夢/とある獣の生活 | ナノ

帰巣本能の段


その日もいつもと変わらなかった。
伊作がドジを踏んで留三郎を巻きこみ、さらに俺も巻きこまれる。
今日もそんな感じで何回か不運に巻きこまれ、今日はもう大丈夫だろうと安心した夜に伊作と廊下の角で衝突した。
こいつ、本当に不運だな…。いや、ドジなだけか?


「ってぇ…!」
「ご、ごめんよぉ虎徹!」
「今日で何度―――っつう…!」
「虎徹?え、どうしたの!?」


衝突した際に、伊作が持っていた薬品を目に直接かけられ、目を開こうとするとチリチリと痛んだ。
目を閉じると痛みは納まるが、瞑っていても痛い。
目を抑えていると伊作に腕を掴まれ、井戸へと連れて行かれる。
六年生ともなれば例え目が見えなくても学園内を歩くことができる。しかも自分たちは忍者だ。気配で何があるか解る。
何に衝突することなく井戸へと連れて行かれた。


「痛いだろうけどしっかり目を洗ってくれる?」
「解った。けど、痛い…。お前何持ってたんだよ…」
「まぁ…色々と…。あ、でもまだ失明になることはないから大丈夫!危なかったね!」
「つーことは…。失明させるための薬でも作ろうとしてたわけか?」
「うっ…。いやぁ…便利かなぁって…」
「おまっ、そういう危ない薬は作るなって留三郎と約束しただろ!このことはお母さんに報告するからね!」
「それだけは止めて!母さん最近容赦ないんだから!」


冗談混じりに伊作と言い合いながら目をしっかり洗ったが、痛みはなかなか引かなかった。
特に目を開けようとすると鋭い痛みが走る…。
その場で包帯を巻いてもらい、何日かしたら治ると診断されたので伊作とはそこで別れた。
不便かもしれないが、まぁなんとかなるだろ。そんな軽い気持ちで部屋へと戻り、適当に布団を敷いて安静することにした。今日も一日疲れたなっと…。


「―――というわけだ」
「……」


昨晩のことを早朝鍛錬で出会った竹谷に話すと、竹谷は言葉を失っていた。
見えないから顔の表情は解らないけど、きっと驚いてる。こいつは大体雰囲気で解るんだよなー。顔にも出やすいし。
朝になっても目の痛みは引かず、寧ろ太陽の光りを浴びると痛んだ。
伊作に包帯を何重に巻いてもらってから鍛錬に励んでいたが、特に問題はない。


「あ、あの…。本当に大丈夫ですか?失明は…」
「しないってよ。ちょっと痛いけど、すぐに治るらしい」
「ですがもっとちゃんとした治療を受けたほうが…」
「心配性だなぁ、竹谷は。伊作が大丈夫って言うんだから大丈夫!」
「……。でしたら俺にお手伝いさせて下さい。目が見えなくて不便ですよね?」
「いや、いいよ。特に困ってねぇし」
「え?」
「六年間ここで生活してるわけだし、気配と匂いで解る」


忍たまと言えど最上級生ですよ?どこに何があるかなんて覚えてるっつーの。
俺、気配とかにも敏感だし、匂いとかでも誰がいるかなんて解る。
そう言うと目の前にいるはずであろう竹谷は言葉を再び失っていた。
驚いてるのが雰囲気とか空気で解った。あと多分、心の中では「人間じゃねぇ」って思ってるよ、こいつ。残念、人間様ですぅ!


「つーわけで、今日の委員会任せた!」
「あ…はい…。治療に専念して下さい」


目に包帯を巻いてる虎徹先輩は爽やかに笑って長屋へと戻って行った。
さすが上級生と言っただけあり、石につまづくことも、廊下で足を打つこともせず真っ直ぐ問題なく歩いている。
目が見えないのって結構不便だったりするのに、虎徹先輩はいつもと変わらない…。
さすがだな!って思う反面、「あの人は本当に人間なんだろうか」と疑問を抱いてしまう…。
匂いで解るってどういう意味だろうか…。確かに虎徹先輩は匂いにも気配にも敏感だ。だからって目が見えなくなったのとは関係あるんだろうか…。
軽く身体を動かしながら色々と考えたが、「まあ虎徹先輩だし」という結論を出し、長屋へと戻る。


「おっす、雷蔵、三郎」
「おはよう、八左ヱ門。今日も鍛錬?」
「おはよう、八左ヱ門。今日も鍛錬?」
「三郎…、朝っぱらから雷蔵の真似するなよ…」


同じ顔、同じ声、同じ仕草で挨拶してきたので、溜息を吐きながら言ってやると、片方がニヤリと笑った。
三郎は基本的に俺たち五年の前だとあまり変装したり、雷蔵の真似をしたりしない。
だから時々こうやって真似をされると見分けがつかなくなる…。いや、大体解るけど、ややこしいので止めてほしい。
二人と一緒に食堂へ向かい、授業の準備をして教室で朝のことを喋ると、二人…特に三郎は驚いた顔をした。
雷蔵はあまり驚いてはいない。「さすがだねー」と言った様子でのほほんと笑っている。


「何であの先輩は人間に生まれてしまったんだろうな」
「俺もそう思った。目が見なくなったら絶対不便だよな」
「でも虎徹先輩なら心眼とかで見そうじゃない?」
「それは…あまり冗談に聞こえないな、雷蔵」
「つーか現に心眼で―――」
「どうした、八左ヱ門」
「忘れ物でもした?」


二人と喋っている途中だったが、何かが耳に届いた。…気がした。
周囲を見ても雷蔵と三郎、同級生しかいない。でも確かに聞こえた。


「虎徹先輩が呼んでる…」
「「は?」」


周囲を探りながら立ちあがり、耳に神経を集中させるとやっぱり聞こえた。俺の名前を呼んでいる。
急いで窓に近づき、探すと虎徹先輩がいた。
遠く離れた場所で食満先輩と善法寺先輩と喋っている。


「虎徹先輩だね」
「八左ヱ門、お前も人間止めたな…」
「え?」


虎徹先輩は俺を呼んでるんじゃなく、食満先輩たちと俺のことを話しているだけだった。
いや、会話内容は聞こえなかったが、こっちを見ていないのでそうだと俺が思った。


「何であんなに遠くに離れてるのに聞こえてんだよ」
「聞こえたっつーかさ…。なんかこう……虎徹先輩がいるってことを感じた?どこに行けばいい会えるかとか最近解るんだ」
「うーん、帰巣本能ってこと?」
「いや、俺人間だし」
「お前ももう人間ではないよ」


三郎にはそう言われたが、俺はそれを否定した。
いや、感じるのぐらい誰だってできるわけじゃん?


「まあ、国泰寺先輩限定だな」
「だね…。僕には解らないなぁ」


驚いているような、呆れているような二人の顔を見て、ちょっと嬉しくなった。
虎徹先輩は嫌いじゃないし、できるだけ傍にいたい。
それに、虎徹先輩がどこにいるか気配で解るなんて凄くないか?だって相手は六年生、しかも獣って言われてる人だぜ?
そう言うと三郎は呆れるような溜息をついて背中を向けた。雷蔵も苦笑して背中を向け、今日も授業が始まった。


「犬だな」
「犬だったね。もう最近そうとしか見れなくなったよ…」
「大丈夫だ雷蔵。私もそうとしか見れない。きっと国泰寺先輩もそう思っているだろう」
「でも、犬だと自覚してないのがちょっと厄介だね」
「なに、そこらへんは国泰寺先輩がどうにかするだろ」
「調教うまそうだもんね」
「同級生がどんどん人間離れしていくのを見るのは辛いよ」
「三郎、そう思うんなら笑うんじゃなくて、悲しめ」
「ああ、間違えた」


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