに優しい先輩でも、やはり六年生なんだと実感してしまった。 「…まずは俺の話を聞いてくれるか?」 最初に口を開いたのは虎徹だった。 二人は顔を見合わせ、俯いてコクリと頷く。 「あの山犬はな人間に親を殺されたんだ。殺されたあと虐待され、瀕死にもなったらしい。運よく逃げることができたが、それ以来人間が嫌いになって、人間を襲うようになった。人間の肉を好む山犬となったんだ」 「っじゃあ何でそんな危険な犬がここにいるんですか!」 いくらそんな暗い過去があろうと、危険であるには違いない。 虎若がそう言うも、虎徹は「あいつは忍犬だよ」と受け流す。 「あれが…?ただの人食い狼じゃないですか!」 「だからだよ。忍犬は伝令だけが全てじゃない。焙烙火矢を持って敵陣に向かわせたり、撹乱の為に使ったり、そして人を襲う犬もいる。不思議じゃないだろう?」 「でもっ……!」 虎徹の言葉に三治郎は言葉をつまらせ、虎若もグッと拳を握りしめた。 「まあ…過去を利用してそういう風に育てたのは俺だし、俺の言うことしかきかない危険な狼だけど、人間のせいで親を失って人間の身勝手で殺すなんて理不尽じゃないか?じゃあ…、酷かもしれないし、俺の自分勝手な考えだけど、せめてあいつにしかできなことをさせてやろうって思ったんだ。殺すなんて俺にはできない。動物と俺の命は平等だからな。俺の言いたいこと解るか?」 「「…」」 あの狼は人間を憎むことしかできなくなった。 だからと言って殺すのは身勝手すぎる。元々は人間が原因なのだから。 ならば、と。人間を殺してもいい忍犬として育てることにした。 二人は虎徹の言葉がなんとなくしか解らなかった。でも、言いたいことだけは解った。 「竹谷には完治するまでゆっくり休んでもらうつもりだ。明日から俺が二倍働くし、助ける」 今日の委員会のときのように二人の頭をグリグリと撫でる。 「お前達を危険な目に合わせたのも俺だな…。ちゃんと説明すればよかった。ごめんな?」 「………俺たちも…勝手な行動してすみませんでした…」 「ごめんなさい…」 「ははっ、虎若と三治郎は素直でいい子だな。大丈夫、気にしてないよ」 そこでようやく緊張の糸が切れた。 「じゃあもう夜も遅いし部屋に帰りな」 「はいっ」 「おやすみなさい、虎徹先輩」 「おやすみ、虎若、三治郎」 二人を先に帰らせ、火を消そうと立ちあがったとき、再び足音が戻ってきた。 「虎徹先輩、俺たちも明日から頑張ります!」 「それと、動物の扱い方教えて下さいねっ」 前向きな二人の言葉に、虎徹は笑みをこぼして「ああ」と答えた。 ( TOPへ △ | ▽ ) |