合同実習開始の段 本日の天気は快晴で、朝から気持ちよく起床することができた。 しかし、五年生の顔色は悪く、身体も重たそうだった。 そう、今日は六年生との合同実習当日なのだ。 忍術学園から遠く離れた山にやって来て、今は小休憩中。 目の前には鬱蒼と生い茂る木々。人間が歩くような道はなく、獣道も見つけることができない。 「さて、五年生諸君」 時間の無駄遣いをするのが嫌いな仙蔵が、休憩をしている五年生に近づく。 座っていた兵助と勘右衛門は立ち上がり、三郎と雷蔵と八左ヱ門は姿勢を正して仙蔵に振り返った。 「見ての通りこの山は深い。人間たちも滅多なことがない限り入らないらしい」 「天気がいいのに暗そうですねー…。うわー、怖そう…」 「ここで実習を行うのだが、まず注意として、「迷子になるな」」 「確かに迷ったら出れそうにないな…。雷蔵、気をつけろよ」 「う、うん…」 「実習内容だが、伊作から少し聞いたらしいな」 「はい。二人組になって印を丸一日かけて奪い合うと」 「そういうことだ。制限時間は明日のこの時間まで。時間になると先生が狼煙をあげてくれるからよく見ておくように」 「仙蔵ー、私竹谷と組みたい!」 説明をしていた仙蔵の元に、待ちきれない様子の小平太が乱入してきた。 すぐに長次が首根っこを掴んで回収したが、その横で留三郎も虎徹を掴んでいた。 「おい小平太!竹谷と組むのは俺だ!普通に考えてもそうだろ!?」 「えー…。虎徹はいつも竹谷と組んでるだろ?たまにはいいじゃん」 「いーや!これだけは譲れねぇ!」 「小平太、落ちつけ…」 「虎徹も落ちつけよ」 「はぁ、あのバカどもは…。では相手を決めるか」 「あの、立花先輩」 「どうした久々知」 「クジで決めるのですか?」 「いいや、自由だ。というわけで、久々知。私と組まないか?」 「え?ぼ、僕とですか?」 「何だ私では不満か?」 「いえっ、とんでもないです。是非お願いします」 サラッと相手を指名し、一番に決めた仙蔵。 続いて長次が雷蔵を呼んですぐにペアが決まった。 小平太と虎徹は両者譲ることなく言い争っている。 「あの、俺…」 「はー…。おい竹谷、俺と組むか?早く決めねぇといけないのにどっちも譲らねぇみたいだし」 「食満先輩とですか。はいっ、宜しくお願いします」 「僕尾浜とがいいな。えっと、不運に巻き込まれるかもしれないけどいい?」 「私でよければ、是非」 「鉢屋、俺と組まないか?」 「本当は立花先輩と組みたかったのですが…。仕方ありませんね」 「なんだと!?」 「先輩の足手まといにならないよう気をつけます」 あちこちでそれぞれの相手を決め、仙蔵が「決まったか?」と全員を集めようとした。 しかし、それぞれが勝手に決めていたせいで、最悪の組み合わせが残ってしまった。 「あれ?俺らしか残ってなくね?」 「おっ?ほんとだ…。では私の相手は虎徹か」 「えー、俺竹谷と組みたかったのに…。ま、いっか。竹谷と戦うの楽しそうだし」 「それもそうだな!」 超好戦的な二人組ができてしまった。 六年生は「面倒くせぇ」と頭を抱えたが、五年生は焦っている。 特に八左ヱ門は焦っていた。二人とも自分を狙っているのが解るからだ。 「け、食満先輩…。俺のせいですみません…」 「いや、俺がお前を誘ったからだ、すまん」 「俺…明日もここに立ってる自信ありません…!」 「諦めるな。俺も頑張るから」 「食満先輩っ…!」 既に心も身体も満身創痍な八左ヱ門の肩を優しく叩き、励ます留三郎。 実習開始と同時に二人が自分たちを狙ってくるのは解る。だから手の塞ぎようはある。と声をかけてあげた。 「小平太と虎徹が組んだか。最悪だな…」 「仙蔵、今更グタグタ言ってもしょうがねぇだろ。それより残りの説明しろ」 そういう文次郎も眉間のシワがいくつか増えていた。 「これから各自時間を置いて森に入っていく。全員が入り、最後の組みが入った四半刻(約三十分)後に実習開始になる」 そう言って胸から自分の名前が書かれた木の板を取り出す。 これが「印」になり、この印を奪い合うだけのシンプルな戦闘実習。 森の中では組んだ者以外、全てが敵になる。もちろん、裏切りは承知の上で同盟を組んでもいい。 一日使うので、食事や水の確保も各々が調達しなければならない。 森から出るのは禁止。その時点で失格となる。 戦うのは構わないが、殺したり、致命傷を負わせたりしたらこれも失格となる。 印を奪えば奪うほど、報酬である「食券」を貰えることができる。一番印を取った組みには特別に報酬金も出る。 また、印を奪われても、制限時間までに取り返せば無効となる。 「ようするに、終了時間に持っている印の数で勝者が決まるということだ」 簡単に解りやすく説明をした仙蔵。 全員が木の札を隠し、緊張の糸を張った。 報酬が食券なのは嬉しいが、これは戦闘実習。しかも相手は猛者ばかり。 真面目にやらなければケガを負うことは間違いない。 「最初は私と久々知が行かせてもらう。次に長次、不破。留三郎、竹谷。伊作、尾浜。文次郎、三郎。そして最後に小平太と虎徹だ。お前らが入ったら狼煙をあげろ」 「はいよー!よし、小平太、ゆっくり作戦立てようぜ!」 「なぁに、いけいけどんどんでなんとかなるさ!」 「バッカ、もっと考えろ」 「言っておくが獣バカ二人。私と久々知に頭で勝とうと思うなよ。行くぞ久々知」 「は、はい!」 最初に仙蔵と兵助が森に入り、時間を置いて長次と雷蔵が入って行く。 「小平太、最初に言っておくが、今の俺は全く使えねぇぞ」 「え、そうなの?」 「動物いねぇもん」 「じゃあこの森で捕まえればいいだろ?」 「そこなんだよ、問題は。いいか、従わせるのは簡単だが、すぐに使うことができるわけじゃねぇ。せめて「襲え」を教えねぇと…」 「なら私が背後を守るから教えればいい!」 「んなことしてたら時間が勿体ねぇだろ。お前、食券と金欲しくねぇの?」 「ほしい!」 「だろ?じゃあたくさん印を取ってこねぇと。…少し気に食わねぇが、お前が留三郎と竹谷を潰してくれ」 「お!いいのか!?」 「俺の考え喋っていいか?ちゃんと脳内に詰め込んでおけよ。これは二人一組の実習なんだからな」 「解った!」 枝を持った虎徹がそれぞれのペアを地面に書いた。 二人はしゃがみこみ、身を寄せ合って小声で話す。 矢羽根を飛ばしてもいいのだが、六年生はそれを聞きとることができる。 特に仲のいい留三郎、伊作、長次は全部読みとってしまうので意味がない。 「伊作、勘ちゃん組はこの際放っておけ。どうせ不運に見舞われるからな」 「アハハ、だな!」 「じゃあまずどこから潰すか。仙蔵と文次郎あたりは頭が偉いから多分俺らを狙ってくるだろうよ。力じゃあ俺らのほうが強いからさっさと潰して、あとは逃げるか隠すかすんだろ」 「仙蔵は気配隠すの上手だからなー。文次郎も体力があるから鬼ごっこになったら面倒だな」 「だろ?だからと言って二人を相手にしてたら、きっと長次と留三郎が隙をついて狙ってくる」 「長次も頭いいからな!」 「戦いに関しては留三郎も賢いからな。だからまずお前が留三郎組みを潰してくれ。出鼻をくじきゃあなんとかなるだろ。あと俺が仙蔵に奪われた保険もほしいし」 「長次は?」 「そのあと長次を頼む。長次はお前とやり慣れてるから長期戦になること間違いない。だから最初は留三郎だ」 「おう、解った!なんだか楽しくなってきたな!」 「まぁな!で、お前が二人を相手にしている間、俺があとの二人を相手にする」 「仙蔵たちはどう動くんだろうな」 「まず罠を張るだろ。仙蔵組みは遠距離派だからジワジワ攻めてくるに違いねぇ。遠距離なら俺だって簡単に避けれるから仙蔵は任せてくれ。体力に自信あるし」 「奪われるなよ」 「それは……頑張る…。あいつ頭いいからなー…」 「もし仙蔵が私のとこに来たらどうすればいいんだ?倒していいのか?」 「いーや、絶対に俺んとこに来る。小平太と戦うより俺と戦うほうが勝率あがるし、何より俺に動物を使わせないようにする」 「確かに虎徹に動物使われたら厄介だからな」 「そうそう。鳥に持たせて空にいてもらえば勝ちも同然だからな。だから仙蔵、文次郎は俺らというより俺を狙ってくる」 「じゃあ別れたほうがいいな」 「だろ?だから留三郎を頼むって言ってんの」 「解った!虎徹は早く動物捕まえろよ。たっくさん印取ってお腹いっぱい食べたいからな!」 「うーし、じゃあちょっくら本気出しますか」 立ち上がると、その場には小平太と虎徹しかいなかった。 二人が揃って中に入り、虎徹が実習開始の狼煙を上げた。 「四半刻後だ。時間を間違えるなよ、小平太」 「おう!…あ、今から動物捕まえればいいんじゃないのか?」 「仙蔵の話聞いてなかったのか?これから四半刻後に実習開始。それまでは作戦時間に入るからそういうのはやっちゃダメ」 「ふーん…。でも獲物を見つけるのはいいのだろう?」 「おうよ。じゃ、ひとまず解散な」 「たくさん盗ったほうが今日の夕食奢るってのはどうだ?」 「何でお前とも戦わねぇといけないんだよ…。せいぜい盗られんなよ」 「なはは、気をつける!」 ザッと地を蹴り、二人は逆方向へと走り出した。 ( TOPへ △ | ▽ ) |