夢/とある獣の生活 | ナノ

隠していたことの段


「竹谷先輩」
「ん、どうした孫兵」
「国泰寺先輩は今日もお休みですか?」
「あー……みたいだな…」
「そうですか。少し聞きたいことがあったのですが…。国泰寺先輩、最近またサボってますね」
「一年生が入ってきて喜んでたのにな。何か伝えることがあるなら俺が代わりに伝えとくぜ」
「いえ、大したことではありませんので。では失礼します」


孫兵と一緒に蛇のジュンコも礼儀正しく頭を下げ、踵を返して委員会の仕事へと戻って行った。
孫兵を見送り、自分も狼や猫たちの餌やりに戻る。


「はぁ…、また悪い癖が出てきたな…」


虎徹は一年のころから生物委員会に所属している。
一年のころは毎日委員会に出ていたというが、二年になってからあまり顔を出さなくなった。
それは新しく委員長になった先輩方と仲が悪かったためで動物が嫌いだからではない。
その延長でかは解らないが、仲の悪かった先輩たちが卒業しても虎徹は顔を滅多に出さない。
虎徹がいない間は八左ヱ門が代理を務め、下級生をまとめていた。
虎徹が六年生になってからは、真面目に出るようになったのだが、最近になってまた昔のように戻ってきたのだ。


「日誌を確認してもらわないといけないのに…」


委員会の日誌は委員長と顧問の先生によるサインが必要だ。
サボり魔の虎徹が所属する生物委員会と代理しかいない火薬委員会、学級委員長委員会の三つだけは委員長のサインがなくても提出できるようなっているのだが、できるだけ虎徹にサインをしてもらいたい。


「善法寺先輩なら知ってるかな」


餌やりや掃除も終わり、下級生と一緒につけた日誌を持って保健室へと向かう。
中には伊作しかおらず、八左ヱ門を見るなり「どうしたの?」と優しく声をかけた。


「大した用ではありませんが、虎徹先輩がどこにいるかご存じですか?」
「何も聞いてないの?」
「え?ええ、何も聞いていません」
「じゃあ僕も知らないなぁ。ごめんね、力になれなくて」


包帯を棚へ収めながら苦笑する伊作に、八左ヱ門は焦ったように「いえ!」と言って頭をさげた。
立ち上がって保健室を出ようと思ったのだが、戸にかけた手が止まった。


「善法寺先輩」
「ん?まだ何か用かい?」
「虎徹先輩はどうしてサボるのでしょうか?」


虎徹を嫌う先輩たちは卒業していない。いわば学園は虎徹たち六年生の天下だ。
委員会だって好きなようにできるし、遠慮なんてする必要ない。
なのに何故か虎徹は委員会をサボる。
虎徹のことが嫌いではないが、サボってばかりは困る。下級生たちも不信に思っているかもしれない。
それでは威厳が台無しだ。一年生に不信がられたり、バカにされたりする虎徹を見たくない。
だから真面目に出てほしいと、虎徹の同級生である伊作に話してみた。


「それとも、虎徹先輩は私たちと活動するのがイヤなのでしょうか…」
「それはないよ」


なんたって虎徹は忍術学園一、動物の扱いがうまい。
だから未熟な自分や、下級生たちが動物を扱うところを見るのがイヤなのではないか。
そういう性格の人間ではないのは解っているが、どうしても心の奥のほうで考えてしまう。


「ですが……」
「んー…。あのね、虎徹には黙ってるよう言われてるんだけど…」
「え?」
「虎徹ね、実は―――」


伊作から言われた真実に、八左ヱ門は保健室を飛び出し、六年長屋へと走り出した。
途中、血で汚れた包帯や布などを持った留三郎とぶつかりそうになったが、謝って虎徹の自室へと向かう。
留三郎に声で止められたが、八左ヱ門は聞こえないフリをした。
乱れる息のまま虎徹の自室へとやって来て、戸を開ける。


「留さん、うるさいよ…」
「虎徹先輩」
「―――竹谷…?」


虎徹の部屋は犬猫が飼われているため獣臭い。
しかし清潔感を保っているので、汚れてはいなかった。
八左ヱ門が一歩中に入ると、犬や猫が威嚇をしたが、虎徹が「マテ」をかけると大人しくなる。


「虎徹先輩、それ「それ以上近づくな」


虎徹は寝間着のまま床に伏していた。八左ヱ門がやって来てから上半身だけを起こし、目で威嚇する。
一歩中に入れば、獣の匂いに混じって、消毒液や血の匂いが鼻を刺激した。
虎徹の身体中には包帯が巻かれ、血が滲んでいる。


「虎徹先輩がサボっていた理由はこれだったんですね」
「……」
「善法寺先輩から全てお聞きしました」
「バカ伊作…」
「こうならこうと言って下さい!俺っ…!このことずっと知らなくて…!」
「言ったとこで心配するだろ?なら「だらしない先輩」って思われてるほうがいい」
「ですがッ!」
「だってこんな姿格好悪いじゃん。それに、下級生は知らなくていいことだよ」


特にうちの委員会は一年生が多いからな。と苦笑した瞬間、すぐに眉をひそめる。
どうやら笑っただけで顔に痛みが走ったらしい。


「虎徹先輩!」
「大丈夫だから、そこ閉めてくれる?」


虎徹に言われ、すぐ戸を閉めてから近づく。
どうしたらいいかオロオロしていると、虎徹が頭に手をポンッとおき、優しく撫でる。
いつもより力が弱く、たったそれだけで泣きそうになってしまった。


「俺な、戦忍び目指してんだ。だからずっと戦場実習に行って勉強してんの」
「…はい、それで毎回大怪我して帰ってくると、善法寺先輩から聞きました…」
「やっぱ世の中すげぇわ。毎回逃げるだけで精一杯。ケガは痛いけど死ななかっただけマシっていっつも思うよ」
「ケガが完治するまで委員会を休んで、皆に心配をかけないようしてる。って言ってました…」
「心配してもらいたいわけじゃねぇしな。自業自得だし。つーかケガ人が出て行ったとしても役にたたねぇだろ。まぁ…黙ってたことは謝るよ。無断欠席、すみません」
「それはもういいです。それより大丈夫ですか?苦しいなら善法寺先輩を呼んで来たほうが…」
「大丈夫だって。それに今回はまだマシなほう。回復力は小平太並みだからすぐ治るよ。だからその間委員会頼むよ、八左ヱ門」


何度も何度も「ごめんなぁ」と謝る虎徹に、視界が潤んで俯く。

八左ヱ門の中で、虎徹はとても大きな存在だった。
今まで強いところしか見たことがなく、その大きな背中で何度も守ってもらった。
そんな人の弱っている姿は見たくなかった。
何故だか解らないが、ケガをしている虎徹を見ると切なくなる。
だからと言って幻滅したわけではない。


「ハチ、今度からはちゃんと言うから。それで許してくれ」
「っ別に、そのことで怒ってるわけじゃないんです!」
「うん、泣いてるよな」
「泣いてないです!ただ、なんて言うか…虎徹先輩のこの姿は………」
「俺は死なねぇよ」


そうだ、死ぬような人間じゃない虎徹が、死にそうだから怖いんだ。だから泣きそうなんだ。
笑いながらの言葉に、八左ヱ門はギュッと拳を握りしめ、涙を流さないよう耐える。


「可愛い後輩とまだ遊びたいし、お前にだって教えたいことがある。伊作や留三郎たちとももっと語りあいたい。だからここにいる間は死なないよ」
「…っ、本当、ですか…!?」
「え、お前先輩の言葉信じられないの?」
「虎徹先輩はふざけてばかりですから」
「あはは、そうだったな。うん、じゃあ約束しようか」
「なんと…?」
「お前らが忍たまの間は、俺がお前らを守る。だから死なないってのはどう?格好いい?」
「……何ですか、それ。格好いい、悪いとかで決めないで下さい」
「えー、いいじゃん。とりあえずそれね」
「では私からも約束があります」
「は?マジで?」
「約束と言うかお願いです。虎徹先輩はもう少し私たちを頼って下さい」


涙をのみ込んだ八左ヱ門は顔をあげ、真面目な顔で虎徹を見る。
若干潤んでいる八左ヱ門の目を見た虎徹はフッと笑い、


「いつも頼ってるよ」


と優しい声色で答えた。


「いーえ、全然頼っていません」
「何でそこで噛みついてくるんだよ…。頼ってるじゃん。委員会任せっきりだし、時々組手付き合ってもらうし」
「組手は私の勉強にもなります。委員会は最近よく出ているじゃないですか」
「はぁ…、お前真面目だねぇ。逆に聞きたいが、お前は何を頼んでほしいんだよ」


ずっと起きてると身体がしんどくなり、横に寝転ぶ。
すると子犬や猫が虎徹に寄り添い、うたた寝を始めた。


「え!そ、それは……その…」
「何で赤くなるのさ。お前何言おうとしてんの?」
「え、えっと…あの……」


急にソワソワし始めた八左ヱ門を見て、虎徹は違うことを考えた。
焦っている姿が何だか大型犬のようで可愛い。と。
生物委員会の子たちは基本的に動物みたいで可愛いが、五年にもなった八左ヱ門も可愛い動物に見えるのはいかがなものかとも思ったが、可愛いので何も言わず八左ヱ門の言葉を待った。


「お、お食事の手伝いとか…。包帯取りかえるの、とか…?」
「お前、本当に犬だな」


しかし、八左ヱ門の提案に思わず思っていた言葉を出してしまったのだった。


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