小平太VS三郎の段 不運なめに合っている虎徹の相方である小平太は、標的である三郎を見つけていた。時間帯は夜中。 森自体が眠りについていて余計な音がしない。その森で息をしている人間を見つけるのはとても容易いことだった。 「(気づいているが、場所までは気づいていない、か)」 草むらから三郎を覗く小平太は息と気配を完全に消しきっていたので自然と一体化していた。 だから小平太がどこに隠れているのか解らない。 三郎は警戒するようにクナイを片手に持ち、木を背中にジッとして、周囲を伺っている。 「(普通の奴なら気づかないはずだ)」 闇に乗じるのは得意だ。気配を消すのも得意だ。夜になれば仙蔵にだって負けを取らない。 しかし、三郎は小平太の存在に気がついている。 「(さすが天才と言われるだけあるなぁ)」 次第に楽しくなって小平太はペロリと唇を舐め、緩む口元を引き締めた。 すると、気配がもれてしまったのか、三郎がこちらに顔を向けた。 ギクリとしたが、彼は直感でこっちを向いただけだと高ぶる気持ちを抑えつける。 予想どおり、三郎は顔を元に戻して、今度は三郎が四方八方に殺気を飛ばしてきた。 「(っ…!)」 たったそれだけなのに、小平太の闘争心を煽るのには十分だった。 直感であっても、微かな気配に気づいてもらえたのが嬉しくて、思わず抑えていた気持ちを解放してしまった。 三郎の殺気にあてられ、小平太も殺気を飛ばすと木々がざわつき始め、その音で意識を取り戻して再び殺気を抑える。 「(おっと、いけないいけない…)」 殺気をあてられてしまうと、自我を失いかけてしまう。 いかんと首を左右に振って再び三郎を監視する。 今の殺気で精神的ダメージを負ってしまった三郎の額には汗が滲んでおり、顔が歪んでいた。 「(抑えろ。まだ狩ったらダメだ。まだダメだ、もう少し…もう……少しだけ我慢しろ)」 極限状態の三郎と戦えることなんて滅多にない。きっと自分を楽しませてくれるに違いない。そう思うと今すぐにでも襲いかかりたい。今すぐ戦いたい! 殺気を抑えていても欲望を抑えることができず、気配が三郎の元へと届いてしまった。 「(くっ…、殺気が…!)」 小平太の殺気を肌で感じた三郎は、表情を歪める。 小平太がいるのは知っていたが、どこにいるか解らない。 だからジッとして耳に全神経を集中させ、勘をとき澄ましていた。 こっちが存在に気づいている素振りを見せたら警戒してそこから離れるかしてくれると思っていたが、考えが甘かった。 「(忍びが好戦的というのはどうかと思うぞ)」 フッと笑うと、額から汗が流れ落ちる。 「(……手が…)」 周囲を警戒していたせいで、自分の身体が震えていることには全く気がつかなかった。 手も身体も震えているにも関わらず、自分は今笑っている。 その間にも小平太からは殺気が飛んでくる。 恐怖で震えているのか、武者震いなのか全く解らない。 「(落ちつけ、落ちつけ!)」 どっちであろうと震えていれば正確に手裏剣を打つことができない。 落ちつかせようと深呼吸をするも、身体から震えが消えることはなかった。 「(仕方ない…)」 三郎は持っていたクナイを振りあげ、自分の左甲に突き刺す。 鋭い痛みが走り、痛みに顔を歪めたが、震えをなんとか止めることができた。 「(よし)」 震えが止まるとすぐに服をちぎって手に巻いて止血。 これで大丈夫と顔をあげると、今まで以上の殺気が三郎に襲いかかってきた。 浴びた瞬間、全身に鳥肌がたち、真っ先に思ったのが、 「(逃げたい!)」 だった。 今まで感じたことのない恐怖に心臓はうるさく騒ぎだし、脳は「逃げろ」と信号を送り続ける。 しかし身体が再び震えあがってしまい動こうとしない。 呼吸がうまくできないでいると、クナイで刺した場所がピリッと痛んで、意識を取り戻す。 三郎が意識を取り戻し、手を握り締めると巻いていた布から血が滴り落ちた。 「(―――)」 その血の匂いが小平太のところにまで届くと、彼の限界が突破した。 草むらから飛び出し、真正面から三郎に向かって走り出す。 血の匂いで我慢していた理性の糸が切れ、抑えていた殺気を全身で解放する。 三郎も小平太に気づいてクナイを構えたが、襲いかかってくる小平太からは先ほどと同じぐらいの殺気が放たれ、目が合った。 すると、三郎も緊張の糸が切れてしまい、身体から震えが止まり、目が据わって静かにクナイを構えて迎えうつ。 クナイとクナイが衝突する音が、静寂な闇の森に響き渡った。 一方は楽しそうに笑っており、一方は静かに敵を見据えていた。 「恐怖のあまり自分で自分を傷つけたか」 「……」 「いい判断だが、相手を見誤ったな。匂いでバレるぞ。特に私や虎徹相手だとな」 競り合い中だと言うのに小平太はいつもと変わらない声色で三郎に話しかける。 話すたびに殺気が飛んでくるが、今の三郎には何も感じられない。 恐怖で気絶するのを防ぐため、感情を一切捨ててしまったのだ。いわゆる自己防衛反応。 「あと手は止めておけ。何があるか解らないし、血でクナイが滑ってしまう」 「……」 「まぁ一番は自分を傷つけないのがいいな。痛みや血で忍務に支障をきたしてしまう。だから「今」の自分を忘れるな」 キィン!と高い音がして、二人は距離を取った。 三郎は口布をあてがい、クナイを構える。 ただ立っているだけなのに、今の彼には隙がない。 「ところでお前は今まで壁にぶち当たったことはあるか?」 「―――今は実習中ですよ、七松先輩」 「天才だから壁なんて簡単に乗り越えられてきただろう?しかし、それでは強くなれん」 「…その壁に、私がなってやろう。と仰るのでしょうか?」 「ははっ、鉢屋は仙蔵同様話しが早くて助かる」 「御冗談を」 目を瞑って薄く笑うと、姿を消した。 姿勢を低くして風を切りながら小平太に向かってくるのを、小平太は嬉しそうに待ち構え、クナイで受け止める。 再び競り合う二人だったが、三郎が口に含んでいた通常より少し小さめの棒手裏剣を小平太に向かって吹く。 至近距離であっても、動体視力と反射神経がいい小平太は簡単に避けることができたのだが、同時に襲ってきていた蹴りを避けることができず、一瞬宙に浮いて吹っ飛ばされてしまった。 「これでもあなたが私の壁になるとでも?」 草むらに吹っ飛ばされた小平太は仰向けのまま動くことない。 だが三郎も、口布を外して腹部を抑えながら地面に膝をついた。 蹴った瞬間、小平太から微かにだが、殴られていたのだ。 「技術云々の話ではない。私は、精神の話をしている」 「……」 痛みを紛らわすように息をするのに集中し、仰向けになったまま喋りだす小平太に耳を傾けた。 「よいしょっと。鉢屋、私はお前が強いことを認めているし、天才だと思う。これは六年誰もが思っている」 「…」 「だが弱い。きっと不破のほうが強いと思っている」 「何を…」 「なぁに、いずれ解るさ。まあお前が先ほどの感情を捨て切った感じを忘れず、常にその状態でいられるようになれば五年の中で一番になるだろう」 「……」 「さ、二回戦目だ。勿論それぐらいで根をあげていないだろう?」 「―――当たり前です」 クナイを構え、タイミングを窺うように二人は睨みあう。 何分も睨み合いを続け、二人は同じタイミングで襲いかかった。 死ぬかもしれない攻防戦を何度も繰り返し、時には気配を消して恐怖のかくれんぼが始まったりして、二人の戦いは何時間も続いた。 夜が明けるころには三郎は疲弊しきっており、今にも倒れそうだった。 殴られ、蹴られ、クナイや手裏剣で傷を負っているにも関わらず、彼は小平太から逃げようとはしない。 反対に小平太は軽傷。疲れている様子もない。 まだまだこの戦いを楽しみたいと言うように笑うのだが、三郎の限界を見極め、地面を蹴って三郎の鳩尾に拳を突きつけた。 一瞬の決着だった。 いつもだったら避けれる攻撃も、疲弊しきっている身体では反応できず、三郎はそのまま後ろへと吹っ飛ばされてしまい、大の字になって倒れる。 「勝負あったな!」 すぐにのしかかり、拳を三郎の顔めがけて殴った。 「……人間、やめませんか?」 「え、何で?」 「人間が素手で地面割るなんて聞いたことありませんよ」 小平太の拳は三郎の顔のすぐ横を殴り、地面にヒビを作っている。 「さて印は返してもらおうか」 「残念ながら七松先輩のは盗られてしまいました」 「え、そうなの?じゃあ鉢屋のもらうか」 「あげたくありませんが、負けたんだから仕方ありませんね…」 「よし、これでなんとか虎徹に怒られずにすんだぞ!」 三郎から印を奪い、その場から離れようと背中を向けた。 負けたままだと悔しい。そう思った三郎は最後の力を振り絞り、足と腰に力をこめて立ち上がる。 「七松先輩、次にあったら覚えておいて下さいね」 「おう、楽しみにしてる!」 片手をあげて答える小平太を見届け、三郎はそのまま倒れ込む。 身体痛くてもう一ミリも動くことができない。久しぶりに体力の限界まで動いた気がする。 それとは反対に、小平太は戦う前と変わらない様子で森に入って行った。。 「(立てないよう殴ったのに立つとは…)」 ボロボロになりつつも自分に挑もうとする三郎を思いだし、再び震えだす身体。 また次の楽しみができたと笑って、昇り始めた太陽に向かって走り出した。 実習終了までもう少し。 ( TOPへ △ | ▽ ) |