夢/とある獣の生活 | ナノ

発揮される力の段


時刻は少し前に戻る。
小平太と別れた虎徹は敵に見つからないよう気配を消し、森を駆けていた。
早く使える鳥や獣を見つけて使役しなくてはいけない。でないと小平太の足手まといになってしまう。
しかし森にはあまり動物がおらず、鳥も見つけることができない。
ここまで山が深いと動物たちもあまり居着かないのだろうか。


「まいったな…」


一度足を止め、息をつく。
空を見上げても鴉一匹飛んでおらず、雲が流れているだけだった。


「(やっぱ誰か連れてくるべきだったか…。でも俺だけ生き物使うのはちょっと卑怯な感じするし、獣ばかり使ってると身体が鈍っちまう。何より俺自身強くなりたい)」


近くにあった苔の生えた石に腰を下ろし、周囲の気配を探る。
何も音はしない。獣も敵もいない。静かに時間が過ぎて行く。


「(だからと言って動物を使わず、あいつらから印が取れるのか?無理だろうな俺頭悪いし。長次や文次郎、留三郎と一対一になれば負けるかもしれねぇ…。しゃーねぇ、少し主旨を変えるか)」


目を閉じ、耳を澄ましていた虎徹がゆっくり開ける。
距離は解らないが獣の気配を感じ取ることができた。


「(この短い時間で、動物を使役し、指示を教える。それができればどの山に行ったって役に立つ。今回は獣使いとしての腕をあげるか!)」


感じ取った獣の元へと駆け出す虎徹。
動物を使役し、指示を教えるのが早ければ早くなるほど、これから先、どこへ行こうが役に立つことは間違いない。
己自体を鍛えたい虎徹だったが、それでは他の六年から印を奪うことができない。
それにそれは日々の鍛錬によるものだ。
今日は身体を鍛えるのは諦め、動物的勘や扱いの腕をあげることに集中した。


「―――いた!」


虎徹が感じ取った通り、枝に止まっている鷹を見つけた。
鳥の中でも特に鷹の扱いは得意だ。
急ぐ心で鷹に近づこうとした瞬間、ヒュッ!と空気を裂く音が耳に届き、横から鋭い刃物が虎徹の目をめがけて飛んできた。


「だっ!?」


小平太と同じぐらいの反射神経を持っている虎徹は避けることができた。
だが、バランスを崩してしまい、頭を地面で打ってしまった。
目の前には縄。その先には刃物。すぐに長次の縄標だと解った。


「くそっ、まさかの長次かよ!」


手を使うことなく起き上がった虎徹は木の上へと飛ぶ。
鷹に夢中でその他の気配に気がつかなかった。
後悔をしても遅いが、反省はして、同じ過ちを繰り返さないようにする。
鷹はまだ枝に止まっており、虎徹は急いで近づく。もう少し近づくか、鷹が虎徹の存在に気がつけば使役することができる。


「―――覚悟ッ!」
「っ雷蔵か!」


向かう途中、虎徹より高い位置に待機していた雷蔵が上から襲いかかってきた。
乗っていた枝から降り、ぶら下がって雷蔵からの攻撃を避けるも、拳は枝を突き破り、虎徹は地面へと落ちる。
両手足をついて着地すると同時に、後ろから再び縄標が飛んできた。


「あああもう!」
「すみません、中在家先輩!当たりませんでした!」
「雷蔵、俺先輩だよ?!今本気で殴りかかったでしょ!」
「今は敵ですから!」
「そうだった、ごめん!」


縄標を避けて走り出す虎徹を雷蔵が追いかける。
最初に出会うのは絶対に仙蔵か文次郎だと思っていただけに、虎徹は戸惑っていた。
というか、長次との戦いは小平太に任せる気満々だったので、戦う準備をしていない。


「くっそー、油断した!」


だけど二人相手なら逃げ切れる自信がある。
後ろを振り返ると息を切らしかけている雷蔵が目に入った。
ここまで離れればもう大丈夫だろう。
そう思い、さらに鷹に近づいた虎徹だったが、虎徹の鼻に火薬の匂いが届いた。


「う、っは!」


パンッ!と、火縄銃の音が森に響き、鷹は驚いて飛んでいく。
火縄銃に狙われた虎徹は間一髪で避けたものの、再び転んで頭を打ち付ける。


「火縄銃ってことは兵助か!お前ら組んだな!?」
「ご名答」


虎徹の傍に姿を現わしたのは仙蔵。
腕を組んだまま虎徹を見降ろし、余裕そうな笑みを浮かべていた。


「鷹を見張っていればお前が近づいてくるのは解っていた。そこに罠を張ればすぐに捕まえることができる」
「さっすが優秀ない組様。成績優秀な雷蔵や長次、兵助もいりゃあバカな俺ぐらい簡単に捕まえれるってな」
「まぁな。だが、小平太がいないのは少し驚いた。小平太は竹谷を狙いに行ったのか?」
「まぁ、そういうこと」


起き上がって仙蔵と向かい合うと、後ろから雷蔵と長次も姿を現わした。
姿は見えないが兵助もすぐ近くにいるだろう。
四人に囲まれては逃げる隙すら見つからない。
さて、どうしたものかと冷や汗を流したながら虎徹は考える。


「(せめてあの鷹を使役できてたらな…)」
「残念だが虎徹。お前に動物を使役させる時間はやらん」
「もー、怖ぇよ仙蔵。勝手に心読むなって…」
「お前らほど解りやすい奴らはいないからな。さあ、印を渡してもらおうか?」
「それは断る。小平太の足を引っ張るわけにはいかねぇ」
「ここから逃げれるとでも思っているのか?」
「思ってねぇよ。思ってねぇけど、俺だって強くなりたいの。だから最後の最後まであがかせてもらう!」
「そうは…させん…!」
「てやぁああ!」


最初に仕掛けたのは長次と雷蔵。
長次が縄標で虎徹の利き手を捕え、雷蔵が振りかぶる。
利き手を捕らわれたものの、雷蔵からの攻撃を受け止め、懐を狙って来ていた仙蔵に蹴りを繰り出して動きを止めた。
すぐに受け止めた雷蔵の手を捻り、仙蔵に向かって投げつける。
遠くから火縄銃で狙っている兵助が、虎徹の腕を狙って発砲したが、気づいていた虎徹は力を振り絞って長次の縄標がたぐり寄せ、火縄銃で縄を切らせた。


「すみません、立花先輩!」
「四人も相手できるか!」
「待て、逃がさん!」
「逃がすか…!」


仙蔵、長次が逃げる虎徹を追いかける。
二人が手裏剣を投げてくるのを、切った長次の縄標で抵抗する。
続いて雷蔵、兵助も追いかけてくる。
四人が同時に手裏剣を投げれば、さすがの虎徹も全てを落とすことができず、身体を傷つけた。


「っ!」


誰かが投げた手裏剣が足に当たり、バランスを失って地面に倒れる。
すぐに起きあがって逃げようとする虎徹だが、二人がすぐそこまで迫っていた。


「(やべぇ!)」


このままだと印を盗られてしまう!
焦る虎徹の近くを先ほどの鷹が飛んで来た。
目でとらえた瞬間、虎徹の存在と殺気に気付いた鷹がこちらを向き、目が合った。


「来い!」


絶対的な命令を殺気とともに飛ばすと、鷹は素直にこちらへ飛んできて、虎徹の腕に止まろうとする。
だが止まることを許さず鷹に、


「行け!」


と命令を下した。
通常、動物を扱うにはたくさんの時間を必要とする。
命令を忠実に実行するには、訓練と信頼関係が必要だからだ。
だが虎徹は、一般人が必要とする時間の半分以下で、動物を使役し、命令することができる。
だからと言ってすぐに命令を下すことはできない。動物に人間の言葉が解るわけがないからだ。


「ぐっ…!まさかあの一瞬で…!」


危機が迫った虎徹は今までにない力を発揮した。
動物は、人間の言葉が通じなくても、感情を読みとることには長けている。
それを読みとった鷹は仙蔵、長次の視界を邪魔し、虎徹が逃げる時間を稼いだ。
急いで森の奥へと逃げ込み、ある程度離れてから「来い!」と再び鷹を呼ぶ。
虎徹の声を聞いた鷹は仙蔵たちから離れ、森へと消えて行った。


「やられたな…。とうとう人間ではなくなったぞ、あいつ」
「……危機に陥ったときに、人間の真価が発揮されると言う…」
「まさに今の状態だったな」
「……どうする。虎徹に同じ手は食わんぞ…」
「そうだな、別れたほうがいい。次は私と久々知だけで奴らを潰す」
「ならば私と不破は他を狙おう」
「―――私と勝負する気か、長次」
「いや、今はまだしない…。仙蔵は?」
「私もする気はない」
「ではまた…」


切れた縄を持ったまま長次は背中を向け、虎徹とは反対方向に歩き出す。
虎徹の印を盗ったら、今度は長次と雷蔵の印を狙うつもりでいた仙蔵。
だが失敗に終わってしまった。
もう一度作戦を立てようと髪の毛をかきあげる。


「…ん?どうした、久々知」
「………っ、すみません、印を雷蔵に取られてしまいました…」
「……やりおったな、長次」


虎徹が逃げ、長次と仙蔵が喋っている間、雷蔵は兵助と喋っていた。
雷蔵は同級生で、しかも同盟を組んでいると油断している兵助から隙をつき印を奪い、長次とともに姿を消したのだ。
まさかの裏切りに兵助は軽くショックを受けている。普段仲がいいからというのもある。
そんな兵助を見た仙蔵は一度兵助の顔を見て、目を閉じた。


「で、お前はいつまで落ち込んでいるのだ」
「……ですが、…」
「どうして奪われたか解るか?」
「…僕が油断していたからです」
「お前たちは特に仲がいい。本来なら不破だってそんなことしないが、きっと始まる前に長次に何か言われたのだろう。だから油断していたお前から印を奪った」
「はい…」
「ここまで言えば、賢いお前なら解るだろう?」
「……―――はい…」
「では行くぞ。次に狙うのはあいつらだ」
「はいッ!」


グッと噛みしめ、兵助は立ち上がって仙蔵のあとを歩き出す。
実習が始まったのはお昼前。そろそろ夕刻が迫る時間だった。


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