近づいてはいけない場所の段 「やっぱり三治郎も気になる?」 「うん、気になる!」 委員会も終わり、忍たま長屋に戻った二人はお風呂に入って汚れを落とした。 二人はお風呂で生物委員会の良さを他のは組のメンバーに自慢。 「先輩は優しい人だった」「犬が可愛かった」などなど。 他の委員の自慢話も聞いて、お風呂からあがる。 部屋へ帰る途中、二人が気になっていた「近づいてはいけない場所」の話題になった。 「先輩たちがあんなに必死で隠すんだもんね。気にするなっていうほうが難しいよ」 「だよねー!僕ずっと気になってたんだー」 虎徹や八左ヱ門たちがああ言っていたが、好奇心旺盛なは組のメンバー、虎若と三治郎は気になって仕方がなかった。 確かに虎徹が言うその場所からはピリピリとした殺気に似た何かが伝わってきたが、見たいものは見たい。 虎若が足を止め、先を歩いていた三治郎が振り返ると、ニヤリと笑っていた。 「じゃあ少しだけ覗いてみないか?少しぐらいなら大丈夫だろ?」 「うーん…。……少しぐらいならバレないよね!」 虎若の言葉に三治郎はいつも以上に笑顔を浮かべて、二人揃って中庭を降りて飼育小屋へと向かう。 「きっとすっごい大きい犬がいるんだぜ!」 「いや、もしかしたら毒蛇かもよー…」 「とにかく確かめようぜ!」 楽しそうに走り出す二人を、お風呂に向かおうとしていた八左ヱ門が視界の端で捕えた。 「―――ん?」 「どうかした、八左ヱ門?」 「糞か?」 「ちげぇよ三郎!なんか虎若と三治郎があっちに向かったような気がして…」 八左ヱ門と同じ組の雷蔵、三郎も同じく足を止める。 茶化してくる三郎に文句を言って、再び中庭を視線を戻した。 「えっと…、八左ヱ門のとこの一年生?」 「ああ」 雷蔵と三郎も中庭を覗いたが、周辺は暗く、見えにくい。 だけど気配だけは三人とも感じていた。 「もし二人だとしても、この暗さでは危ないよね…」 「確かめに行くか」 「………おい、ハチ。ここから向かう場所って飼育小屋しかないよな。何か忘れ物でもしたんじゃないか?」 「今日は虎徹先輩による新入生入学記念会をしただけだから何も…」 虎徹の奢りで食堂でパーティを開いた。 美味しいものをいっぱい食べ、生き物の話を聞き、忍術について聞き、あとは他愛もない話ばかりしていた。 餌やりや掃除はそのあと三人でして、一年生は帰らせた。 だから忘れ物などない。 「うーん」と唸る八左ヱ門の横で、雷蔵も同じく唸っていた。 「…。あのね、ちょっと耳に挟んだんだけど。どうやら一年は組の子達って好奇心旺盛らしいよ」 「え?ああ、そうなのか?まあ怖いもの知らずって感じだよな。虎徹先輩にずばずば喋りかけてたし。先輩は喜んでたけど」 雷蔵の言葉に三郎はピンッと思いついた。 目を鋭くさせ、真剣な顔で八左ヱ門を真っ直ぐ見る。 「そうじゃないだろ虫バカ」 「んなっ!?」 「飼育小屋の先には何がいる?」 「―――まさか…?」 きっと好奇心旺盛なは組の子達だ。 近づいてはいけない。と言われた場所に向かったに違いない。 答えが出た瞬間、八左ヱ門の全身から血の気が引いた。それと同時に「俺の見間違いであってくれ」と強く願った。 「国泰寺先輩はちゃんと説明したの?」 「した…けど、曖昧な感じだった…。でも…まさかっ…や、やべェ…!」 「八左ヱ門、しっかりしろ!」 焦っている。…というより、震えている八左ヱ門に三郎が強く名前を呼んで、肩を揺さぶる。 「っ悪い三郎、虎徹先輩呼んできてくれ!雷蔵は孫兵な!」 「任せろ」 「任せて!」 言うな否や二人は音を立てることなく廊下をかけ、二人を呼びに行った。 八左ヱ門は中庭へと飛び降り、虎若と三治郎が消えて行った飼育小屋へと走り出す。 「と、虎若…。なんか……怖くない?」 「ああ…。なんていうか…「狙われてる」感じがする…」 その頃、二人は飼育小屋より先にある、「近づいてはいけない場所」に足を踏み入れていた。 一歩近づいた瞬間、重苦しい空気が二人にのしかかり、その場に座りこむ。 その先から誰かに睨まれているような視線を感じる。 逃げたくても足がうまく動いてくれず、逃げることはできない。 「ね、ねぇ虎若…。何か聞こえない?がしゃんがしゃんって…」 三治郎に言われて虎若も耳を澄ますと、遠くから鎖の音が聞こえてきた。 重たい鎖をちぎるような音。 その音に恐怖を感じた瞬間、 「―――あ、ちぎれた?」 鎖の音は止み、今度はドッ!と言う何かが地を蹴る音が近づいてきた。 その音は数秒も経たないうちに目の前に現れた。 犬と呼ぶには大きく、狼と呼ぶには荒々しすぎる風格。 全身の毛を逆立て、月の光で鈍く光る牙からは涎が地面へと垂れ落ちていた。 「虎若!三治郎!」 「「竹谷先輩!?」」 「―――ッ!」 蛇に睨まれた蛙状態の二人に向かって狼は再び地を蹴る。 「食べられる」と悟った二人は力強く目を瞑って身を寄せ合った。 しかし、名前を呼ばれ、腰に太い腕で巻きつき、浮遊感が二人を襲う。 想像していたのと違う展開に二人は驚いて目を開けると、八左ヱ門が二人を抱きあげ、狼から距離をとっていた。 「先輩!竹谷先輩ッ!」 「う、腕から血が…!」 「俺は大丈夫だ…。お前ら平気か?」 「平気です!でも竹谷先輩が!!」 「それより今はあいつだ」 狼から二人を庇った腕からは、牙か爪に肉を引き裂かれ、血が腕を伝って地面へと落ちている。 二人は泣きながら八左ヱ門を心配するが、八左ヱ門は余裕の笑みを浮かべたまま「大丈夫」と安心させる。 しかし、視線は狼に向けたまま。少しでも視線を外せば一瞬にして殺されてしまう。 「あ、あれって…。なんなんですか…」 「野生の狼…ですか…?」 「半分正解だ、三治郎。あれは虎徹先輩の狼で、一応忍犬」 「あんなのが忍犬なんて…!」 「見ての通り危険だ。だから近づくなって言ったのにお前らときたら…」 「ごめんなさい!」 「ごめんなさい、竹谷先輩!」 「いや、謝ってほしいわけじゃねぇんだ。それに…」 そこで一旦言葉を切り、生唾を飲み込む。 緊迫する空気が張り詰め、虎若、三治郎は八左ヱ門の身体にしがみつくよう抱きつく。 ケガをしてない左手で二人を抱き締め、ふーっと深い息をついた。 「お前らを守ってやれるか…。いいか、あいつは俺が止めるからお前らは全速力で逃げろ!」 「な、何言ってるんですか!置いていけません!」 「僕たちも一緒に戦います!」 「一年に助けてもらうほど弱くねぇよ。いいから俺の言うこと素直に聞いて――」 会話の途中で、狼が獲物を逃がすまいと地を這う唸り声で三人に向かって威嚇した。 さらなる殺気を飛ばしてくる狼に八左ヱ門が「やばい!」ともらし、二人を自分の後ろへと隠して苦無を構える。 「逃げろ!」 「「竹谷先輩!」」 二人の声が闇夜に響く中、八左ヱ門はクナイに力を込めて向かえ討った。 「フセ」 しかし、狼は八左ヱ門を襲うことなく、目の前でフセをした。 先ほどまで飛ばしていた殺気もなく、静かに地面に伏している。 この狼が唯一慕っている人物、虎徹が命令したからだ。 「……虎徹先輩…」 「虎徹先輩…?」 「伊賀崎先輩も…」 八左ヱ門は止まっていた呼吸を再開し、振り返る。 まだ忍び装束を着ている虎徹が普段は絶対見せないような真剣な顔で近づいてくる。 その後ろには孫兵を連れた雷蔵と三郎。 八左ヱ門のケガを見た孫兵が「竹谷先輩!」と珍しく声をあげ、虎徹の横を通り過ぎて駆け寄ってきた。 「夜遅くに悪い、孫兵。雷蔵、三郎、ありがとな」 「お礼なんていいから!だ、大丈夫!?」 「縛ってやるからジッとしてろ」 「……虎徹先輩、すみません。助けるのが遅くなり、下級生達を危険な目に合わせてしまいました…」 三郎に止血してもらいながら八左ヱ門は虎徹に顔を向けて、頭をさげる。 八左ヱ門の言葉にハッと気付いた虎若、三治郎は虎徹に顔を向け、一緒に頭をさげた。 「すみません、先輩。竹谷先輩は悪くないんです!」 「俺たちが勝手に来ただけで「お前は本当にいい子だな」 しかし虎徹は皆を無視して、伏せている狼の頭を撫でてあげた。 狼は目を閉じ、ただ黙って頭を撫でられている。 「―――そ、そいつは竹谷先輩の腕を噛んだんですよ!?なんで褒めるんですか!」 「おい虎若、止めろ!」 虎徹の行動に虎若が声をあげた。 自分達がいけないのは解っているが、何故褒めるのか全く分からない。 八左ヱ門が虎若に手を伸ばすも、三郎によって阻止され、「動くな」と怒られ、黙ることにした。 「僕たちがいけいないのもありますけど、なんでこんな危険な動物を飼ってるんですか!?」 「コラ、三治郎も止めろ」 三治郎も虎若に続いて虎徹に文句を言うと、孫兵に止められる。 それでも虎徹は背中を向けたまま狼を撫で続けている。 そのままの状態で、 「竹谷ァ…。さがれ」 と命令した。 「っ…!さ、ぶろう、雷蔵。二人を連れて保健室へ向かってくれ。孫兵はもう帰って大丈夫だ、ごめんな。俺は善法寺先輩を呼んでくる…」 「あ、うん…。任せて」 「…おい伊賀崎、大丈夫か?私が送ってやろうか?」 「い、いえ私は一人で歩けます…。失礼します」 全員がその場から消えるまで、虎徹は決して振り返ることはなかった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |