夢/とある獣の生活 | ナノ

治療と、の段


!注意!
これから先、流血表現があります。
シリアスというより、ただケガしてるだけの展開です。
苦手な方は絶対に進まないように。最後はいつもみたいになると思いますが。





「善法寺先輩!」


学園に戻ったのは夜遅く、下級生たちは寝静まっていた。
上級生である伊作もそろそろ寝ようとしたのだが、騒々しく走って来る三人組みを見て血相を変えた。
雷蔵の背中には同級生の虎徹が、死んでるんじゃないかと思うぐらい静かに意識を失っている。


「不破は虎徹を連れて保健室へ!僕もすぐ行くから鉢屋と竹谷は他の六年生を連れて来て!」


いつかの、八左ヱ門がケガをしたときのことを思い出した伊作は声を荒げながらも冷静に指示を出した。
腕をまくり紐で縛る。丁度持っていた桶に井戸水を汲んで、保健室へと走り出す。
いつもだったら転んだり、ぶつかったりするのだが、今日だけは何も起こらなかった。


「腹部と背中……肩だね…」


傷口は雷蔵によって止血されているものの、大量に血が溢れていた。特に腹部からの出血が酷い。
布で傷口を力強く抑えて止血すると、虎徹の表情が歪む。死んでないんだと確認した伊作はホッと息をつき、すぐに顔を引き締めた。


「命に別状はない…。あとは血が止まるだけ、か…」
「僕にできることはありますか?」


隣で大人しくしていた雷蔵が話しかけると、伊作は額を汗で滲ませたまま口元を緩ませた。


「大丈夫、特に問題はないよ。今はね…」
「今は…?」
「戦場でケガをしたんだろう?あそこは不衛生だから、なにかもらってきたかもしれない…」


傷口から細菌が入り、熱を出すかもしれない。もしかしたらそれが原因で命を落とすかもしれない。
現在のケガより、のちのことを考えて伊作は眉をしかめた。


「すみません、途中で傷口を洗えばよかったです…」
「いや、いいよ。これから様子見ればいいことだし、何より虎徹が病気とかケガで死ぬわけないでしょ」


ケラケラと笑い、傷口から手を離す。伊作の手も布も真っ赤に染まっており、顔につかないよう腕で額の汗を拭った。
それから消毒、手当てを行い始めると、廊下が騒がしくなり、六年生全員が保健室へと集合した。
その後ろには三郎と八左ヱ門。


「何だ、平気そうだな」
「ごめんね、仙蔵。思ったより大したことじゃなかったんだよ」
「でも凄い量だぞ…。大丈夫か?」
「平気平気。血の気が多いの知ってるでしょ?ね、留さん?」
「まぁな。でも油断は禁物だぜ」
「…何かあれば私たちも力になろう」
「叩き起こせっていうなら私に任せろ!」
「そ、それだけは遠慮するよ、でもありがとう小平太」


グルグルと腕を回す小平太に、伊作は苦笑する。
伊作も「大丈夫」だと言うし、他の六年生も心配していない。
きっと虎徹は助かると雷蔵、三郎も安堵の息を吐いたのだが、虎徹を刺した八左ヱ門だけは未だに表情が暗い。
留三郎と伊作だけ残し、他の六年生は部屋へと戻って行き、代わりに三郎が中に入る。八左ヱ門は足に木の根っこが生えているみたいに微動だにしなかった。


「八左ヱ門、お前もこっち来い」


三郎が中から八左ヱ門を呼んだが、彼は反応しない。
事情を知らない伊作と留三郎が雷蔵に事の成り行きを聞くも、彼らも最後のほうしか知らない。
だけど「八左ヱ門が虎徹を刺した」という事実は知っている。


「ああ、それで竹谷の奴暗い顔してんのか」
「魂がどっかに飛んじゃってるみたいだね」
「虎徹がそれぐらいのことで怒るかよ」


留三郎が呆れるように吐き捨てると、それまで反応すら示さなかった八左ヱ門の肩がピクリと揺れた。


「それ、ぐらい…?」


ゆっくりを顔をあげ、一歩ずつ留三郎へと近づく。
目は真っ赤に腫れ、涙の跡も残っている。


「それぐらい、だと仰いましたか…?」


徐々に力を込めて喋り出し、枯れていた涙も再び湧いて流れた。
感情が高ぶるあまり、口元をヒクつかさせながら笑う。楽しいわけではないのに口元だけが何故か笑っている。


「俺がッ!俺が虎徹先輩をそんな目に合わせてしまったんですよ!?大丈夫だと善法寺先輩は仰いましたが、疫病にかかってしまい、亡くなっ…っ…!亡くなってしまったら……俺ッ……!」


大好きな先輩を自分の手で殺した。
そんなこと考えるのも、言うのも苦痛だ。
拳を握りしめ、グッと歯を食いしばって涙を拭った。


「それがどうした」


しかし留三郎から返ってきた言葉は酷く冷たいものだった。
一瞬にしてピリッとした空気が張り詰め、雷蔵も三郎も気配を殺して俯く。
伊作は変わらず虎徹の手当てをしている。


「お前と虎徹が出会ったのは戦場だ。しかも敵同士。なら、こうなってもおかしくないだろう」
「ですがッ!俺と虎徹先輩は「戦場に身内は関係ねぇだろ。それに、これは虎徹が望んでることだ。お前も忍たま…上級生なら割りきれ。それでもモヤモヤするなら治療手伝うか、お前の布団持ってきてずっと看病しやがれ」
「あ、竹谷が看病してくれるなら虎徹を部屋に戻していいよ。虎徹一人部屋だしそっちのほうがいいだろ?」


留三郎の鋭い目と、伊作の優しい目。
八左ヱ門は俯いて何粒か涙を落したあと、何を言うこともなく背中を向けて保健室から出て行った。


「では私と雷蔵も報告がまだなので失礼します」
「あ、わざわざありがとうね」
「すまねぇな。目覚めたらちゃんと謝りに行かすからよ」
「いえ…。……あの、食満先輩」


雷蔵と三郎も立ちあがり、頭を下げてから保健室の戸に手をかける。
三郎が出て雷蔵も出ようとしたが、雷蔵だけ振り返って留三郎に目を向けた。
珍しく少し怒っているような表情を浮かべている雷蔵に、留三郎は苦笑い。


「八左ヱ門は虎徹先輩を慕っています。二人に近づこうとしたら僕たちだって気づかないほど動揺して、武器を向けてきたほどです」
「……悪い、言いすぎた。言い方も悪かったよ…」
「…いえ、出過ぎた発言すみません」
「雷蔵」
「あ、うん。では失礼します」
「失礼します」


雷蔵と三郎が出ると、留三郎は苦笑のまま伊作に顔を向けると伊作も苦笑いを浮かべていた。


「さすが五年生。絆が強いね」
「俺たち六年にはない絆だな。これも全部お前のせいだ」
「あ、ちょっと留三郎!虎徹は今怪我人なんだから叩かないで!治ったら僕の分まで叩いていいから」
「よーし、任せろ!思いっきりぶん殴ってやる!」


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