夢/とある獣の生活 | ナノ

不運のは組み再びの段


伊作が仙蔵から長次の印を奪い、他に寝ている生徒はいないか森を駆け巡り、実習終了間際に勘右衛門の元へと戻ってきた。
森に放っていた睡眠薬はすでになくなっている。
その傍らにはボロボロ姿の勘右衛門が己の傷を手当している途中だった。


「もしかして誰か来たの?」
「はい、潮江先輩が来られました」
「薬を放つ前に……」
「みたいです」


苦笑いを浮かべ、口に包帯の端をくわえ、ギュッと縛る。
伊作が近づいて代わりに傷の手当てをしてあげると、「すみません」と笑って謝った。


「すみません、善法寺先輩。潮江先輩にやられてしまいました」


文次郎と戦った勘右衛門は、つい先ほど負けてしまった。
こっちはボロボロだと言うのに、文次郎には一切ケガはなし。
戦いのことを話すと伊作は苦笑いを浮かべた。


「さすが文次郎。仙蔵と同室なだけあって裏をかくのがうまいなぁ…」
「でも戦えてよかったです。俺、今回なにもしてなかったので。結構楽しかったし、勉強になりました」


負けてしまったが、どこかスッキリした顔の勘右衛門。
自分より強い者と戦えれば、何かしら強くなれる。しかも相手はギンギンに忍者している六年生だ。
笑っている勘右衛門だったが、手当てをしてくれる伊作の顔は真剣だった。
というより、怒っているように見える。
空気を読みとった勘右衛門は笑うのを止め、伊作の言葉を待つ。珍しく怒っている伊作に自分から話しかける度胸はなかった。


「ねえ、尾浜。君はちょっと楽観的すぎるよ」
「……」
「これはどういった演習か覚えてる?印を奪われたらいけないんだよ?じゃあ何で自分より強いと解っている文次郎と戦ったりしたの?忍者は戦うのが仕事?」


情報をもたらすのが忍者の仕事だ。逃げて、逃げて、ときに戦って、そして情報を届ける。それが仕事。
だと言うのに勘右衛門は暇だからと言って文次郎と戦ってしまった。
強くなれたかもしれないが、忍者としては失格だ。


「…いえ、違います」
「森に逃げ込めば文次郎に盗られることなかった、違う?」
「その通りです…」
「森に入ってしまえば君も寝てしまうかもしれない。だけど森には僕がいる。君を追いかけて森に入ってきた文次郎から印を奪えたかもしれない」
「…はい…」
「戦いを楽しむのはいいと思うよ、怖がるよりはね。でももっと考えないと。目先の楽しさに本来の目的を忘れたら意味がない」
「はい、…解りました」
「うん、じゃあ帰る準備しようか。そろそろ実習終わるみたいだし」


素直に自分の言葉を聴き、理解してくれた勘右衛門。
前にも言ったが、伊作はあまり後輩を叱ったりするのが好きではない。厳しいことを言いながら内心ではドキドキしていた。
できるだけ優しい言葉を選んで、でもダメなところはちゃんと伝えて…。
強い目でしっかり自分を見て頷いた勘右衛門を見て、「傷ついてない」と少し安心した伊作は立ち上がり、周りに置いてあった薬を回収する。


「ところで善法寺先輩のほうは?」
「長次のを盗ったよ。あと、不破と久々知も寝てたんだけど、持ってなくてさぁ…」
「誰かが盗ったんですかね?」
「きっとそうだろうね」


空を見上げると、森の入口付近から狼煙があがるのが見えた。
勘右衛門は伊作を振り返り、丁寧に頭を下げて今回のお礼を言った。
文次郎と戦えたことに関しては後悔はしていない。強くなれたのは確かだから。
だが伊作に言われて反省はしている。
今回の実習では二回ほど先輩から大事なことを教えてもらい、それに対してのお礼も込めている。


「ありがとうございました、善法寺先輩」
「いや、それはこっちの台詞かな」


狼煙を見た伊作の頬は緩んでいて、忍者だとは思えないほどだらしなく笑っていた。

時間は少し前に遡り、とある森の中で雷蔵と兵助がお互い息を切らして向い合っていた。
五年生は力関係などが大体同じなため、一向に決着がつかない。
雷蔵は刀やクナイなどで斬られた跡が目立ち、兵助は殴られ、身体内部にダメージを負っている。


「いい加減決着つけないとね…」
「それはこちらの台詞だ。何で刀向けてるのに懐に飛び込んでくるのだ…」
「忍者が刀を怖がったらダメでしょ?というかそれは兵助もだろ。殴られるの解って突進してくるんだから…」


もはや二人に策などない。真正面からぶつかり合って戦っている。


「だがそろそろ決着をつけよう」
「うん、実習も終わりそうだしね」


乱れた呼吸のまま、一度息を止めて身構える。
隙を窺いながら先に雷蔵が兵助に向かって行くと、兵助が一瞬で視界から消えた。
驚いて足を止め、兵助の行方を探る。


「「見つけたか!?」」
「虎徹先輩、食満先輩、ちょっと待って下さい…!」


草むらから姿を現わしたのはボロボロ姿の留三郎と虎徹。その後ろからは息を切らしている八左ヱ門。


「八左ヱ門!」
「あれ、雷蔵?」


膝に手をついたまま顔をあげる。
どうしてここに?と言った顔で雷蔵を見ていたが、すぐに真剣な顔になって「逃げろ!」と矢羽音を飛ばした。
状況についていけない雷蔵は八左ヱ門の矢羽音を聞きもらしてしまい、半分キレた状態の留三郎に両肩を掴まれる。
彼の目は血走っており、興奮しているのが手にとるようにわかった。
だからと言って抵抗する力も体力もない。ならばもう諦めようとするのだが、ここで諦めたらダメだと思う自分もいる。
いつもの優柔不断を心の中で呟いている雷蔵に留三郎が、


「伊作見なかったか!?」


と凄い剣幕で聞いてきた。


「い、いえ…。僕たちはここでずっと戦っていたので…」
「あの野郎!どこ行きやがった!」


乱暴に雷蔵を離し、虎徹の元へと向かう。
虎徹も留三郎と同じように、山犬に押し倒されていた兵助に聞いていたが、答えは一緒で「あの野郎!」とやはり声を荒げた。
呆然としている雷蔵の近くに八左ヱ門が近づき、今まで体験したことを話した。


「ああ、それで食満先輩と虎徹先輩怒ってるんだ…」
「八左ヱ門も散々な目だったな」
「善法寺先輩から虎徹先輩に不運がうつり、虎徹先輩から八左ヱ門にうつったって感じだね」
「笑えねぇ冗談だろ」


ははっ。と乾いた笑いをしたあと、涙を堪えるように俯いて肩を震わせた。


「どうする留三郎、もう時間ねぇぞ」
「どうするっつったって…。このままじゃあ俺が最下位じゃねぇか!」
「俺だって何もしてねぇよ…。活躍ないまま終わるなんて絶対やだよ…!」
「俺のほうが活躍してないっつーの!」


頭を抱える虎徹と、拳と拳を合わせて青筋を浮かべる留三郎。
何回か会話をし、突然喋るのを止めて雷蔵と兵助に目をやった。
二人に見られてビクリと身体が震え、近くにいた八左ヱ門は逃げるようにその場から離れる。


「ところで不破、久々知。お前ら印持ってるか?」


獲物を見つけた肉食獣のような目で留三郎は二人を睨み、虎徹も舌舐めずりをしながら山犬の頭を撫でる。
その後ろでは八左ヱ門が「ご愁傷様です」とでも言うかのように目を伏せていた。


「い、いえ…。僕たちはその…」
「雷蔵、意味もなく二人が戦ってるわけねぇだろ?後輩は可愛いけど、これは実習だからな」
「ああ、疲れてるところ申し訳ないが、本気でいかせてもらう。こちらと伊作のせいで苛立ってんだよ…!」
「元はと言えばあいつの不運が元凶なのに、何で俺らばっかこんな目にあうんだよ!しかもあいつは印たくさん持ちやがって!」


「ただの八つ当たりじゃないですか!」と心の中で叫ぶ二人だったが、怒った留三郎と虎徹に抵抗できるほどの体力が残ってなかった。



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