合同実習終了の段 虎徹が兵助から小平太の印を取り返し、留三郎が雷蔵から雷蔵のと兵助のを奪い取った。 既に体力がなくなっている状態で、六年生を相手するのはかなりしんどかったが、二人は背中を合わせたまま地面に座りこんで笑っている。 もう誰とも戦う体力は残っていない。実習終了までこのままでいるつもりだった。 「雷蔵と兵助には悪いことしちまったが、しょうがねぇよな」 「文句は伊作だ。あいつの不運のせいで俺らがこんな…!」 「もう絶交だ!あいつとは今日を持って縁を切らせて頂きます!」 「お、落ちついて下さい先輩方。あ、こいつが何か気付いたみたいですよ」 山犬が鼻を鳴らし、進んでいた道を変えた。 走るにつれ小高い丘を登り出す三人と山犬。 だが、山犬はある程度のところから先に進もうとせず、後退し始めた。 すぐに虎徹が「どうした?」と声をかけるが、山犬二匹はくしゃみをして、虎徹の制服を掴んでその場から離れようとする仕草を見せた。 「どういうことでしょうか…」 「ヤバいんだろうよ、こっから先は」 「でも普通だぞ?殺気も感じられねぇ」 留三郎がその先を見ると、前から突風が吹いてきた。 目を細め、やり過ごそうとするが、微かに薬の匂いを嗅ぎとった虎徹は山犬に逃げろと胸を叩き、二人には息を止めろと叫んだ。 「な、なんですか!?」 「どうした虎徹?」 「薬の匂いが混じってる…。何かは知らねぇが、きっと伊作だ…」 「また痺れ薬か!?」 前も伊作を追ってると痺れ薬を巻かれ、散々な目にあった。 今回もそれかと思い警戒するのだが、そのような傾向はなく、森は静かなまま。 「嗅ぎ間違いじゃねぇの?」 「確かにしたんだけ……ど…、お…?」 伏せていた虎徹が立ちあがり、歩き出そうとすると膝から力が抜け、その場に倒れ込む。 八左ヱ門がすぐに反応して駆け寄るのだが、八左ヱ門もその場に倒れた。 「ちょ、これ……すいみ…ん……」 「あいつ…、マジで覚えてや、……が………」 三人がその場に倒れこみ、数分して静かに寝息を立て始めた。 突風がなければ虎徹が嗅ぎわけ、すぐに逃げることができたのだが、突風が起きたせいで直に思いっきり吸ってしまった。 最後まで不運な目にあう三人。 少しして逃げろと言われ逃げたはずの山犬が虎徹の傍に戻って来た。 鼻を鳴らしてはくしゃみをして、脚で鼻をかく仕草。 睡眠薬はもう届いていないのか、山犬は眠ることなく虎徹に寄り添っていた。 「―――っち、留三郎だけならまだしも、虎徹がいるせいで近寄れねぇじゃねぇか」 丘から降りて来た文次郎は三人を見つけ、印を奪おうと近づいたのだが、虎徹の山犬が牙を剥いて守るように立ち塞がっている。 山犬と争うつもりはないし、何より勘右衛門との戦いで体力を使ってしまったので、文次郎は静かにその場から立ち去った。 最後まで不運な目に合ったと思った三人だったが、最後の最後では救われたのだった。 「んー…これ伊作っくんの薬だよなぁ」 違う場所では小平太が立ち往生していた。 クンクンと空気中に漂う薬を嗅いで、虎徹の山犬のようにくしゃみを豪快に一つ。 三郎と別れた小平太は虎徹と合流すべく、森中を走り回っていたのだが、伊作が放った睡眠薬を前に先に進めないでいた。 「だけどこの先に虎徹がいる気がするんだよなー…」 うーん。と腕を組んで首を捻るが、これ以上進めば自分も眠ってしまう。 あまり頭を使うことが好きではない小平太が時間をかけて唸り、考えた結果、 「諦めるか!」 大雑把な答えを出した。 考えているうちに狼煙があがり、小平太は今回の実習を振り返りながら森入口へとゆっくり向かう。 留三郎たちと戦えたのは楽しかった。どんどん罠が出てくるのをかわしていくのも楽しかった。八左ヱ門が自分を襲いかかってきたときの目を思い出すと、身が震える。 だけど一番は三郎と対峙したときだ。彼の気配の消し方はうまく、それだけで高揚感に襲われる。あそこまで自分を楽しませてくれる後輩はいないだろう。 いや、別の意味で八左ヱ門も自分を楽しませてくれる。 「またしたいなぁ」 できるなら毎日でもしたい! そういうように笑って、木から飛び降りて入口へと降り立つ。 入口には木下先生しかおらず、自分が一番手だと気づく。 すぐに仙蔵と長次がやってきて、続いて文次郎が帰って来た。 しばらく経ったあと、留三郎と虎徹に怒られてる伊作が森から姿を現わして、ようやく実習が終了した。 「虎徹、どうした?すっごいケガしてるぞ?」 「聞いてくれよ小平太!伊作のせいですっげぇ不運な目に合ったんだよ!」 「国泰寺、愚痴はあとからにして結果を報告しろ」 小平太に泣きつく虎徹だったが、木下先生に首根っこを掴まれ阻止されてしまい、素直に結果を報告。 全員の結果を書きとった木下先生は、休んでいた仙蔵や長次たちを呼んで、今回の最下位を発表した。 「一位、善法寺・勘右衛門組み、五枚」 「やった!やったよ尾浜!僕たちが一位だ!」 「やりましたね、善法寺先輩!」 衝撃的な結果に、六年全員が驚愕した。 まさか万年最下位の伊作が一位になるなんて、留三郎と文次郎が仲良くなるぐらい無理な話だ。 伊作は涙を流しながら飛んで喜び、勘右衛門と握手をかわす。 「二位、食満・八左ヱ門組み、潮江・三郎組み、七松・国泰寺組み、二枚」 「最後の最後でなんとかなったからな…」 「雷蔵と兵助がいなければ危なかったですね…」 「くっそー、留三郎と同じか!屈辱だ!」 「八左ヱ門と同じか…。屈辱だな」 「「何でだよ!」」 「悪いな小平太。お前の取り返せたけど、自分のは無理だった」 「細かいことは気にするな!」 バシバシと虎徹の背中を叩く小平太だが、虎徹は息を詰まらせ咳き込んだ。 文次郎と留三郎はその場で取っ組み合いの喧嘩を始め、八左ヱ門は三郎に文句を言っている。 騒がしい三組に仙蔵が宝禄火矢を取り出して火をつけるとすぐに静かになった。 「三位、立花・兵助組み、一枚」 「ところで仙蔵。君、自分の印はどこに隠してたの?」 「すぐそこの入り口だ。あそこに隠すなんて思ってもなかっただろう?」 それにどっちみちここに帰ってくる。そのときに取れば問題はない。 やはり最後まで考えてあった仙蔵に伊作だけではなく、それを聞いていた全員が関心した。 「そして最下位、中在家・雷蔵組み、ゼロ枚」 「す、すみません中在家先輩…。最後、虎徹先輩と食満先輩にやられてしまいました」 「いや、私も力不足だった、すまない」 お互いが頭を下げ、謝り続けた。 仲がいいぶん、申し訳ない気持ちがさらに大きくなるのだろう。何度も謝り続ける二人を木下先生が止めに入って今回の実習について軽く注意をする。 「六年生相手とは言え、五年は全員印を盗られてしまったな。だが、そのおかげで何が自分に足りないか解ったはずだ。これを踏まえてうえで鍛錬に励むように」 『はい!』 五年が姿勢を正して返事をして、長かったような短かった実習が終了した。 ( TOPへ △ | ▽ ) |