夢/とある獣の生活 | ナノ

不運のは組の段


虎徹と小平太が休憩していた同時期、他のチームも休息を取っていた。
休息を終え、伊作と勘右衛門は印を奪った二人に尾行されていること前提に、森の奥へと進んでいる。
時々、伊作が作った痺れ薬を後方に巻きながら、森の小高い丘を目指す。


「善法寺先輩、どうして丘へ?」
「皆の印を奪うためだよ」
「……意図が読めないのですが…」
「えっとね、尾浜に作ってもらった薬を森に撒くの」


優しく教えてくれる伊作だったが、その言葉には黒いものが含まれていた。
自分もそれなりに腹黒かったり、ズバッと切り捨てる発言をするが、伊作ほどではないと勘右衛門は思う。


「詳しい作戦はついてから。後ろから留三郎たち来てる?」
「いえ、気配は感じられません」
「痺れ薬を撒いてるから大丈夫だと思うけど、十分気をつけてね」
「はい」
「―――止まって!」


突如走らせていた足を止め、勘右衛門に手のひらを向ける。
勘右衛門も足を止め、伊作の顔を見ると、彼は口に指をあて「シッ」と真剣な顔を向けた。
息を殺し、気配を消して伊作が見つめる森の奥を勘右衛門も見ると、遠くに文次郎が見えた。
彼はまだこちらに気がついておらず、クナイを片手に森の中を歩いている。


「…どうします?」
「逃げる。僕は戦うつもりない」
「解りました」


袖に隠してあった得意武器の万力鎖をおさめ、ゆっくりと、文次郎から目を離すことなく後退する。
遠回りになるし、時間がかかるが別の道を使って丘を目指そうと、文次郎とは反対方向へ走り出した。
勘右衛門を先に走らせ、伊作があとからついて行きながら最後に後ろを振り返ると、彼はうっすら笑っているように見えた。


「(バレてたか…)」
「よかったですね、善法寺先輩」
「え?あ、うん。そうだね。でも油断は禁物だよ。道が反れてしまったから時間がかかる」
「大丈夫ですよ、食満先輩ももう追いかけて来ませんし」
「…。尾浜、僕たちにはもう痺れ薬がない。今通っている道を留三郎に嗅ぎつけられたら逃げれない」
「…そうでしたね、すみません」
「ううん、それより周囲を警戒して。もしかしたら罠が仕掛けられてるかもしれない」
「はい」


それに敵は留三郎たちだけではない。全員が敵だ。
いくら実習とは言え、勘右衛門は今の状況を若干楽しんでいる。
これは戦場を意識した実習なので、楽しんでもらっては困ると伊作は慣れない様子で勘右衛門に注意した。
後輩を可愛がったり、指導したり、助けたりするのはなんとも思わないが、説教したり注意したりするのは何年経っても慣れない。


「(僕って先輩に向いてないよなぁ…)」
「―――先輩ッ」
「え、もう!?」


もっと上手に注意できたんじゃないだろうか。もっと優しく言えたんじゃないだろうか。
逃げながら考えていると、後ろから誰かが向かって来た。
いち早く気配に気づいた勘右衛門が伊作を呼ぶと、伊作も慌てて後ろを振り返った。
自分たちだってかなり速く走っているのに、追いかけてくる二人もかなり速い。


「見つけたぜ!」
「留三郎!」


暗い森から月の光りを浴びて姿を現わしたのは、身体中がボロボロになった留三郎と、八左ヱ門だった。
治療してあげたときよりケガ増えているのに不思議に思ったが、ここで二人と戦うつもりはない。
さらに逃げる速度をあげる伊作だったが、日頃文次郎や虎徹と鍛錬している留三郎に勝てるはずもなく、前に回り込まれてしまった。


「よ、よく解ったね…」
「竹谷の嗅覚のおかげでな。お前薬くせぇから」
「えー、八左ヱ門とうとう人間辞めちゃったの?」
「辞めてねぇよ!それより印返せ!」
「おうよ!気絶してた俺らから奪いやがって…」
「でもそういう規則だし…」
「じゃあ遠慮なく二人をぶん殴って奪い返してやる!」
「ちょ、ちょっと待って留三郎!何でそんなにイライラしてるんだい?あとケガも酷いようだけど…」


隙を探すための時間稼ぎに質問すると、彼は「ハァ!?」と声を荒げた。
隣の八左ヱ門も恨めしそうな目を伊作に向けている。


「お前が痺れ薬撒いたからだろ!」
「殴ったり、クナイで腕を指して感覚を取り戻したんす」
「うわー…さすが武闘派…」
「そこは大人しく痺れててよ!」
「うるせぇ!いいから勝負だぁ!」


怒った留三郎が伊作に向かい、鉄双節棍を振りかざしたが、勘右衛門の万力鎖により、腕を絡み取られてしまった。
そうくると解っていた八左ヱ門は勘右衛門に飛びかかり、顔をおもいっきり蹴る。
解放された留三郎は口端にだけ笑みを浮かべ、「よくやった」と八左ヱ門を褒めた。
そのまま勘右衛門同様、伊作を吹っ飛ばしてやろうとしたが、伊作は後ろに転び、木に頭をぶつけていた。


「いたた…」
「お、おい大丈夫か…?」
「助かったような助かっていないような…」


こういう場面でも伊作は不運なめにあってしまうらしい。
変わらない彼についいつもように声をかけてあげる留三郎に八左ヱ門は、「先輩」と声をかけると気がついたように再び武器を構えた。


「いったー、ちょっと八左ヱ門。今の本気だっただろ」
「当たり前だろ。これは実習だぜ?」
「うわー、超ムカつく。俺も本気出しちゃうから」
「おう!」


蹴られた箇所を擦りながら、草むらから勘右衛門が出てきて八左ヱ門に近づく。
八左ヱ門も拳と拳を合わせて構えると、勘右衛門は鎖を頭の上で振りまわす。
その横では、留三郎による一方的な展開が繰り広げられていた。


「このっ、…てめぇ…!いい加減当たれよ!」
「当たったら痛いじゃないか!」
「伊作のくせに!」
「僕のくせにってなんだよ!留三郎が攻撃止めてくれればいいことだろ!?」
「それは断る!」
「僕だって断る!」


留三郎が放つ攻撃を全て紙一重でかわす伊作と、攻撃が当たらなくてイライラする留三郎。
このままでは無駄に時間が過ぎていくだけだが、留三郎がなんとか伊作を木へと追い詰めることができた。


「よぉし、ようやく捕まえた…」
「ちょ、ちょっと待ってよ留三郎!君、目が小平太みたいになってるよ!」
「死ねええええ!」
「ええええ!?」


怒りで我を忘れている留三郎が振りかぶった瞬間、伊作は涙を流しながら首を横に振った。
逃げる場所もない、このままだと本当に死んでしまう。
ギュッを目を瞑った伊作だったが、後ろの草むらから何かが飛び出してきた。



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