風邪引きの段 「おーい、らいぞー」 「虎徹先輩?どうかしましたか?」 委員会を始める前に、八左ヱ門に今日の委員会の活動を確認しようとする虎徹だったが、朝から八左ヱ門の姿を見ていない。 いくら探しても学園にはおらず、困って食堂に向かっていると丁度八左ヱ門と同じ組みの雷蔵を見かけ、声をかけた。 委員会中なのか、本をたくさん積み重ねて持っており、落とさないよう早歩きで虎徹へと近づいてくる。 大した用ではないので「走らなくていいよ」と言うも、彼には聞こえていなかった。 「どうかしましたか?」 「ん、走って来てもらって何だけど、大した用じゃねぇんだ。竹谷知らね?」 会話しながら雷蔵から積み重なっている本を何冊か取って、図書室へと歩き出す。 雷蔵が遠慮するように止めるが虎徹は笑うだけ。 虎徹にとって、委員会は違えど雷蔵は可愛い後輩だ。きっと手伝わなくても大丈夫なのだが、ついつい手を出してしまう。 「虎徹先輩には言ってなかったんですね」 「は?どういうこと?」 「八左ヱ門、昨日の晩から熱出して寝込んでるんです」 珍しいですよね。と付け加え、雷蔵は苦笑いを浮かべた。 言い方は悪いが八左ヱ門は体力バカだ。冬でも厚着せず雪で遊ぶほど。 そんな彼が風邪を引くなんて珍しいことだった。 咳や嘔吐などの症状はないが、高熱が昨晩から続いているらしい。 心配そうな雷蔵を見て、虎徹は真顔になって何かを考えている。 「すみません、虎徹先輩。ここまでで大丈夫です」 「あ、おう。じゃ俺委員会行くな」 「はい、ありがとうございます」 「おー」 いつの間にか図書室の前へと辿り着き、雷蔵は虎徹から本を受け取る。 お礼を言って頭を下げる雷蔵の頭を軽く叩いたあと、背中を向けて委員会へ向かおうとすると、再び声をかけられた。 「あの、八左ヱ門のことなんですけど…」 「ん、大丈夫」 ニッと笑って見せると、雷蔵はほっとしたように息をついた。 片手を振りながら再び前を向いて歩きだし、八左ヱ門が不在のまま、生物委員会の活動が始まった。 八左ヱ門がいないだけで要領良くまわらず、いつもに比べて時間がかかってしまい、今日も夜遅くなった。 「前もこんなことあったな」と独り言を呟きながら先に下級生を帰らせ、虎徹は一人で菜園の手入れを終わらせる。 終わったころには月が高い位置に昇っていた。 いつもならもっと早くに終わっていて、鍛錬に励んでいる時間帯。 もし八左ヱ門が風邪を引いていないのなら、このまま山へ行っていたかもしれない。 だけど今日は山へ向かわず、巻くっていた袖を元に戻して忍たま長屋へ向かう。 「っと、その前に…」 普段は滅多に手などを洗わない。だけど今日は特別。 土がついて汚れた手や顔を水で綺麗に洗って、八左ヱ門の自室へと向かった。 八左ヱ門は一人部屋なので遠慮することなく戸に手をかけて開ける。 服や勉強道具が部屋中に散らかっていて、お世辞にも綺麗とは言えない部屋だが、虎徹は「竹谷らしい」と笑みをこぼす。 戸をすぐに締め、音を立てないように八左ヱ門に近づく。 「苦しそうだな…」 布団を肩までかけ、頭にはぬるくなっている布。 息苦しそうな表情を浮かべている八左ヱ門を見て、虎徹も眉間にシワを寄せる。 すぐ近くに腰を落として、布をかえてあげるとフッと目を覚ました。 「お、起きた「へいすけー…、水くれ…」 高熱のためか、寝起きのせいか。 八左ヱ門は虎徹を兵助だと勘違いしてしまい、手を伸ばしながら訴えてきた。 訴えるとすぐに寝息を立て始める。 「よしよし、水な」 可愛い後輩のためだ。と落とした腰を再び浮かして水を汲みに行く。 部屋にあった竹筒の水筒を持って部屋から出て行き、すぐに戻ってくる。 「竹谷、水持って来たぞ」 寝ているのだから起こさないほうがいいのかと自問自答をしたが、息苦しそうだったので肩を軽く揺すって声をかけた。 しかし、余程熱にうなされているのか、起きようとしない。 次第に虎徹も心配になってきたが、何回か起こし続けていると再び目を覚ました。 「ほら、水持ってきたぞ」 「おー…悪いな兵助…」 トロンとした目のまま、上半身を起こそうとする八左ヱ門。 額から布が落ちたのにも気づかず、虎徹から竹筒を受け取って口をつける。 フラフラする八左ヱ門の背中を支えてあげていると、八左ヱ門の動きが止まった。 「どうした?まだいるか?」 「なんでッ!?―――ッゴホ!ゲホッ、ゲホッ…っなん、…で!虎徹、せっゴホ!」 「きたなっ!飲みながら叫ぶなよ…」 そこでようやく兵助ではなく、虎徹だということに気がついた八左ヱ門。 何故虎徹がここにいるのか解らず、思わず疑問の言葉を投げかけると水が別の器官に入ってしまい、激しい咳が八左ヱ門を襲う。 八左ヱ門が吹いて顔に散った水を袖で拭いながら咳き込む八左ヱ門の背中を擦ってあげる。 それでも喋ろうとする八左ヱ門に、虎徹はいい加減怒って「黙れ」と一喝。すぐに黙って呼吸を整える。 「で、まだ水いるか?」 「い、いえ…。もう大丈夫です」 「じゃあ寝ろ。それも変えてやるからジッしろ」 「は…はい…」 八左ヱ門の疑問に答える前に、テキパキと用事を済ませる虎徹。 八左ヱ門が寝転ぶと肩まで布団をかけ、額に乗せる布を水に浸して丁寧に乗せてあげる。熱が高いせいですぐにぬるなってしまうみたいだ。 全てを終わらせ、枕横に腰を落として手の甲で八左ヱ門の首筋を触って「んー…」と唸る。 「熱いな。薬はちゃんと飲んだか?」 「え?あ、はい。雷蔵が夕方薬を持って来てくれたので…」 「……おかしいな、竹谷くん。薬が減ってないように見えるんだけど」 「…」 「俺の目がおかしくなったのかな?」 「す、すみません…」 「ったく、自分のことになると適当だな!ちゃんとしろよ」 頭をガシガシとかいて溜息を吐くと、謝りながら起き上がりそうだったので、肩を抑えて寝かしつける。 その反動を使って立ちあがり、部屋から出て行く。 「先輩…?」 呆れて出て行ったのかと不安になる八左ヱ門。 追いかけて謝りたいが、ここで追いかけたらきっと余計怒るだろう。 行こうか寝ようか考えた末、ゆっくりと布団の中に戻って頭まで布団をかぶせ、無理やり眠りに落ちようとする。 だけど虎徹のことが気になってしまい、寝れそうにない。 身体は熱いのに、何だか寒い。嫌われてしまったかもという恐怖で身体が震えた。 「どうした?そんなに寒いのか?」 「虎徹先輩ッ!」 「何だよ、結構元気じゃねぇか」 虎徹の声が聞こえた瞬間、布団を跳ね飛ばして起き上がると、鍋を持った虎徹が足で戸を閉めている途中だった。 「大人しくしろって言ってんのに布団跳ね飛ばすなよ」 「えっと……先輩、どこへ?」 「どっかのガキが薬飲まなかったから粥作って持ってきてやったの。あー、俺って超優しい先輩」 近くにお粥が入った鍋を置いて、薬も近くに持ってくる。 跳ね飛ばした布団を八左ヱ門の膝にかけ、鍋と一緒に持ってきた半纏を背中にかけてあげた。 「わざわざ俺が作ってやったんだぜ。適当だけど。あとこれかけとけよ、寒いからな」 「虎徹先輩…。俺…、嫌われたのかと思いました…」 「は?何でだよ。え、お前何かしたの?」 「薬飲まないから…」 「どこの子供だよ」 バーカと笑いながら鍋の蓋を開け、八左ヱ門の膝の上にお盆を置き、鍋を置いてあげる。 具も何も入っていないシンプルなお粥。取り皿もなく、鍋から豪快に食べるようになるが、それが虎徹らしく、八左ヱ門は嬉しそうに笑って木のスプーンを手に取る。 「食わせてやろうか?」 「っけ、結構です」 「可愛くねぇなぁ…。うまい?ちょっとだけ塩多めに入れたんだぜ」 「うまいっす。お気遣い、ありがとうございます」 「……実はその塩、文次郎の汗なんだぜ」 「えッ!?」 「アハハ!冗談冗談」 「冗談に聞こえませんよ、それ…」 くだらない話をしながら食事を終わらせ、伊作が調合した苦い薬をなんとか飲みこむ。 渋い顔をした八左ヱ門を見て、虎徹は風邪引くまいと心の中で何度も頷く。 お盆を下げ、寝かせて布団をかけて再び布をやり変えてあげると、八左ヱ門は頬を緩ませていた。 「何だよ」 「いや、何でもないです」 「意味解んねぇし」 口は少し素っ気ないが、行動はとても優しかった。 「大丈夫か?」と声をかけてくるときは珍しく心配そうな顔。自分を心配していると思うと、不謹慎だが少し嬉しくなってしまった。 「大丈夫です」と答えるとほっとしたような優しい顔で頭を撫でてくれる。その顔を見ると心も身体も休まる気がした。 「風邪引いたんならもっと早めに言えよな。今日雷蔵に言われるまで知らなかったぜ」 「すみません…、治ると思ったんです」 「滅多に風邪引かねぇから解んねぇよな」 「虎徹先輩は風邪引きますか?」 「当たり前だろ。前に引いたのが四年のときだっけか?」 「さすがっすね」 「小平太は二年のときに大熱出して、それっきりだぞ」 「七松先輩もさすがっす」 「だろ?って、俺のことはどうでもいいからもう寝ろ。きっと明日なったら元気になるから」 食べて横になったら次第に瞼が重くなってきていた。 だけど虎徹との会話が楽しくて、眠らないようにしながら喋っていたのだが、虎徹は呆れながら軽く頭を叩いた。 虎徹に言われて頷き、少し態勢を変える。 「虎徹…せん、ぱいは…?」 「は?」 「…部屋、へ?」 「いや、ここにいるよ。また布団跳ね飛ばされたら困るからな」 「……すみま……ん…」 「おやすみ、八左ヱ門」 微笑む虎徹を見て、八左ヱ門は眠りへと落ちて行った。 ( TOPへ △ | ▽ ) |