小平太VS留三郎・八左ヱ門の段 『いいか、俺はここで罠作ってるから、お前は周囲の警戒にあたってくれ』 最後の組みである小平太たちが森に入り、四半刻が過ぎた。 それは合同実習開始の合図であり、留三郎とペアになった八左ヱ門は高い木を登り、持ってきていた遠眼鏡で周囲を探っていた。 既に仙蔵・兵助組み、長次・雷蔵組みの動きは把握している。 こちらとは正反対の方向へ向かっていたので、今は安全だ。 「一番警戒するべき人はあの二人だよなー…」 八左ヱ門が一番警戒し、探しているのは小平太・虎徹組み。 木々が邪魔して見つけ出すのは難しいかもしれないが、あの二人組みはどうしても見つけ出したい。 だからと言って見つけるのに集中しすぎては他の誰かに自分が狙われるかもしれない。 自分を守りつつ、二人を探しだす。 「―――いたっ…!」 時間は過ぎていき、一旦休憩しようとした瞬間、木の枝に立っている小平太を見つけた。 後ろを向いていたが、あのボサボサ髪は小平太しかいない。 「……どうする、先輩に報告するか?いや、このまま見張って近づいてくるようなら、」 見つけた瞬間、身体から冷や汗が流れ始めた。 まだ遠くにいるにも関わらず、緊張してしまう八左ヱ門。 焦るな。と自分を言い聞かせ、遠眼鏡で小平太を監視しながら息を整える。 しかし遠眼鏡に写る小平太はただ静かに突っ立っているだけ。 何をすることも、誰かを探している様子もなく、ただ突っ立っている。 不思議に思って身を乗り出すと、ギシリと枝が音を立てた。 その瞬間、目を光らせた小平太が振り返る。 息が止まり、一瞬だけだが心臓も止まった。 「(バレた!?い、いや…そんなはずは…。だってまだ遠い…!)」 人間の視力では絶対に見つけることができないほど遠く離れている。 なのに小平太はこちらを向いていた。 「気づいている」とでも言うようにこちらをジッと見つめ、プレッシャーを放つ。 八左ヱ門は動くことなくその場で、逃げるか留まるか考える。 しかし、こちらを向いて見つめている小平太は確実に八左ヱ門の存在に気がついていた。 「(……この距離なら逃げれる…)」 遠眼鏡に目を通したまま、八左ヱ門が逃げようと動いた瞬間、 「見つけた」 そう言うように小平太は口を三日月にして笑い、姿を消す。 すぐに八左ヱ門も遠眼鏡をしまい、その場から離れる。 枝から降りながら、留三郎に合図を送る。見つかったという合図だ。 「(やばいやばいやばい!)」 息を殺しつつ全力で森を駆け抜けるも、後ろからは殺気が迫っていた。 いくら早く走ってもその殺気から逃げれることができない。 狩人に狙われた獲物になった気分だな。と、考える余裕はあったが、心臓はバクバクとうるさく音をたてていた。 「鬼ごっこか?」 「ッ!」 耳元で囁かれ、八左ヱ門は走りながら振り返る。 しかし後ろには誰もいない。まだ追い付いていない。 「(殺気がこれほどまでとは…!)」 遠く離れているのに小平太の殺気は八左ヱ門を捕え、遊んでいる。 獲物を狩るように楽しそうに、そしてジワジワと追い詰めている小平太はまさに狩る側の人間だ。 先ほどのだって幻聴。だけど本物。殺気がそう言っているのだ。 「(先輩からの合図はまだない…。罠がまだ完成していないなら…!)」 走るのを止め、振り返る。 森は静かで、獣一匹いなかった。 乱れる息を整えながら、木々の向こうからやってくる小平太を迎えようと構える八左ヱ門。 次第にピリピリとした圧迫感が八左ヱ門を襲い、暗い森の奥から目を光らせた小平太が現れた。 小平太の瞳孔はすでに見開いている。開始して間もないというのに、彼の興奮はマックスを迎えていたのだ。 それを見た八左ヱ門は再び背中を向けて走り出した。 「あんな猛獣に勝てるかぁあああ!どうやって勝てっていうんだよちきしょう!」 半分泣きながら逃げる八左ヱ門は獅子に狩られる兎状態。 獅子である小平太は、遊ぶように八左ヱ門との距離をある程度保ったまま追いかけている。 「竹谷ぁ、それが全力か?」 「ちょっと、話しかけないで下さいよ!というか、遊ぶぐらいなら他の方を狙ったらどうですか!?」 「いや、私が留三郎と竹谷を潰しことになっている。でもすぐに潰したら楽しくないだろう?」 「だからこうやって遊んでるんですか!止めて下さい!」 「なら、本気を出そうか?」 後ろから追いかけていた小平太はいつの間にか八左ヱ門の目の前に回り込み、ニッと笑う。 慌てて走る足を止める八左ヱ門。すぐに後ろにさがって距離をとるも、もう小平太の戦闘範囲に入ってしまった。 留三郎の合図があったとしても、そこへはもう行けない。 「(先輩が作った罠まで連れて行くつもりだったのに…)」 「どうした竹谷。戦わないのか?印が欲しいだろう?」 「え、ええ…。欲しいです」 「ならばかかってこい!私もお前の印が欲しい!それに、早くお前らを潰して、長次の相手をしないといけないのだ!」 「―――俺らから印盗る前提かよ!」 「食満先輩!」 小平太の背後から気配を消して現れたのは、八左ヱ門のペアである留三郎。 小平太の頭めがけて蹴りを繰り出した留三郎だったが、存在に気付いた小平太は反射的に頭を下げた。 小平太が超人的な反射神経を持っていることは解っているが、かすりもしなかったのはさすがに腹が立つ。腹が立つが、今は逃げるに限る。 「何だ、留三郎も逃げるのか?」 「テメェと真正面からやりあっても負けるだけだからな!竹谷、走れ!」 「は、はい!」 「えー、つまらん…」 「つまらなくて結構!開始早々盗られてたまるか!」 「だから逃げるのか?」 「逃げてねぇよ。これは戦略的撤退だ!」 「留三郎はいつからそんな弱腰になったのだ?あまり私を失望させるな」 「―――あ?」 走りながら小平太は留三郎を挑発した。もしかしたら本音なのかもしれないが、楽しそうに笑っているので挑発をしているのだろう。 先頭を走る八左ヱ門が振り返って留三郎の顔を見ると、青筋を浮かべていた。 普段、後輩を可愛がったり、伊作の面倒を見たり、虎徹を回収したりと、面倒見がいいところばかりしか見たことがない。 落ち込んでいる自分を慰めてくれる優しい先輩だと思っていたが、今の留三郎は小平太と同じく凄まじい殺気を放っている。 改めて留三郎も小平太同様、強い先輩だと実感したが、挑発に乗らないよう「先輩!」と強めに声をかけた。 「もう少しです!」 「ッチ…。おい小平太、お前実習が終わったら覚えてろよ」 「今でも構わんぞ!」 「ああ、そーかい。じゃあ仕方ねぇな」 草木を分け、三人は森を抜けた。 そこは崖で、それ以上先には進めない。 逃げ場がなくなればイヤでも戦うだろう。 そう思った小平太は楽しそうに拳を鳴らしたが、留三郎も笑っていた。 笑った顔を見た瞬間、周囲に罠が仕掛けられていることに気がついた小平太だったが、引くつもりはない。 「竹谷、お前も接近戦型だよな」 「ええ…、まあ…」 「今日だけは俺に譲ってくれねぇか?お前には俺の援護を頼みたい」 「解りました、お任せ下さい」 「何だ、二人揃ってかかってきても構わんぞ?」 「今日こそブッ倒す!いっつもいっつも物壊したり、無駄に塹壕掘ったりしやがって!」 「先輩……それ、私情ですよね…」 「うるせぇ!覚悟しろ小平太!」 怒りを込めたクナイを小平太に向かって投げるも、当たることなく木に刺さった。 その瞬間、見えない糸がプツンと切れ、丸太が後ろから小平太めがけて落ちてきた。 落ちてきた丸太を拳で真っ二つに割ったが、後ろを向いたせいで留三郎が自分に襲いかかっているのに気がつかなかった。 いや、気づいているが反応が遅れてしまった。 彼もまた小平太同様瞳孔を開き、青筋を浮かべたまま小平太の顔に殴りかかる。 「―――っは!」 留三郎の渾身の一撃にも関わらず、小平太は笑っていた。 殴りかかった留三郎の腕を掴み、右手拳に力を込め、殴りかかる。 が、八左ヱ門が留三郎の影に隠れてクナイを投げ付けてきたので、留三郎を離して距離を取る。 小平太から離れた留三郎は追撃するように手裏剣を投げつけ、近くにある落とし穴へと誘導する。 「落とし穴だな?」 「(チッ!)」 その場所へ誘導していることに気づいた小平太はクナイを取り出し、手裏剣を弾き返す。 手裏剣で頬から血を流しているのに気がついていない。 気づいたとしても既に戦闘モードに入った小平太には関係のないことだった。 だが戦闘モードに入っているのは小平太だけでなく、留三郎もだ。 クナイで襲いかかってくる小平太を得意の鉄双節棍で受け止め、力比べするように競り合う。 その隙に八左ヱ門が小平太の印を奪おうとするも、彼の一睨みによって動きを止められてしまった。 「来るなら来い、竹谷。相手にしてやる」 「ぐっ…!」 「おい、俺から目を離すなよ、小平太」 競り合いから一瞬だけ力を弱め、バランスを失った小平太は留三郎を押し倒す。 しかし留三郎はその場におらず、小平太の背後に回っていた。 すぐに小平太を捕えるための罠を発動させ、地面に伏している小平太に網がかかる。重しがついているため、早々には脱出できそうにない。 「網が何でこんなとこにあるんだ?」 「はっはっは!俺に作れねぇもんはねぇんだよ!さ、印寄こしな」 「それはできん。勝手に私から奪え」 素直に印を渡してくれれば、反撃に備えることができる。 だが、印を取れ。と言われれば、少し危険だ。 手を伸ばした瞬間、襲いかかってくることは解っている。 それに対応できるだけの反射神経は持っていない。 「どうします、食満先輩…」 「くっそー…」 困っている二人の足元に、一つの玉が転がってきた。 最初は不思議に思って見ていたが、すぐに煙玉だと気がつき、留三郎は八左ヱ門を連れてその場から離れた。 煙玉は凄い勢いで白い煙を放ち、その場の視界を奪った。 身動きの取れない小平太は涙を浮かべ、咳き込む。 その小平太の目の前に口布をした虎徹が姿を現わした。 「小平太、迎えに来た!」 「虎徹!」 「脱出するぞ、ほら、手ぇ貸せ」 「ああ、助かる!」 網を切り、小平太に手を伸ばす虎徹。 小平太も手を伸ばしたが、虎徹の手は横をすり抜け、自分の懐へと入っていった。 「虎徹?」 不思議そうに首を傾げ、名前を呼ぶと、虎徹は口布の下で口角をあげた。 何を言うこともなく小平太の印を自分の懐へおさめ、代わりに宝禄火矢を取り出し投げつける。 「わっ!」 「有り難く頂戴致します、七松先輩」 次に虎徹を見たときには、雷蔵の顔をした三郎が立っていた。 すぐに姿を消し、咳き込んでいる留三郎と八左ヱ門にも宝禄火矢を投げ付ける。 「クソッ、騙された!」 先ほどの虎徹が偽物だと気付いた小平太も宝禄火矢を二人に投げつけ、三郎を追いかけた。 「マジかよ!竹谷、崖下に投げろ!」 「はい!」 投げつけられた宝禄火矢を崖下に向かって投げるのだが、最後の一つを投げることができず、その場で爆発。 二人は軽く火傷を負ってしまったが、ほぼ無傷。 だったのだが、散々崖で暴れ、宝禄火矢を爆発させてしまったおかげで、崖にヒビが入ってしまった。 「や、やべぇ…」 「ですね…」 急いでその場から離れようとする二人だったが、崖が崩れるほうが早く、二人揃って崖下へと転落してしまったのだった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |