夢/とある獣の生活 | ナノ

過ちの段


!注意!
これから先、流血・暴力表現があります。
シリアスというより、ただケガしてるだけの展開です。
苦手な方は絶対に進まないように。最後はいつもみたいになると思いますが。





「じゃあ、行ってくる。悪いけど委員会は任せた」
「はい!」


月が一番高い位置にくるころ、虎徹は黒い忍び装束を身にまとい、寝間着姿の八左ヱ門に別れを告げた。
虎徹は今から戦場へと向かう。
戦忍びになりたい虎徹は時間がある限り戦場へと足を運んでいるのだが、そのせいでケガをよく負う。
ケガをしてほしくないから行ってほしくないのが本音だが、虎徹がそれを望んでいるのだから何も言わず、虎徹に言われた通り委員会の仕事を全て引き受ける。止めることをしない。
前に「約束」をしたから死ぬなんてことはない。解っているのだが、戦場では何があるか解らない。


「虎徹先輩を信じよう…」


今日も笑って学園をあとにした虎徹。
その顔を忘れないよう目を瞑り、何度も心で自分を説得して、自室へと向かう。
部屋に入ると虎徹が自室で飼っている犬や猫が八左ヱ門に寄りついてきた。


「よし、寝るか!」


猫と犬に囲まれ、八左ヱ門も眠りに落ちた。

それから三日後。
八左ヱ門、三郎、雷蔵のろ組みは忍務でとある戦場へと来ていた。
忍務内容は敵である西陣の撹乱、もしくは全滅。
五年ともなればこれぐらい当たり前の忍務で、三人も慣れた様子で敵陣を視察していた。
木に登って戦場を見ているのは雷蔵。その下の枝の上に三郎が目を細めて戦況を読んでいる。
八左ヱ門は木の下で準備運動をしながら三郎からの指示を待っていた。


「どうだ雷蔵」
「戦場では西のほうが押され始めてるよ。陣も乱れ出した」
「そろそろだな。八左ヱ門、乱れに乗じて西陣を潰せ。お前なら簡単だろう?」
「お前じゃなく、お前らな」


最後にグッと身体を伸ばして西陣を睨みつける。
八左ヱ門の横には山犬やイヌワシと言った肉食系の獣が寄り添っていた。
虎徹とまではいかないが、八左ヱ門も忍術学園の中では相当の獣使いだ。
準備万端の八左ヱ門を見た三郎が一言、「行け」と言うと八左ヱ門と獣たちは地を蹴って西陣へと向かう。


「雷蔵、私たちは戦場へ行くぞ」
「うん、解った!」


八左ヱ門とは反対方向に走り出す二人だが、三郎は目の端で何かを捕えて足を止めた。


「どうした三郎?」
「いや………何でもない…」


戦場近くでは砂埃が舞い上がっているので視界が悪く、それを確認しようとしたときには既にいなくなっていた。
再び前を向いて口布をあて、雷蔵と一緒に戦場へと向かった。


「ぐあっ!」
「ぎゃッ」


人間が倒れる音は鈍く、そして脆い。
苦無についた血を振り切って、息をつくのは返り血を大量に浴びた八左ヱ門。
戦況が危なくなった西陣は混乱しており、自分が侵入しても全く気付かれなかった。
山犬たちと一緒に陣内を全滅させ、忍務はアッサリ終了。
雷蔵、三郎たちと合流しようと幕を出た瞬間、凄まじい殺気に襲われ、苦無を構えた。


「―――消えた…?」


だが、殺気はすぐに消えた。
不思議に思ったが、ここは戦場。その場に留まっておくのは危険なので、急いで二人の元へと向かう。
山犬とイヌワシは先に山に帰して、流れ弾などに気をつけながら戦場をかける。


「いたっ…!あいつだ…!」


砂埃の向こうに、一人の忍びがいた。
その忍びを見てすぐに解った。先ほどの殺気はこいつからだと。
刀を使って東陣の兵士と交戦中で、自分には気づいていない。


「(あいつはヤバい…)」


その忍びは自分たちの存在に気づいている。だから殺気を飛ばしてきた。
もし、前のように目をつけられ、再び追いかけられることになれば、次は自分たちだけではなく学園も危険にさらされる。
だからと言って殺せるかと言われると何とも答えられない。
でも今は他の敵に集中している。隙をつけば殺せるはず。
手に握っていた苦無を握りしめ、気配を極限まで消して後ろから近づく。
危険人物は消す。
八左ヱ門の本能かもしれないが、「殺せ」と脳が命令しているので身体を動かした。


「(今だッ!)」


兵士を避けながら近づき、苦無先を忍びに向ける。
忍びは敵を斬り殺し、八左ヱ門の気配に気づいて振り返った。
避けられる!と思ったが、身体はもう止まりそうにない。
勢いよく苦無を下から心臓めがけて突き刺す。
だが、忍びは無理やり体勢を変えた。刺さったのは心臓ではなく右腹部。
勢いよく刺したおかげで、苦無が腹部の奥まで刺さったのに、忍びは声を一切もらさなかった。
もう既に意識を飛ばしたのかと思い、八左ヱ門が顔を確認しようとした瞬間、両肩を掴まれた。


「しまっ―――」


肉を切らせて骨を断つ。
己の身体を犠牲にして自分を捕まえたと思った八左ヱ門だったが、忍びは両肩を掴んで己の立ち位置と八左ヱ門の立ち位置を変えるだけだった。
意味の解らない行動だったが、次の瞬間忍びの背中から真っ赤な血が飛んできた。


「……え?」


忍びの後ろには兵士が一人、槍を持って立っていた。
忍びが立ち位置を変えていなければ、今頃八左ヱ門は死んでいたかもしれない。
まるでスローモーションのようにゆっくりと自分に倒れてくる忍びから離れる。
腹部を八左ヱ門に刺され、肩を兵士に槍で突かれ、血が大量に流れていた。
忍びを刺した先ほどの兵士はいつの間にか首から血を出して倒れていた。呆然としている間に忍びが殺したらしい。


「…助けてくれた?」


忍びの行動がよく解らなかった。
西陣から自分が出て来たのは知っているはず。そして忍びは西陣の戦忍び。言わば自分たちは敵同士だ。なのに助けた。
髪の毛が邪魔でよく顔が見えなかったが、息苦しそうだった。でも声は絶対に出さない。
忍びらしい。と思いながらも八左ヱ門はトドメを刺そうと苦無を再び握りしめる。


「羽音?」


西陣の大将が死んでいるのがようやく兵士たちにも伝わり、戦場は次第に静まり始めた。
その戦場に鳥の羽音が届く。
空を見上げると一羽の鷹。鷹は今から死ぬであろう忍びの横に降り立った。
見たことがある鷹だった。


「ミナ、ト…。え…、何で…」


鷹は考えているようにジッと忍びを見ている。
この鷹は虎徹が可愛がっているとても優秀な鷹だ。その鷹が何故ここへ?
疑問を抱くと同時に、恐ろしい答えが八左ヱ門の頭に浮かんだ。
一つの計算式ができあがり、一瞬にして答えが出ると、八左ヱ門の身体から血の気が引いていく。
ゆっくり、震える手で忍びの口布で手をかける。


「―――虎徹せん……っ…!」


口布を取り、髪の毛を避けると三日前に別れた虎徹が苦悶の表情を浮かべていた。もう、あの笑顔を思い出せない。
恐怖と罪悪感が一気に襲いかかり、力なく膝をつく。
先ほど自分がした行動を思い返し、さらに震えた。でも考えたくないから、自分が虎徹を刺したなんて思い出したくないから途中で考えるのを放棄する。
虎徹を見つめたまま何度も「虎徹先輩、虎徹先輩」と彼を呼び続ける八左ヱ門。
すると虎徹が重たそうに目を開け、八左ヱ門に手を伸ばす。八左ヱ門はすぐにその手を取った。


「虎徹先輩ッ!」
「せ、んじょ…で…安易に名前を呼ぶな…」
「虎徹先輩、虎徹せんっ…!俺、気づかなくて…!だって…、いるなんて、殺気が俺をっ…!」
「…はち…、無事で……よか、…た…」


うっすらと笑みを浮かべ、虎徹はそのまま目を閉じた。
見届けた八左ヱ門はハッキリと自分が虎徹を刺したことと、自分を庇って背中を槍で刺されたことを思い出した。


「ああああああああッ!!」


虎徹の手を握ったまま空へと向かって吠える八左ヱ門。
大好きな先輩を自分の手で殺めてしまったことが、八左ヱ門の精神を狂わせていく。
倒れている虎徹の上半身を起こし、抱きあげてその場から離れようとするのだが、力が抜けているから立てない。
早くしないと。と焦れば焦るほど身体は思うようには動いてくれず、その間にも虎徹の体温は徐々に下がっていく。
直にそれを感じている八左ヱ門は子供のように泣き始めた。
だが、誰かが近づけば獣のように牙を剥いて全力で殺気を飛ばしてくるので、誰も二人の傍に近づくことはできない。


「八左ヱ門、何してる!」


戦場がさらに静まり出したころ、血や砂で汚れた三郎と雷蔵がやって来た。
だが、ある一線を超えると八左ヱ門は二人を睨みつける。
「これ以上誰も近寄るな!」と威嚇する八左ヱ門だったが、三郎は舌打ちをしてズカズカと近づく。
苦無や手裏剣が飛んできても、彼は全て避けるか弾くかで全く当たらない。


「いい加減気づけ、バカ犬!」


虎徹の刀を手に取って斬りかかる八左ヱ門だったが、三郎は苦無で受け止め、反対の手で八左ヱ門の顔を思いっきり殴り飛ばした。
その間に雷蔵が虎徹に近づき応急手当を始める。
どういう状況なのか全く解らないが、今できる最善のことをする。普段は優柔不断だが、このときばかりは迷ったことはない。


「ここで威嚇して何になる!忍務を忘れるな。今すべきことを忘れるな!」
「―――っあ…!」
「雷蔵、国泰寺先輩を担げるか?」
「うん、平気だよ」


手当てをすませた雷蔵は軽々と虎徹を背負い、いつでも逃げれると言った顔を三郎に向ける。
三郎は黙って頷き、八左ヱ門に顔を向けた。


「私が先頭を走る。八左ヱ門はしんがりだ」
「俺が先輩を「今のハチじゃ無理だよ。大丈夫、ちゃんと学園まで連れて行くから」


ここから学園まではそれなりに近い。
二人は再び口布をあて、その場から離れる。
それに続いて八左ヱ門も離れようとしたが、地面に落ちていた真っ赤に汚れた苦無を見た瞬間、嘔吐感が襲いかかってきた。


「ガハッ…!」


戦場に漂う血の匂いが、全部虎徹の血の匂いに感じて再び目に涙が浮かぶ。
だけどすぐに袖で拭って二人のあとを追いかける。
追いかけている最中、何度も何度も虎徹を刺したことを思い出していた。


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