お風呂の時間の段 『あっ』 『あ…』 五年と六年の入浴時間がかぶってしまいました。 「今日は珍しく遅いのだな」 「立花先輩たちもいつもに比べて遅いようで」 「裏山で自主トレしていたらな」 忍たま長屋には全学年共通の大きなお風呂がある。 特に時間帯は決まっていないが、下級生から順番に入っている。 上級生ともなれば自主トレや自主学習、戦場実習などで帰るのが遅くなるからだ。 なので、一年生と二年生、三年生と四年生、五年生と六年生がこうやってかぶってしまうことが多々ある。 だが、今日は珍しく全員がかぶってしまった。 五六年生ともなれば全員が大きい。広いお風呂もこれでは狭くてたまらない。 しかし早く入って今日の疲れを癒したい六年生は遠慮なく湯船に浸かるのだった。 「あのー、僕たちあがりましょうか?さすがに全員が浸かるのは……」 「不破、細かいことは気にするな!」 六年生が掛け湯をしている間に雷蔵が湯船からあがろうとしたが、小平太が笑顔で止めた。 五年生たちもどこか遠慮気味で、そわそわしている。 六年生が嫌いなのではないが、お風呂で会うと何だか緊張してしまう。 それと、 「あの、立花先輩、七松先輩、国泰寺先輩」 「どうした、鉢屋。お前が私たちに話しかけるなんて珍しいな」 「背中洗ってやろうか?」 「小平太、それは止めてやれ。皮が剥げる」 「どうして三人は前を隠さないんですか?」 タオルで己の息子を隠すことなく、堂々としている三人を見るのは少々恥ずかしい。 「ちょっとは隠せよ」という意思を遠まわしに三郎が伝えたが、三人は恥ずかしげもなく腰に手を当て、首を捻った。 いいから、前を隠せ。見せるな。と声を大にして言ってやりたい。 「不破ー、風呂に入ってるのに何で隠すんだ?」 「小平太、今のは三郎な。でも俺も小平太と一緒の意見だわ。見られて困るようなことか?」 「見られて困るような鍛え方などしていない!」 「見苦しいから隠してほしいよねー」 苦笑しながらズバッと言うのは伊作。 留三郎と一緒に端っこのほうで肩まで浸かっている。 伊作は健康オタクで、留三郎は真面目。二人は三人とは違い、ちゃんと前を隠していた。 長次、文次郎も慣れた様子で彼らをスルーし、五年の邪魔をしないよう静かに浸かっている。 「俺五年と一緒に入ったの初めてだ」 「おー、私もだ。いつも私たちが最後だからなー」 「こんな温かい風呂に入れるのは何カ月ぶりだ?」 「さぁ?でも気持ちいいな!」 「気持ちいいな!」 湯船できゃっきゃと遊ぶ二人を、仙蔵が殴って止めたり、文次郎が怒鳴ったりで、どんどん騒がしくなっていく。 静かに、まったり浸かりたい五年生は「今日は早くあがろう」と矢羽根を飛ばし、湯船からあがる。 身体を洗って、髪を洗うのだが、今日ほど自分たちの髪の毛が長いことに苦労したことはない。 「竹谷!」 「な、何ですか、虎徹先輩」 髪の毛を洗っていると、突然後ろから声をかけられ、大げさに驚く八左ヱ門。 隣には先ほどまで湯船で遊んでいた虎徹がおり、ジッと何かを見つめている。 その視線を自分も辿っていくと、タオルで隠された自分の息子。 まさか…。と思い、タオルを抑えるよう手を伸ばした瞬間、サッ!と奪われてしまった。 「あああああ!虎徹先輩ッ、何するんですか!」 「男なら隠すんじゃない!」 「なら俺だけじゃなく五年全員にも言って下さい!」 「いやー、まずはお前からと思って……って……」 ニヤニヤと笑いながら露わになった八左ヱ門の息子に目をやった瞬間、虎徹は眉をしかめた。 ガタガタとわざとらしく震え、小平太の元へと走り出す。 「うわあああん、こへーたーっ!後輩が俺に下剋上してきたぁ!」 わっ!と女のように小平太の胸に泣きつく。 結構がたいがいい二人が裸で抱きつく絵柄はかなり厳しいものだった。 五年生はできるだけ関わりたくないように静かに頭を洗い続け、未だ肩まで浸かっている伊作と留三郎は「気持ち悪いね」と笑う。 「竹左ヱ門、先輩は敬うべきだぞ!」 「え、あ、はぁ…すみません?というか、八左ヱ門です」 「ところで、竹左ヱ門」 「なんですか、七松先輩。だから、八左ヱ門です」 「お前ちんこでかいなぁ」 「は!?」 小平太の発言に虎徹以外の全員が吹きだした。 五年生は笑っていいのか、このまま黙っているのか悩んだが、プルプルと震えている。 六年生は一度八左ヱ門の息子に視線を注目し、そのあと憐れんだ目を虎徹に向けた。 「わあああ!竹谷は可愛いけど、息子は可愛くない!」 「いいか、虎徹。これが現実というものだ。そして、息子が大きければ女にモテる。小さいお前は獣にしかモテない」 「うるせぇよ仙蔵!獣にモテてるのもいいが、女の子にもモテたい!」 「虎徹、細かいことは気にするなって!」 「お前に慰められても嬉しくねぇよバーカ!」 「じゃあ長次がいいか?ちょーじぃ、虎徹が慰めてほしいって」 「……虎徹、細かいことは気にするな…」 「ろ組のバーカ!お前らなんか友達じゃねぇよ!うわーん、留三郎ー、伊作ーっ!」 「風呂ぐらい静かに入れよ…」 「虎徹、男は見た目じゃない、中身だよ!」 「不運の王様にそんなこと言われても全然嬉しくねぇし!」 「静かに入れ、バカタレが!」 ギャーギャーと騒ぎたてる六年生。 八左ヱ門は若干顔を赤くしつつ、静かに頭を洗うのに戻った。 左右に座っている三郎と勘右衛門が優しく肩を叩いてくれる。 「さ、ふざけてねぇで身体洗ってさっさとあがろ」 「今日も疲れたな!」 「嘘つけよ。お前長次が止めなかったらまだ走ってただろ」 「ああ!」 「この体力バカが」 五年が身体と頭を洗い終わり、交代で六年が身体と頭を洗い出す。 小平太が頭を洗い、お湯を頭からバシャンとかけて、水を切るためプルプルと犬のように頭を振ると、隣に座っていた伊作に水気が全部散った。 お風呂に入っても何かしろ不運がある伊作を虎徹と留三郎が笑い、仙蔵、文次郎、長次も笑った。 ほのぼのとした時間が目の前で流れるのを五年生は湯船の中から見ている。 「立花先輩だけだな、ケガがないのは。火傷の跡はあるが」 「食満先輩と、潮江先輩は痣だらけだね。中在家先輩は古傷がすごい…」 「善法寺先輩の傷や痣は実習とは関係のないんだろうな」 「虎徹先輩と七松先輩は想像通り!ていうか虎徹先輩に襲いかかる動物っているの?あれどう見ても爪の痕だよね?」 「あれはじゃれあってできたもんだってさ」 「何とじゃれあってんの?」 「俺も知らない…」 当たり前だが六年生たちの背中はそれぞれ違う。 やはり六年ともなれば傷や痣だらけ。 改めて「凄いな」と感じたが、喋っている内容が子供すぎてどうにも素直に尊敬できず、苦笑しか出てこなかった。 でも、委員会が同じ雷蔵と八左ヱ門は目を合わせて頷き、タオルを持ってそれぞれの先輩に近づく。 「中在家先輩、お背中流しますっ」 「虎徹先輩は俺が流します」 「それは…助かる…」 「マジで?うわー、すっげぇ嬉しい!なぁ、長次!」 「ああ…」 丁度身体を洗おうとした二人にとって嬉しい申し出。 二人とも口元を緩めながら背中を向ける。 委員会に五年生の後輩がいない他の六年生は少しばかり羨ましそうな目で四人の光景を見ていた。 「中在家先輩、痛くないですか?大丈夫ですか?」 「大丈夫だ、気持ちいい…」 フッと口元で笑い、もそもそと呟く。きっと雷蔵にしか聞こえない大きさ。 雷蔵も嬉しそうに笑って、大雑把に洗わないよう丁寧に洗うよう気を付けた。 「あーあ、いいよな五年がいると。安心して任せれるし、楽だし」 「ねー。僕も五年生が欲しかったなー…。文次郎と小平太と仙蔵のとこは四年生がいるし、そっちも羨ましいよ」 すぐ下が三年生の留三郎と伊作はまた肩まで浸かってタオルを頭に乗せる。 愚痴愚痴と文句を言う二人に向かって虎徹がニヤリと笑えば、濡れたタオルが飛んできて顔にクリーンヒット。 いつもならお風呂場であってもケンカが始まるのだが、今日の虎徹には余裕がある。 それがまたムカついた二人だったが、今日だけは我慢して湯船に戻った。 「虎徹先輩、気持ちいいですか?」 「おう、最高!たまにはこうやって一緒に入るのもいいな!」 「はいっ」 「でもやってもらうだけだと悪いな…」 「え?」 もしかして、自分も洗ってもらえるのだろうか。今さっき身体洗ったけど、虎徹に洗ってもらえるなら嬉しい! 一人で妄想して、幻覚の尻尾を振っている八左ヱ門だったが、虎徹は何故か湯船で兵助と遊んでいた勘右衛門を呼んだ。 「勘ちゃん、背中流してあげるよ」 「わーい、ありがとうございまーす」 「えッ!?」 まさかの勘右衛門に、八左ヱ門は驚愕した。 動かしていた手を止め、勘右衛門と虎徹のやり取りを呆然とした様子で見ている。 何故そこで勘右衛門なんだろうか。確かに虎徹と勘右衛門が仲がいいのは知っている。だからと言ってここで勘右衛門はない。ここは自分だろう! そう思う八左ヱ門だったが、声には出せない。あまりの展開に脳みそがついていかないのだ。 「でも俺、今さっき洗ったからいいですよ」 「はッ!?」 それだけでも十分驚いているのに、さらに勘右衛門は八左ヱ門を驚かせた。 せっかく虎徹が誘ったのにそれを断るなんて…。羨ましい反面、断る勘右衛門に腹を立てる。 「………犬、だな」 「はい。ハチは虎徹先輩を慕っているので」 その様子を図書組がのほほんと見ていた。 「お、おい勘右衛門。せっかく虎徹先輩がこう言ってんのにさ…」 「えー、でも二回も洗わなくてよくない?」 「おまっ!そうだけど、そうじゃねぇだろ!」 「まぁまぁ落ちつきなよ、竹谷。勘ちゃんが正解だろ。ごめんね、勘ちゃん」 「いえいえ!」 「でも、竹谷に洗ってもらうだけじゃあ申し訳ねぇしなぁ…」 「っ!」 勘右衛門が再び兵助との会話に戻ると、虎徹はボソリと呟いた。 今度こそ期待する八左ヱ門はピシッと姿勢を正し、「俺か!?」と期待を込めた目を虎徹に向けた。 「じゃあ…竹谷。背中流してやろうか?」 「はいっ、宜しくお願いします!」 笑いをこらえた虎徹がそう言うと、満面の笑顔を向けて嬉しそうに頷いた。 それを見た全員が、「犬だな」と思ったが、声には絶対に出さなかった。 「竹谷ー、気持ちいいかー?」 「気持ちいいです!」 「(こいつ本当に犬なんじゃね)」 自分の言葉一つで嫉妬したり、怒ったり、喜んだりする八左ヱ門はとても可愛いが、最近人間として見れなくなってきた虎徹だった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |