自分に自信を持て!の段 「善法寺先輩、大丈夫ですか?」 「だ、大丈夫ー…」 「いきなり崖が崩れ落ちてくるなんて…。さすが不運委員長ですね」 「なりたくてなったわけじゃないんだけどね…」 川沿いの崖下で採った草などを調合していると、突如上から岩が落ちてきた。 大事な薬を抱え、その場から離れる伊作と勘右衛門だったが、伊作はいつものように不運に見舞われた。 落ちてきた岩で頭を打ったり、ケガをしたりすることがなかっただけマシなのだが、命の危険に晒されるのには慣れない。 無傷な勘右衛門は岩を避け、転んだ伊作に手を伸ばし、散らばった薬草を集める。 そのとき、岩が川に落ちる音とは他に、人間らしきものが川に落ちる音が聞こえた。 「善法寺先輩…、今人が落ちてきませんでしたか?」 「え?」 集めた薬草を手にとり、恐る恐る川に近づくと、見覚えのある二人が水面にうつ伏せになって浮いていた。 勘右衛門は警戒したが、慈愛精神が強い伊作は薬をその場に置いて二人に駆け寄る。 「先輩、危ないです!もしかしたら演技かもしれませんよ!?」 「それでもこの状態は危険だ!尾浜も手伝って!」 うつ伏せということは、顔が水面に浸かっているということ。このまま放っておくと、息ができないまま死んでしまう。 ゆっくりと流れ出す二人の制服を掴み、岸へ引きあげようとする伊作に、勘右衛門は「ほんと忍者に向いてないなぁ」と若干呆れながら、手伝ってあげた。 岸にあげ、仰向けになって寝かすと、やはり見たことのある人物。 同級生の八左ヱ門と、伊作と同室の留三郎。 「呼吸は……大丈夫みたいだね」 二人の口元に耳を寄せ、呼吸の確認をした伊作はホッと息をついた。 ふと視線をおろすと留三郎の腕が火傷を負っているのに気がついた。 「今さっきからしていた暴れる音は留三郎たちだったんだね」 「火傷ってことは立花先輩でしょうか?」 「仙蔵のはもっと火力が強いよ。文次郎か、長次ぐらいじゃないかな?」 喋りながら持って来ていた救急箱を開き、手当てを始める。 「止めればいいのに」と思いつつも、口に出すことなく手伝う。 「ここも危険じゃないですか?」 「かもね。手当てが終わったら移動しようか」 伊作の言葉に黙って頷き、広げていた薬草やできあがった薬をまとめる。 その間に伊作は素早く手当てをすませ、「よし」と立ちあがった。 「―――あれ?印がある…」 「ほんとですね。落ちてきたから負けて奪われたんだと思ってました」 治療で多少動いたせいもあり、留三郎の胸から印がポロリと出てきた。 伊作が救急箱片手に印を取り、勘右衛門も八左ヱ門の懐に手を入れると、やはり八左ヱ門の胸からも印が出てきた。 「どうしましょう、善法寺先輩」 「んー……気が引けるけどそういう規則だし…。もらっちゃおっか!」 ニコッ!と笑う伊作からは、「気が引ける」と思っている様子はまるでない。 「まぁ…、そうですよね。先輩が治療してあげたんだから、そのお礼ってことで!」 「そうそう!じゃあ移動しようか。留三郎たちが起きたらきっと怒って追いかけてくるだろうし」 二人の印を懐に隠し、二人はその場から離れた。 その数分後には留三郎が目を覚まし、すぐに異変に気がついた。 「おい竹谷、起きろ!」 隣で寝ていた八左ヱ門の頭を叩き、乱暴に起こす。 自分の身体中を触り、印の確認をするも、伊作に盗られている為あるわけがない。 八左ヱ門も異変に気がつき、留三郎同様探したが、やはり見当たらなかった。 「伊作の野郎ォ…!」 「え、何で善法寺先輩が盗ったって解るんですか?」 「こんなときにまで治療するのは伊作だけに決まってんだろ!くっそー…、まさか崖下に伊作たちがいるとは!」 「ってことは俺らゼロってことですよね?そ、それってヤバくないですか!?」 「ああ、ヤベェよ!おい、伊作追いかけるぞ。今ならまだ近くにいんだろ!」 「解りました!追跡なら俺に任せて下さい」 ニッと八重歯を見せて笑い、鼻の頭を指さす。 「虎徹先輩ほどではありませんが、俺も匂いには敏感です。薬草の匂いが残っているので、それを辿って行けば…」 「さすが虎徹の後輩だな。こういうとき頼りになるぜ!」 「ははっ…、匂いがまだ残ってるから解るんです。そうじゃなければ……」 「それでも頼りになるって」 「…」 留三郎がいくら褒めようが、八左ヱ門は表情を暗くさせて俯くだけだった。 八左ヱ門の態度に不思議に思った留三郎が、治療された箇所を擦りながら、「竹谷」と声をかける。 「虎徹先輩なら、きっともっと早く発見することができます。先ほどだって食満先輩をうまく援護してたと思います…」 「小平太の殺気のことは気にするな。あれは俺らでも慣れねぇ」 「ですが…、これはなんのための実習でしょうか?強くなるために先輩方の胸を借りてるというのに…」 「一朝一夕で強くなんてなれるかよ。今回の実習は強くなるのが目的じゃない。強くなるには何が必要かを学ぶのが目的だ」 「何が必要か、ですか…?」 身長が自分と同じぐらいの後輩の頭を、ぽんぽんと撫でてあげ、ニッ!と笑う。 「きっと今頃、他の六年生も五年生に説教か、諭すか、注意するかの指導をしてると思う。今回はそれが目的。小平太と虎徹は完璧楽しんでるけどな!」 「……。では、俺には何が必要でしょうか…?」 「お前はもっと自信を持つことだな」 「自信?」 「犬の扱いも、素手で戦うのも、今から嗅覚を使うのも、どっか自信がない」 「……」 「まぁ…、近くに虎徹がいりゃあそう思っちまうよな」 八左ヱ門の頭から手を離し、腰に手を当てて苦笑すると、八左ヱ門はさらに俯いた。 動物や虫を扱わせれば五年の中では断トツだ。虎徹にだって負けをとらないかもしれない。 しかし、絶対的なカリスマ性を持つ虎徹とともにすれば、自分がいかに弱いか常日頃実感してしまう。 だからいくら八左ヱ門が強かろうが、無自覚に自分と虎徹を比べ、負けを認めてしまうのだ。 「お前だって十分すげぇよ。俺には無理なことばっかしてる」 「ですが…」 「お前がお前自身を信じ、もっと好きに動けば、今より強くなれる気がする。俺の勘だけどな!」 「食満先輩…」 「お前は凄い。だからもっと自信を持て!」 なっ!と笑う留三郎に、八左ヱ門は歯を噛みしめ、拳を力強く握りしめた。 留三郎の激励に身体の芯から震えあがり、自分が思っている以上の大きな声で、「はい!」と返事をしてしまった。 「じゃあ伊作の匂いを辿ってくれるか?」 「解りました、お任せ下さい!」 虎徹同様、八左ヱ門も結構単純な性格だった。 だけどこれで八左ヱ門はもっと強くなれるだろう。 そう思って、留三郎は一人笑い、先を歩く八左ヱ門の後ろを歩き続けた。 ( TOPへ △ | ▽ ) |