夢/とある獣の生活 | ナノ

先輩VS後輩の段


「先輩、勝負しませんか?」


委員会が終わったあと、八左ヱ門は虎徹を組手に誘った。
武闘派な留三郎と同じく虎徹も武闘派なので、「いいよ」と返事をすると、八左ヱ門は少し固まった。
明日、五年生が戦場実習へと出かける。そのために調整をしたいのだろう。


「狼のハナコと、鷹のシゲを使うので…」
「解った。じゃあ俺も狼のシロウと鷹のミナトを使おう」
「はい、お願いします」


生物委員ともあれば、忍犬や鷹を道具として簡単に扱わなければならない。
自分の調整と、連れて行く狼と鷹の調整を行おうとする八左ヱ門。
断る理由もないし、何より力になってあげたいので虎徹も一匹と一羽を指笛で呼び寄せた。
肩には、翼を広げると何メートルにもなる鷹、ミナト。
足元には、絶頂期は過ぎてしまったが賢く、虎徹に忠実な狼、シロウ。


「できれば本気でお願いします」
「解った。でも明日実習だろ?」
「はい、でも……」
「……じゃあ、本気で行かせてもらうよ」


戦場実習ともなれば自分の命が伴ってくる。
だから真剣に虎徹と戦いたい。虎徹に勝てさえすれば戦場でもうまくやれる気がする。
虎徹は八左ヱ門にとって身近な目標。いつか動物の扱いでも、忍者としても追い越したい。


「武器はなしな。動物と体術だけでやろう」
「解りました。では…」


八左ヱ門が虎徹の正面に立ち、ザッと構えると、八左ヱ門が育てている鷹のシゲが空へと飛び立つ。
隣に寄り添っていた狼のハナコも牙をむき出して虎徹と父親であるシロウを威嚇した。


「どうするシロウ、ハナコがお前に下剋上するって」


八左ヱ門も殺気を飛ばして威嚇しているのだが、虎徹は余裕の笑みを浮かべて狼の頭を撫でる。
狼もリラックスした様子で大人しく撫でられ、クーンといった子犬のような鳴き声をもらす。
しかし、すぐに二匹が八左ヱ門たちを睨みつけ、同じく構えの姿勢に入る。


「来いよ。すぐに終わらせてやる」
「っ、行きます!」


八左ヱ門は虎徹より少しだけ身長が高く、体格差も八左ヱ門が有利。
だから肉弾戦になれば虎徹に勝てる。
しかし虎徹だって六年間遊んでいたわけではない。
毎日のように鍛錬に励み、留三郎や小平太といった武闘派な仲間と何度も殴り合った。
真正面から突っ込んできた八左ヱ門の拳をいとも簡単に受け止め、手首を握って背負い投げる。
流れるような作業に八左ヱ門は「クソッ」と顔を歪めたが、無理やり体勢を変えて両足で地面に着地。
すぐに離れ、指をくわえて鷹と狼に指示を出した。
虎徹は八左ヱ門の行動が解っていたようで、投げたと同時に指笛を鳴らしていた。
空中では鷹同士、横では狼同士が食うか食われるかの激しい戦いをしている。


「でりゃあああ!」


拳や蹴りを繰り出すも、虎徹は全て避ける。
一見、虎徹が押されているようにも見えるが、実際は虎徹のほうが押している。
隙をついては人体の急所に一発一発拳を打ちこんでくる。
このままでは何をすることもなく負けてしまう。
一度虎徹から離れ、先ほどとは違う指音を鳴らす。


「(聞いたことがねぇ音だな…)」


虎徹は聴覚がいい。
八左ヱ門の指笛の指示は全て覚えているのだが、この音は初めて聞いた。
何があるか解らないので警戒するも、再び八左ヱ門が真正面から突っ込んできた。
しかも、八左ヱ門だけじゃなく鷹と狼も虎徹に飛びかかる。
すぐに虎徹も指笛を吹こうとしたが、鷹が視界を塞ぎ、狼に腕を噛まれ動けない。
それを見た虎徹の狼がハナコに飛びつき、地面に組み敷く。
が、その一瞬を逃さなかった八左ヱ門が虎徹の両手首を掴んだ。


「勝負ありです!」


八左ヱ門はそう言ったが、虎徹はまだ笑っている。
手首を掴まれたまま、近くの木まで後退し、背中を力強く叩きつける。


「まだ早いんじゃねぇの?」


何度も何度も背中を叩きつける虎徹。
不可解な行動に八左ヱ門は眉をしかめたが、虎徹の胸が小さく動いているのに気がついた。


「―――毒蜘蛛!?」
「卑怯も忍者の一つってな」


胸からは大きな毒蜘蛛が現れ、八左ヱ門に威嚇。
毒蜘蛛は普段大人しい。しかし威嚇をすれば攻撃してくる。
虎徹が背中を木にぶつけていたのは、「攻撃されている合図」を蜘蛛に送っていたのだ。
そして、攻撃してきたのは目の前にいる八左ヱ門。と、蜘蛛は勘違いしている。


「っやべ!」


虎徹から離れ、距離を取ると、虎徹は持っていた網を蜘蛛にかけて捕獲。
いくら動物の扱いに長けている虎徹だが、意思を疎通できない虫は完璧に操ることができない。


「でも悪かったな。狼と鷹だけって言ったのに」
「…いえ、戦場では何があるか解りませんから…」
「んじゃあもう一回やる?」
「はい」


再び拳を交える二人だったが、時間が過ぎるにつれ、体力に差がつきはじめた。
八左ヱ門だって五年の中では一番の身体能力を持っている。
しかし虎徹に比べればまだまだ。


「ッハァ…、ハァ…!」
「……止めるか?」
「いえ!」


虎徹も息を乱してはいるが、八左ヱ門ほどではない。
汗を大量に流し、肩で息をしている八左ヱ門に声をかける虎徹だったが、八左ヱ門は決して止めようとしない。
周囲もすっかり暗くなり、段々肌寒くなってきたのにも関わらず、八左ヱ門は何度も虎徹に向かって行った。


「竹谷、そろそろ止めよう。腹も減っただろう?」
「いいえ、まだです。まだ負けていません!」


八左ヱ門の拳を避けながら言うも、彼は引かない。
チラリと周囲を見ると、既に狼同士、鷹同士による戦いは終わっていた。
獣同士による戦いが終わっているのは気づいていた。しかし、八左ヱ門は気づいていない。


「………八左ヱ門」


何事にも真っ直ぐで、真面目で熱い男。
八左ヱ門がそういう男なのは知っているし、そこが好きなのだが、戦場を前日に控えた忍びとしてはダメだ。
声低く名前を呼ぶと、全身に鳥肌がたち、虎徹から逃げるように離れた。


「ハナコがシロウに負けていることに気づいていたか?シゲがミナトに負けていることに気づいていたか?」
「…あ…」
「動物の動きに気がつかないなんて生物委員として、忍犬使いとして失格だ」
「………」
「それでもまだ俺と戦いたいと言うなら本気で貴様の首を噛みちぎるが構わないか?」


虎徹が珍しく怒っていた。
八左ヱ門に動物の扱いを熱心に教えてきただけに、残念で仕方ない。
少しは冷静になれ。と言うように説教をすると、八左ヱ門は地面に座り、「負けました」と頭を下げた。


「ったく…。ほら、お前らおいで」


殺気をおさめ、鷹と狼に手を伸ばすと虎徹に擦り寄ってくる。


「あー、ちょっと羽に傷ついちゃったな。ハナコも若干血ぃ出てんな。おい、竹谷。座ってねぇで手当てするぞ」
「……」
「竹谷、お前の説教はあとからだ。先に動物だろ」
「はい…」


伊作から治療道具を貸してもらい、近くの廊下でそれぞれ丁寧に治療をしてあげる。
八左ヱ門の鷹も狼も、大した傷ではなく、これからも十分道具として使える。
狼は虎徹の足元で寝息をたて、鷹は虎徹の横でジッとしている。


「すみません、虎徹先輩…」
「なんだ、反省してんのか。じゃあもう言うことねぇよ」
「え?」
「解ってることを何度も言ったって意味ねぇじゃん。俺、説教とか苦手だしよかった」
「…すみません」


隣でしょんぼりする八左ヱ門の頭をグシャグシャと乱暴に撫で、「今度は気をつけろよな」と笑うと、「はい!」と元気な返事が返ってきた。


「俺、もっと虎徹先輩みたいになりたいっす」
「俺みたいって…。どうせなら小平太とかを目標にしろよ」
「確かに七松先輩も目標にしてますけど、動物の扱いに関しては虎徹先輩がこの学園で一番だから…」
「世の中にはまだまだすげぇ人がいるって。お前もいつか俺を抜かすんじゃね?」
「今はまだ想像できませんが、いつかはなりたいと思ってます」
「お、言うねぇ。じゃあとりあえずは明日の戦場実習、死なないように頑張れよ」
「頑張ります!」


そして翌日。事件が起きた。


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